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終章

王都の新大公と三人の囚人

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王都にもどり、シャルロットは一旦家に帰った。結婚しているのだから、と屋敷の使用人達やガイズは言ったけれど、式の準備があるからとシャルロットは優しくそれを断った。あんなゴミクズみたいな父親でも心配なんだろうな、と俺は思う。

家族といえば、屋敷に戻るとアルゼリア子爵家の長兄、ケビンがまた来ていた。俺に会わせろとしつこく食い下がったらしい。

「どうしたんだよ、なにかあったのか?」
俺の執務室でなにか書いている兄に尋ねると、お前なあ、とため息をついた。
「ちょっと領地を見にいくって言ってたのが、三月も戻らなかったうえ、結婚したっていうじゃないか。母上のご機嫌がどんなか考えてもみろよ……で、その新妻は?」
俺の後ろを覗き込んだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「実家に返した!?なんでだ、ゲノーム公爵のとこにだろ、大丈夫なのか?」
目を白黒させている兄に、一応大公家の侍女をつけて返したと答えると
「お前は王城で起きてることを知らないから……」
と、頭をかかえた。
「王城で?何があったんだよ」

すると兄は前よりいっそう骨の浮いて見える、憂鬱そうな顔をひとなでしてから話し始めた。
「王妃が病に倒れた。誰にも会えないというから、かなり悪いらしい」
え?と俺は腰を浮かせた。王妃は俺の父と母を殺したのみならず、大公領にとっては悪魔のような存在だ。それが……病?

それが、と兄はそこからやたら声を小さくして、あたりを気遣うような素振りをみせた
「なんというか、らしい。先日も、謁見の場で宰相のことをお前と呼んで、周りにいた兵に宰相を殺せと命じたとか。危ういところで陛下が止めにはいって、宰相の首が落ちることはなかったが、王妃はそれ以来誰にも会わず閉じ籠っているそうだ」

病というより乱心か。
「どうも両公爵がウィル殿下の後援を打ち切ったことで、今王室はかなり財政的に逼迫しているし、国民からの支持もひくくなっている。新聞なんかからも、王妃はかなり責められたらしいしな。王室と両公爵との関係も悪化してきてると聞くぞ……特にゲノーム公爵はシャルロット嬢をお前に嫁がせたことで、かなり両陛下からの圧力をうけているはずだ。お前のことだから理由があってシャルロット嬢を帰したんだろうが、窮鼠猫を噛むとも言うから、気をつけろ」
そこで、兄は言葉を切った。
「王城では、お前がクーデターを起こすのではないかという噂も聞くが」
妙に緊張感のある言い方に、ははは、と俺は乾いた笑い声をあげた。

「まさか。兄貴もそれを信じた訳じゃねえよな?俺は今の『大公』でも重すぎて逃げ出したい位だ。兄貴、代わってみたいか?」
まさか、と兄貴は首をふった。
「じゃあ何でこんなことを?」
真面目な顔で尋ねられて、なんで、と自問自答する。流されるようにここまできたが、結局のところ答えはひとつだけだ。

「シャルロットを、誰にも奪われたくない」

おお、ああ、と兄は目を見開いた。
「思ったよりロマンチックな答えで驚いた」
失礼な言い方におい、と突っ込みを入れると
「まあ、お前そういうとこあったよな、昔から……ひとりだけ夢みたいなことばっかり言って」
真面目な顔で書類をめくりながら、兄はぼそぼそと言った。
「兄貴……」
何の話してたかな?とこちらを向いて、兄は首をかしげた。

目の下の隈が前より濃くなっている。だいぶ疲れが溜まっているようだ。王城はもう少し役人を大事にしてほしい。切実に。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

できあがった書類を、兄は俺に手渡した。
「まあ、こんなもの無いほうがいいにきまってるが、万が一公爵がシャルロット嬢になにかしたときのために、な」
ええ?と俺はその書類に目を通した。
「兄貴、これ」
そこに書かれていた内容と、公的な証明に使われる印章に手が震えた。
「…………もしバレれば公文書偽造で、こうだな」
首を吊る真似をする兄に、驚いて突き返そうとするが、受け取ってもらえなかった。
「幸せになれよ、ダニエル。彼女を守れるのはお前しかいない、いいな?」

しっかりと手を握られる。昔より小さくなった気がする、骨ばった兄の手を、俺は握り返した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

兄貴が帰れば、今度はマーカスが代わりに部屋に入ってきた。
「目が覚めたようです」
それでわかった。

暗くて狭い通路を抜け、岩盤をくりぬいて作られた屋敷の地下。堅牢なつくりのそれは、エルミサードのものよりかなり大掛かりだ。そこに、今三人の犯罪者が容れられていた。
「ここはどこなの」
前を通り過ぎようとしたとき、不安げな女の声がかかった。
「答える義理があるか?」
俺が言うと、女……宿屋の下女になりすましていたマルテの手下の女だ。
「あの、あたし、知ってるんです」
立ち去ろうとしたとき、女はさらに声をかけてきた。
「これ、このひと」
そう言って差し出したのは、新聞の切り抜きと、手紙だった。
「エルミサードで妹みたいに仲良くしてあげてた子が、王都に居るんです……彼女を呼んでくれれば、あたしを助けてくれる筈です」

新聞に載っていたのはマリエッタとウィル殿下。ああ、と眉のあたりを押さえた。勿論手紙には、学園のこともウィル殿下のことも書かれていて、なるほどこの女は王族の婚約者であるマリエッタが口添えすれば、自分は助かると踏んだのか。残念ながら今のマリエッタに、そんな権力はないはずだ。

それどころか、この手紙はとんでもない内容だ。

「マリエッタは、貴族の娘ではないと?」
ええ?と女は首をかしげた。
「違うはずです、マリエッタのママと私のママは二人とも同じ酒場でずっと働いてましたから。マリエッタのママは何とかいう貴族と結婚したので、マリエッタも養女になりましたけど」
へえ、と俺は目を細めた。
「他に、マリエッタから貰ったり、彼女を知ってる者は?」
え、と女は目を泳がせた。
「えと、エルミサードの娼館の子達なら……マリエッタはよく、その、商科大の学生さんと」
ああ、と俺は頷いた。マーカスがここに居なくて良かった。俺は立ち上がり、手紙と新聞をポケットに入れた。
「今の話を裁判で話せるなら、お前の処刑は少し先に延びるかもしれないな」
下女はそれをきいて、裁判、と緊張した面持ちで言った。何か勘違いしていそうだったが、俺はそのままそこを立ち去った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

さらに狭い階段をおりて行くと、マルテの入れられている檻がみえた。
「王族を狙った平民あたしたちに裁判なんてない。そうじゃないの?」
床に縛られたまま這う虫のように転がされているマルテは、汚れた黒っぽい粗末なワンピース姿に、乱れた髪で、しかし余程厚化粧をした姿よりは若く見えた。

「それを言ってどうなる?心配するな、お前よりは彼女のほうが長く生きるだろ、数週間はな」
あら、とマルテは汚れた顔でこちらに微笑んだ。
「あたしの情報はもっとスゴいわよ。証言してあげてもいいわ、ここから出してくれたら」
んふふ、と笑う。

「なるほど、シャルロットのいう通りだな」
え?とマルテは首を傾げた。
「お前が正気ではこちらの身が持たない。死ぬか狂うかで丁度ってことさ」
にっこり、と俺はマルテに笑いかけたがマルテの顔からは、表情がごっそり抜け落ちた。
「約束が違うわ……あんた、レジーやシャルロット嬢ちゃん達のいるとこと表情かおが違うじゃない」

そんな風に言われて、俺は顔を右手で撫でた。
「…ああ………いつか人を殺す顔だって言われたな」
だれだったかな?ゲノーム公爵か?
「そういえば俺の叔母はあの女だしな」
さて、歓談はこれくらいにしよう。

「あんたはとりあえず、ここで静かにしてて欲しいんだよなあ」
シャルロットから預かった小刀を取り出す。
「やだ、嫌、それは、それだけは嫌よ。やっと楽になったのよ!やめて、それは、やめて!」
ズリズリとマルテが這う。でも、本気で嫌がっているのか、隙をみて逃げ出そうとしているのか、わからないな。

「……嫌ならしょうがないな」

俺は小刀をしまう。マルテはほっとしたように、体の力を抜いた。俺は持ってきた大公の剣を抜き、今一度笑いかけた。
「両手両足の腱さえ斬れば、少なくとも数週間は、屋敷内を彷徨きまわることはないよな?」

何度もいうが、マルテの悲鳴は汚くてうるさい。

◇◇◇◇◇◇◇◇

最後についでだから、とローシェ司祭の牢獄も見に行く。
「やあ司祭殿、ご機嫌いかがですか?」
俺が機嫌よく近づいて行っただけで、ローシェはガタガタと震えていた。
「城の物置小屋よりはここのほうが快適でしょう」
せっかく苦手な敬語で話してやっているのに、全く返事がない。つい、舌打ちが出た。

ヒッ、と声が聞こえて一応生きてはいるらしいと苦笑いする。
「どうしたじいさん、あんたは俺の結婚証明書に署名をくれた恩人だ、最期に会いたい奴がいれば、連れてきてやるよ?あんたの孫か?息子がいいか?それとも……狂ってるって噂の王妃殿下にするか?」

ぎええええ、とこちらも汚い叫び声をあげて気を失った。気の小さいじいさんだな。



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