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はじまりの日

夜の訪問者

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『ああ!怖かった!もうこりごりだわ外国で社交界なんて!』
あのあとアリーナは、路肩に車を停車させて、さわやかにわらってから、美しい髪をほどいて肩をすくめてみせた。なんというか、主役をはるだけあって剛毅果断というか…繊細な外見をよいほうに裏切る、魅力的な女性なのだ。これはジークフリードたちも惹かれるのは仕方がない。
琥珀のようなきらきら光る瞳がいたずらっぽく輝いていて、それを見ているとさっきのウィリアムの最低の嫌がらせも、わくわくするような冒険に感じたから不思議なものだ。
結局、私とアリーナはそのあとアリーナの宿泊しているというフェニックス家の別邸で少しのあいだお茶をし、お菓子をたべて他愛ない話をしたあと、アリーナの車でうちまで送って貰ったのだった。

家についてマリーを呼び着替えさせてもらっていると、メイドが私を呼びにきた。
「ジークフリード様がボールルームで、お待ちです」
ぎょっとした。私は単なる公爵令嬢だから、いつ帰ろうと挨拶だけすんでいれば誰も気にとめたりはしない。けど、王の息子であり、実質上の王位継承者と目されているジークフリードが、勝手に枢機卿の園遊会をぬけるなんてあり得ない…いや、ウィリアムやユリウスならありうるんだけど、ことに真面目なジークフリードだけは、そんな無茶をするなんてあり得ない。
簡単に着替えを済ませて、ボールルームへと急ぐ。
「お帰り、遅かったな。フェニックス商会に売りはらわれて、今ごろ船の上かと思い始めていたところだ」
優雅に長い足を組んで紅茶を飲みながら、皮肉をいうのはジークフリードらしいといえば、らしいけど。
「アリーナはいい子よ。かわいいし、とっても勇敢だわ」
「蛮勇のまちがいだろう。ウィリアムは気に入ったみたいだが、僕はあんな野蛮な女性は嫌だな」
それは暴漢を引き倒した私への痛烈な皮肉だろうか、と考えつつぼんやりジークフリードを見ていると、ジークフリードはポケットからなにか紙切れを取り出した。
「…私用回線の番号なんだ、もし、困ったことがあったら…いや、なくても…単にその…今日は寒いとか暑いとか、そんなことでも…」
ジークフリードともあろう方が歯切れが悪い。なにが言いたいのか暫く考えて、
「つまり、アリーナさんにその私用回線の番号をお渡しすればよろしいの?」
「どこをどうとったらそういう話に飛躍するんだ」
いやあんまりにも支離滅裂すぎてなにが言いたいのかわからないのだもの、行間をよんでみたんですが。
「アリーナさんの私用回線番号はうかがっておりませんけれど、いまは霧の谷のむこうの別邸にいらっしゃいます。それだけわかれば王家のかたなら十分なのではなくて?」
ふうっとため息がもれた。なんとなく体がだるいし、こんな意味のない会話はやめてもう休みたい。サロンのテーブルに近寄って片手をついた。
「具合が良くないのか?どこが痛む」
支えようと近づいてきたジークフリードが、私の肩と背中に触れた。
「…ひゃっ!」
唐突なことに悲鳴をあげて身を竦めると、両腕でかかえあげられた。
「リハルトマン!」
他家の執事をこうも居丈高に呼びつけるのはさすがの王子様といった感じだけど、リハルトマンは気分を害した様子もなく、使用人用の出入口から姿を現した。
「リハルトマン、医師を呼びなさい。イライザが倒れた…熱があるようだ」
いや倒れてないし、そんなに大事にしないでほしい、え、熱?とおもって体を捻ると、ぐらりとまわりが回転して、どうやら気を失った、らしかった。
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