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レイノルズ邸の悪魔
公爵邸の不都合な真実
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おじいさまの兄は、ある女性と婚約していた。
しかし、女性はある商家の男性と恋に落ち、婚約を破棄して結婚してしまう。
公爵家の嫡男としてのプライドを傷つけられた彼は、そのことを恨んで、元の婚約者への嫌がらせを繰り返した。
そこまではよくある話だ。だけど、嫌がらせはエスカレートして、女性の婚家である商家が王宮に納めていたリネンや生地に、彼は古釘やピン、剃刀の刃などを混入させはじめた。
すぐにそれは王室の知るところになり、当時から法務を担っていたおじいさまは、自らの兄を、反逆者として訴追することになってしまった。
「あの顔を、私は死ぬまで忘れられんよ」
自らの弟によって流刑を言い渡された兄は、激しい憎悪を弟であるおじいさまに向けた。
「呪いだよ、あれは」
レイノルズの家系にはちょっとそういう人間が多いのかしら、と私は妙に納得してしまった。私もそういう類の人間だ。ひとを恨み、嫉妬し、身を滅ぼす。それでもなお、遺された者へ呪いをかけずにはいられない。
全く他人事に思えないわ。
ちらりとクロード様をみると、思いがけなくクロード様と目があった。気遣うように少しだけ目を細めてみせるので、頷いてかえした。
おじいさまの兄は流刑地でその地の酒場の女と暮らした。全く働かず、自分は公爵家の嫡男で、王家と弟に冤罪をかけられて流刑にあったと話していたらしい。
そしてレンブラントが産まれた。
短命だったレンブラントの父が亡くなったあと、レンブラントの母親が働きに出たのがレミの母親の実家だ。
そこで、レンブラントとレミの母親…今のクララベル夫人は出会い、やがて恋仲になった。
「だが、レンブラントは父親の恨みを忘れては居なかった。そこで、成人したあれは先ずはクララベル男爵家…子爵のご父君の元に働きに出た」
そこでレンブラントは、レイノルズ邸でやったのと同様に身よりのない孤児たちを買ってはわずかな賃金で働かせ、資金を貯め、手下を増やすやりかたを身につけた。
「そしてクララベル男爵夫妻…俺の父親と、その家族を殺害し、その類縁である自分の恋人を男爵家の相続人にすることに成功した」
オックスはひくく、唸るように言っていらいらと歩きまわった。
「ああ、だが、レミの母親はレンブラントとは結婚できなかった。レンブラントが恐ろしい策略をもっていたからだ」
おじいさまはオックスのほうを振り返った。
「あれは、クララベル夫人に別の男と結婚するように指示をした……おそらく、自分が公爵になったときには、迎えにゆくと約束をしたのだろう」
やがてレンブラントはレイノルズ公爵…おじいさまのところへ、クララベル男爵家の紹介状をもって、侍従としてやってきた。そして、暫くの間働いたのち、おじいさまに自分は正当なレイノルズ家の嫡男だと主張したのだ。
「だが、ローザリア侯爵と同じように、その出自は何の保証もない。私はそれを退け、アイリス、お前の父親を公爵に据えた…」
間違いだった、とおじいさまは両手で顔を覆った。
「それを思い知ったのは、お前の父親と母親が、南領で夜盗に襲われて亡くなったあとだ」
レンブラントはおじいさまに、こう言った。
『貴方のその権力にしがみつく意地汚い態度が、家族を煉獄へ落とすのですよ、次はあのお小さい姫君に、どんな不幸が起きるか、知りたいですか?』
おじいさまは、私を人質に取られているも同然だったのだ。
「お前がどんな不幸にあっているのか、私は知っていたんだ、アイリス…知っていたが…なにもしてやれなかった」
自分を辞めさせれば、アイリスを殺すと脅されていたそうだ。
おじいさまははじめ、レンブラントはおじいさまへの怨恨からおじいさまを破滅させようとしているとおもっていたそうだ。
だから、私が嫁ぎ、おじいさまさえ北領へゆけば、おじいさまを追ってくるとおもっていた。
「レンブラントは、クロード殿下、あなたの義父になるつもりなのです」
突然、繋いでいた手をクロード様が驚くほどの力で握ってきた。
「クロード様!いたい、痛いです!」
私が手を振り払おうとすると、わたしのほうを見てクロード様はひゅっと音をたてて息を吸った。
それからゆるゆると手の力を抜き、ごめん、と私の手を撫でた。
「それには気づきました。ルーファスのところへ、御大からクララベル男爵令嬢を後ろ楯するように、と連絡がきたときいたので」
クロード様が優しく、しかし凍ってしまいそうなほど冷たい声音で言った。
普通、王室へ妃や愛妾を出した家はその妃ひとりを後ろ楯することになる。
別の令嬢を後ろ楯するとすれば、資質不十分として前に出した妃を廃位するときだけだ。おじいさまはそれをどんな気持ちで書いたのだろう。
「レンブラントは…あれは、公爵どころか、王室を…この、国を狙っておるのです」
おじいさまは、それから苦し気に咳をし、体を椅子のひじかけにもたせかけた。
わたしはかけよって、おじいさまの背中をさする。
「どうかあれを止めて、退けてくれ。そうしてアイリス、おまえは必ず幸せになるんだ…いいな?」
おじいさまは引き剥がすように椅子のひじかけから腕をはずし、私のあたまを撫でた。
「わかった、わかったわおじいさま」
私がこたえると、おじいさまは何度もうなづき、よろよろとベッドに横たわった。
「さあ、もう行きなさい…」
おじいさまに頭をさげ、私たちはおじいさまの部屋を出た。ラングは部屋の外に、たっていた。
「聞こえていたとおもいますが、あなたがレンブラントに連絡をとるなら、今すぐゆくと伝えて頂戴」
「その知らせが届くときには、奴は私の刀の錆になっているだろうけれどね」
クロード様は腰に下げている短刀を見せて、口元をにい、とひきあげた。
ラングは表情をかえずに、ただ私たちを見て、深々と頭をさげて踵をかえした。
「ラングの家族は王都にいるのかな」
オックスがつぶやき、クロード殿下が、今は急ごうと私たちに合図をした。
しかし、女性はある商家の男性と恋に落ち、婚約を破棄して結婚してしまう。
公爵家の嫡男としてのプライドを傷つけられた彼は、そのことを恨んで、元の婚約者への嫌がらせを繰り返した。
そこまではよくある話だ。だけど、嫌がらせはエスカレートして、女性の婚家である商家が王宮に納めていたリネンや生地に、彼は古釘やピン、剃刀の刃などを混入させはじめた。
すぐにそれは王室の知るところになり、当時から法務を担っていたおじいさまは、自らの兄を、反逆者として訴追することになってしまった。
「あの顔を、私は死ぬまで忘れられんよ」
自らの弟によって流刑を言い渡された兄は、激しい憎悪を弟であるおじいさまに向けた。
「呪いだよ、あれは」
レイノルズの家系にはちょっとそういう人間が多いのかしら、と私は妙に納得してしまった。私もそういう類の人間だ。ひとを恨み、嫉妬し、身を滅ぼす。それでもなお、遺された者へ呪いをかけずにはいられない。
全く他人事に思えないわ。
ちらりとクロード様をみると、思いがけなくクロード様と目があった。気遣うように少しだけ目を細めてみせるので、頷いてかえした。
おじいさまの兄は流刑地でその地の酒場の女と暮らした。全く働かず、自分は公爵家の嫡男で、王家と弟に冤罪をかけられて流刑にあったと話していたらしい。
そしてレンブラントが産まれた。
短命だったレンブラントの父が亡くなったあと、レンブラントの母親が働きに出たのがレミの母親の実家だ。
そこで、レンブラントとレミの母親…今のクララベル夫人は出会い、やがて恋仲になった。
「だが、レンブラントは父親の恨みを忘れては居なかった。そこで、成人したあれは先ずはクララベル男爵家…子爵のご父君の元に働きに出た」
そこでレンブラントは、レイノルズ邸でやったのと同様に身よりのない孤児たちを買ってはわずかな賃金で働かせ、資金を貯め、手下を増やすやりかたを身につけた。
「そしてクララベル男爵夫妻…俺の父親と、その家族を殺害し、その類縁である自分の恋人を男爵家の相続人にすることに成功した」
オックスはひくく、唸るように言っていらいらと歩きまわった。
「ああ、だが、レミの母親はレンブラントとは結婚できなかった。レンブラントが恐ろしい策略をもっていたからだ」
おじいさまはオックスのほうを振り返った。
「あれは、クララベル夫人に別の男と結婚するように指示をした……おそらく、自分が公爵になったときには、迎えにゆくと約束をしたのだろう」
やがてレンブラントはレイノルズ公爵…おじいさまのところへ、クララベル男爵家の紹介状をもって、侍従としてやってきた。そして、暫くの間働いたのち、おじいさまに自分は正当なレイノルズ家の嫡男だと主張したのだ。
「だが、ローザリア侯爵と同じように、その出自は何の保証もない。私はそれを退け、アイリス、お前の父親を公爵に据えた…」
間違いだった、とおじいさまは両手で顔を覆った。
「それを思い知ったのは、お前の父親と母親が、南領で夜盗に襲われて亡くなったあとだ」
レンブラントはおじいさまに、こう言った。
『貴方のその権力にしがみつく意地汚い態度が、家族を煉獄へ落とすのですよ、次はあのお小さい姫君に、どんな不幸が起きるか、知りたいですか?』
おじいさまは、私を人質に取られているも同然だったのだ。
「お前がどんな不幸にあっているのか、私は知っていたんだ、アイリス…知っていたが…なにもしてやれなかった」
自分を辞めさせれば、アイリスを殺すと脅されていたそうだ。
おじいさまははじめ、レンブラントはおじいさまへの怨恨からおじいさまを破滅させようとしているとおもっていたそうだ。
だから、私が嫁ぎ、おじいさまさえ北領へゆけば、おじいさまを追ってくるとおもっていた。
「レンブラントは、クロード殿下、あなたの義父になるつもりなのです」
突然、繋いでいた手をクロード様が驚くほどの力で握ってきた。
「クロード様!いたい、痛いです!」
私が手を振り払おうとすると、わたしのほうを見てクロード様はひゅっと音をたてて息を吸った。
それからゆるゆると手の力を抜き、ごめん、と私の手を撫でた。
「それには気づきました。ルーファスのところへ、御大からクララベル男爵令嬢を後ろ楯するように、と連絡がきたときいたので」
クロード様が優しく、しかし凍ってしまいそうなほど冷たい声音で言った。
普通、王室へ妃や愛妾を出した家はその妃ひとりを後ろ楯することになる。
別の令嬢を後ろ楯するとすれば、資質不十分として前に出した妃を廃位するときだけだ。おじいさまはそれをどんな気持ちで書いたのだろう。
「レンブラントは…あれは、公爵どころか、王室を…この、国を狙っておるのです」
おじいさまは、それから苦し気に咳をし、体を椅子のひじかけにもたせかけた。
わたしはかけよって、おじいさまの背中をさする。
「どうかあれを止めて、退けてくれ。そうしてアイリス、おまえは必ず幸せになるんだ…いいな?」
おじいさまは引き剥がすように椅子のひじかけから腕をはずし、私のあたまを撫でた。
「わかった、わかったわおじいさま」
私がこたえると、おじいさまは何度もうなづき、よろよろとベッドに横たわった。
「さあ、もう行きなさい…」
おじいさまに頭をさげ、私たちはおじいさまの部屋を出た。ラングは部屋の外に、たっていた。
「聞こえていたとおもいますが、あなたがレンブラントに連絡をとるなら、今すぐゆくと伝えて頂戴」
「その知らせが届くときには、奴は私の刀の錆になっているだろうけれどね」
クロード様は腰に下げている短刀を見せて、口元をにい、とひきあげた。
ラングは表情をかえずに、ただ私たちを見て、深々と頭をさげて踵をかえした。
「ラングの家族は王都にいるのかな」
オックスがつぶやき、クロード殿下が、今は急ごうと私たちに合図をした。
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