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終章

大法廷

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獲物を狙う猫のような表情のシャルロットと、疲れきった王陛下。俺は不穏なものを感じて、とりあえず、と連れてきていた侍従を呼んだ。
「今日大法廷で、お……私の領地で起きていた詐欺や横領については決着がつくはずです。ウィル殿下の処遇についての話は、それが済んでからでも良いのでは?」
マーカスがやってきて、陛下に一枚の紙を渡した。
「これは……そんな」
陛下はそれを見ると、ぶるぶると震え始めた。
「あの女、あの女は!なんという不敬な!」
怒りに震える陛下をそのままに、マーカスは茶を出して去っていく。その涼しげな目元からは、どんな動揺もみえなかった。

奴にとっても今日が正念場だ。

「マリエッタ・チェルシーと、ゴードン伯爵を至急大法廷に呼び出せ!」
王陛下はマーカスに渡された書面をにぎりしめ、重厚な扉を蹴り開けるようにして去っていった。
「……ごめんなさいね」
シャルロットがマーカスに謝ると、マーカスはいいえ、と首をふった。
「マリエッタが戻ってこないことは、分かっていました。彼女にとって私もリンダも過去の汚点でしかない」
ともかく、とマーカスは時計を見上げた。

「今日の大法廷で、あの悪徳宰相と公爵を片付けなければ。大公閣下の領地を踏み荒らした大罪人です!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「詐欺、流言流布、背任、横領、虐待、殺人教唆……とんでもない罪状だな。なにか言いたいことはあるか?宰相、公爵?」
陛下はとんでもなく不機嫌に玉座のひじ掛けを叩いて言った。バリー宰相とゲノーム公爵は数度の喚問で罪のほとんどを暴かれ、縄をかけられて既に罪人として、大法廷に連れ出されていた。

大法廷は年間にそれほど多く開かれない。大きな事件や災害の際だけで、多くの高位貴族の家長や大臣が出席せねばならず、その判決は王陛下が直接下し、異議は認められないものとされているためだ。

今回は王族である大公とその妻に関する殺人教唆と、大公領地での大規模な脱税が明るみになったことで、大法廷がひらかれることになったのだった。

その大法廷でも罪を覆すことができなかった2人は、いま俺の前に跪かされ、陛下の沙汰を待つのみとなっていた。

「む、息子は知らなかったのです!陛下!家の取り潰しとなれば、なんの罪もない妻と息子までが罰せられる!どうか寛大な沙汰を……」
宰相の言葉に、陛下はふむと口元へ手をやった。
「息子とは、王太子宮のロイス・バリー補佐官で相違ないか?」
陛下の手元には、先程マーカスが渡した紙がある。あまりに強く握られたためにシワシワのそれを広げ、陛下はバリー宰相を見おろした。
「……相違ありません」
そうか、と陛下は何かを耐えるように言い、
「公爵はどうか?シャルロット妃に謝罪する気持ちはあるか?」
とゲノーム公爵に向き直った。いいえ、とゲノーム公爵はうなだれたまま答え、シャルロットは無言でその父親を見つめていた。

陛下はこちらに向き直り、なにかあるか、と尋ねる仕草をする。俺とシャルロットは真正面にある特別に設えられた席からその様子をみていたが、首を振ってそれでいいと伝えた。

「ならば、ふたりへの裁きは明朝伝える。二人を証人席へ」

縄をかけられた二人を衛兵が引っ立てて行き、俺たちは席をたってすり鉢の底のほうへとおりて行く。

今日の本題はここからだ。

「ゴードン伯爵父娘を!」
王陛下が呼ぶと、呼応するように玉座のそばに、ウィル殿下が大股に近づいて行くのがみえた。

「父上、今日は大公に対する殺害容疑の審議のはず!何故マリエッタが連れて行かれたのでしょうか!」
すり鉢の底から見上げると、殿下が鋭くこちらを睨むのが見えた。
「シャルロット!マリエッタをどこまで苦しめれは気が済む!何が目的だ!」
王陛下が眉間を揉むのが見えた。実際これさえなければ、立派な王太子なのに、残念だとしか言いようがない。

「ゴードン伯爵、ならびに伯爵令嬢マリエッタ、まかりこしましてございます」

貴族用の入り口があき、マリエッタとゴードン伯爵が入ってきた。マリエッタは高みにいるウィル殿下とシャルロットを見ると、なぜか勝ち誇ったような笑顔をみせた。また何か勘違いしていそうだな。

「足労であったな、ゴードン伯爵」
王陛下が声をかけると、伯爵はいえ、とも、ひえ、ともつかない音をだした。
「特に大法廷を使うまでもなかったが、私も多忙ゆえここで全て明らかにしておこうと思ってな」

そう言うと、大法廷に座る大勢の貴族たちをぐるりと見渡した。
「さて、ここにいるダニエル・フェリクス大公がお前に尋ねたいことがあるそうだ」
陛下は緩慢な動きで俺を指した。

「そうでしたな、大公」
王陛下が俺に敬語を使ったことで、貴族たちが騒ぐのが聞こえた。一斉に視線がこちらに向く。
「左様です陛下。ですがゴードン伯爵と令嬢から真摯に謝罪があるならば、酌量してもよいと考えております」
俺の言い方に、法廷はさらにざわざわと騒がしくなった。稀代の悪女と噂されるシャルロットとその夫に、お騒がせ婚約者のマリエッタ令嬢はまた何をしでかしたのか。

「謝罪??私はシャルロットさまに嫌われてはいましたが、謝るようなことはなにもしていません!」
ゴードン伯爵が何かいう前に、マリエッタが答えた。
「悪いことなんかなんにもしてないもん!」
頬をふくらませ、腰に手をあててマリエッタはいいきった。
「そうですか。では、質問を変えましょう……ゴードン伯爵、マリエッタ・チェルシーは本当にあなたの実の娘ですか?」
ゴードン伯爵は、その言葉になにか恐ろしい事柄を聞いたようにこちらをみあげた。
「伯爵?」
俺は重ねて尋ねる。

「はい、私の実の娘でございます」
へえ、と俺は首を傾げた。
「海外にいらしたと令嬢は吹聴していたようですが?」
ゴードン伯爵は俺を見上げ、はいと小さな声で答えた。
「まだ前の妻が存命のおり、市街の商家で働いていたマリエッタの母親と知り合い、できたのがマリエッタでございます。マリエッタは海外の寄宿学校で育ちました」
なるほど、と俺は片手をあげた。

「先程の宰相殿の法廷で、証言をした宿屋の下女を」
と俺が合図すると、あの女が連れ出されてきた。


「マリエッタ!マリエッタ、助けて!あたしは頼まれて煙を焚いただけなの!」
引きずられながら、下女はマリエッタを見つけて叫んだ。ゴードン伯爵は蒼白になり、その様子を見上げていて、マリエッタは下唇を噛んだ。

「君は彼女を知っている、と言ったな?」
俺が声をかけると、女はますます騒ぎだした。
「そうです、知ってます!マリエッタ・チェルシーはあたしより五つ下ですが、あたしはお金だってお酒だって男だって何だってわけてあげました!そうでしょマリエッタ!」
エルミサードの女はうるさいのが基本なのか?俺は耳を押さえながら、
「マリエッタはエルミサードの酒場で生まれた?」
と尋ねた。
「はいはい!そうです!おばさんはいつも酒場で働いてて、でもあるときからゲエゲエどこででも吐くようになって、おなかがどんどん膨らんできて、それからマリエッタが生まれました!あたしは全部覚えてるわ!」

もうやめて、とマリエッタは耳をふさいだ。
「嘘よ!そんな女、しりません!」
それを聞いた下女は、さらに声を荒らげた。
「しょ、証拠があります!マリエッタがくれた手紙です!学校のことがかいてあるやつ!男の子たちのこと、教えてくれたやつよ!」

王陛下は手元の紙をウィル殿下に渡した。
「……マリエッタの筆跡にまちがいないか?」
ウィル殿下は目を覆った。
「間違いありません」

マリエッタが幼馴染みの下女に送った手紙。そこには、マリエッタが学園で出会った貴族の子息たちについて、あまりにも赤裸々に、そしてときには下卑た表現でもって書かれていた。

下女はさらにまだマリエッタに話しかけていたけれど、あまりに聞くに耐えない内容に、退廷させられた。

「ゴードン伯爵、マリエッタは本当に貴方の娘ですか?」
伯爵は顔を覆い、ええ、と頷いた。
「確かに育ちを偽りましたが、私の娘で間違いありません。マリエッタは、ゴードン伯爵家の娘です」
そこまでして娘を王太子妃にしたいのか、と俺は首をふり、ウィル殿下を見上げた。

「育ちがなんだというのだ!こんなことをしてマリエッタを辱しめて、何のつもりだ!」
ウィル殿下はなおもシャルロットを睨み付けながら言う。シャルロットはちらりと俺を見て、口の端だけで笑ってみせた。

「何のつもりか?わたくしの名誉にかけて、貴方を訴追するつもりです、ウィル殿下」

これには騒がしかった法廷も、水を打ったように静かになった。
「訴追だと!」
ウィル殿下は我にかえったように叫んだ。
「父上も、ご存知だったのですか?」
ウィル殿下が詰め寄ると、王陛下は黙って頷いた。先程のやりとりから、予測はしていたのだろう。

「っ……だが、マリエッタの育ちに難があるといっても、王太子妃として、これから徐々に覚えていけば良いだろう。訴追されるような罪は犯していない!」
わあわあと騒ぐウィル殿下に、シャルロットは持っていた扇子で机の縁をたたいた。

「別の証人をここへ!」

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