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閑話1

戻ることのない道の途中で

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晴天の霹靂というか、運命は突然に動くものなのだ。

「イライザさま!イライザさま!」
従者たちが駆け寄るのを、私はただ呆然と見守っていた。マクシミリアンと早駆けに出かけると言った私に、いつもながら一緒に行きたいだの、一緒に乗せろだのとわめきたてていたから、乗馬が得手ではないと知りながらも、一人で乗って自力でついてこれるならと無茶を言ったのは私だ。
真新しい馬具をつけた、この日のためにと用意した血統のよい馬を連れてきたイライザの、私を見上げるその表情はいつも通りのやたらときらきらした笑顔だった。

婚約者とはいっても、それは随分と幼い頃から親…とくに私の父である王陛下が勝手に決めてきたものだ。
なぜか男子ばかり産まれる王侯のなかにあって、父王の異母兄の孫にあたるイライザは久方ぶりの女の子だった。それだけで王陛下は彼女を溺愛した。正直、我々王子三人より、あるいは愛妾から正妃に成り上がった義母上より、イライザは優遇され慈しまれた。それこそ実は内親王ではと噂になるほどに。
イライザの母親が病弱ではやくに亡なったために、それは単なる噂にとどまったが、イライザは周囲の愛情を当たり前にうけて育った少女だった。

パーティーがあれば、私の隣には必ずイライザがいた。何ゆえか彼女は私を好いていて、突き飛ばそうが足をかけて転ばせようが、背中にセミの脱け殻を八匹ぶんも投げ込んでも涙目ながらもついてきた。
正直鬱陶しかったし、なによりそうしたとき、王陛下が真っ先に駆け寄って(わたしたちが掴み合いの喧嘩をしても知らん顔で乳母たちまかせの癖にだ)抱き上げ、泥をはらい涙をぬぐってやる姿に、より一層嫉妬心と自己嫌悪でやりきれなくなる。
婚約者、パートナーというより、疎ましい妹のようなものだとおもっていたのだ。

「少し、考えさせていただきます」
敢然といい放った彼女が、未だにベッドから降りられないでいるのだと気づいて、愕然とした。
お前が落馬させたも同然なのだから、責任をもつと誓ってこいと王陛下に詰め寄られてしぶしぶもってきた古くさい指輪は、イライザの趣味ではなかっただろうけれど、何日かまえのイライザなら、飛び付いてよろこんだシロモノ。始祖の王妃の指輪なのだから。
ぞわぞわ、とあしもとから崩れるような恐怖があがってくる。彼女が落馬したと知ったときも、おなじようにかんじたそれは、医師にもう問題ないと言われたときにおさまったとおもっていた恐怖だ。
「ただ、恐ろしいのです」
そういって、たよりなくベッドのうえにすわっていた彼女に、かけるべき言葉がみつからない。
『落馬させてわるかった』?
『婚約指輪を投げつけるような求婚の仕方をしてわるかった』?
謝るべきことは幾つもあったはずなのになにも言えずに扉をしめた。

園遊会はわたりに船だった。からだの具合はもうすっかり回復したと聞いていたから、いつも通り従僕に代筆させて園遊会に誘い出した。多分私はイライザの元通りの姿を求めていたのだと思う。
露出過多のシノワズリのドレスは、うちにきていたデザイナーに、プレゼントとしてつくらせたものだけど、わたしが『思い切りセクシーにしてやってくれ』とふざけ半分でいったから、年増のオールドミスみたいなつくりで、あれを着ていつも通りについてくるイライザを確認できれば、もうこんなわけのわからない気持ちには、ならないとおもったのだ。

イライザは、ドレスを作りなおしていた。
最高級のシルクを、そのうまれた地の民族衣装になぞらえてゆるやかに首もとを辿るような襟の、シンプルながら優美なものに。届いたのは数日ほど前のはずなのに、いつこんなに手直しをしたのかとおもう。
きっちりと胸の前ではストイックにしまりながら、ゆるく結い上げた襟足と、大胆なほどにその真っ白いうなじがみえている。それは、まるでなにか聖女の服の内側をかいまみるような、背徳感を伴う艶をかんじておもわず目をそらした。たかが、首なのに。

わたしがたずねていっても、駆け寄るどころか警戒したようにゆっくりとこちらへすすんでくる。浮かない顔のまま、挨拶を済ませてそっとわたしの肘に手を乗せた。
どうしたらいいのかわからないまま、私はただ彼女をぎくしゃくとエスコートした。


彼女はもう、以前のイライザではない。

無邪気な子供でいられた時代はおわったと言いたいのか。簡単に手にはいったはずのあの笑顔が、懐かしくせつなかった。

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