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第5章

主都、鳴動する

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「恐ろしくなるほどのタイミングよ」
そういって、シャルロットは先程の箱をひらいてみせた。それは、大公が着るマントだ。
「私もあの、記者の人と同じことを思ったの。もちろん王妃様のことは考えもしなかったけど、でも、このまま許しておいたらあの人たちがつけあがるだけよ!」
なんというか、ぎらぎらするくらいの赤い眸にみつめられた。
「結婚しましょう、ダニエル」



え、いま、なんて言った?


「シャルロット?」
俺がまごまごしている間に、肩へと大公のマントを着せかけ、シャルロットは微笑む。
「ここをみて」
そういって、もってきていた分厚い本をひらいた。
「この本は、王室と貴族の典範。正直、前はこんなもの学んでなにができるのって思ってたけど……ここに解決策が載っていたのよ」

迷うことなく分厚い典範の、中程を開いた。
「ここよ『王室の血族の係わる継承について…正当なる当主が死去、または何らかの理由でその……子が成年より1年を経過せず、なおかつしかるべき伴侶、更なる継承者がない場合は、継承は……』」

読み上げてくれるが、何をいっているのかサッパリわからない。
「『例外として、既婚で次の継承者のある場合は、正教会へ所属する司祭の婚姻証明があれば、子の継承を認めることとし、王の証を得ることができる』わかったかしら、ダニエル」
ううん?と頭を抱えていると、もう、と肩を叩かれた。

「つまり、貴方と私が結婚していて、もしかしたらお腹に子供がいるかもしれない場合は、貴方は大公になれるってことよ?」
俺は飛び退いた。
「シャルロット!な、んてことを、言い出すんだよ!」
暗がりだから顔は見えないだろうけれど、おそらく俺は耳まで赤くなっていただろう。

くふっ、とシャルロットは笑う。
「いやあね、ホントになにかする訳じゃないでしょ?ただ、この旅行の間の、私の純潔を証明出きるかって言うと、もうできないじゃない?」
ああ、と俺は胸をおさえた。公爵の行動に腹をたててシャルロットを連れ出してきたけれど、確かに婚約者と連れだって、ひと月以上も旅行すれば、社交界ではシャルロットは既に乙女ではないと扱われてしまうだろう。

「……ごめ」
ぱっ、と口を手で塞がれた。
「謝る必要ないわ、これしかなかったし、私もわかっていたもの」
でも、とシャルロットは微笑んだ。
「王妃様の罪が明らかになって、マーカスのお父様を捕縛できたのは、私たちにとって最大の幸運だわ!だって、これはただの不埒な婚前旅行じゃなく正当な『駆け落ち』なんでしょう?」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そういえば、そんなことを言ったかもな?とおもいながら、俺は暗い地下牢へと降りていった。

「ガイズ」
声をかけると、ガイズは俺に騎士の礼でこたえた。
「おお、大公子さま、大公子さま」
ローシェが嗄れた声で俺を呼ぶ。正直、こんなヤツにどんな声もかけたくはないが、話すしかないだろう。

「ローシェ司祭、貴様の罪状はすべて、この城に既に集まった」
とりあえずブラフをぶちこんでおく。ローシェ司祭の顔が絶望に落ち窪む。
は、お前ひとりがやったことで、自分達は関係ないと俺に親書を送ってきているが、本当なのか?……お前は聖職にありながら、大公を弑殺する大罪を犯したのか?」
ローシェは其をきくと、牢を破らんばかりに暴れだした。
「そんなことを、私がしたとあいつらはいったのか!なんと汚ない奴らなんだ!私は殺してない、殺したのはあいつらだ!あの女、あの女がここの兵に命じて!」

俺は片手をあげ、その話を遮った
「話は王都の議会でしてもらおう。それまでは、俺の屋敷に隠れていろ。……マルテがお前を狙っている、逃げれば殺されるぞ?いいな?」
マルテときいて、ローシェは真っ青になった。

なるほど、コイツもマルテが金で人を殺すと知ってたのか。知っててそんな危険なヤツのいる場所に息子を働きに行かせるとか、本当にクズばかりで嫌になる。

「ローシェ司祭、お前を助けてやろう」
俺はできだけ親切そうに笑いかけた。ヒッ、とヤツは無礼にも怯えた声をだし、ガイズが後ろで何故かくくっ、と笑う。なんでそこで怯えるんだよ、俺そんなに怖い顔してたか?

「ここに、俺とシャルロット・マレーネ・ゲノームの婚姻証明書がある。これにサインをしたら、ここからだして部屋に移してやるよ」

ローシェは一瞬、紙と俺とを見比べた。そして、1も2もなく差し出された羽ペンで、そこに婚姻証明のサインをいれた。俺は其を確認してから、ガイズに合図をいれる。
「鍵をあけ、縄をかけろ。使用人の最も狭い部屋へ連れていってやれ」
其を聞いたローシェは、約束が違う!と喚いたが、別に客室へ移す等と言ってない。俺は証明書を持って、牢をあとにしたのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日からはバタバタと駆け回ることになった。
マーカスはバーンダイク、エルミサード、そしてその他の土地をまわり、宰相と公爵の脱税や背任の証拠をあつめてまわる。
俺とシャルロットは手紙を幾つも出し、それから騎士団の再結成についての触れ書きをエルミサードと大公領の全ての町へ出した。条件はそこそこ厳しくしたが、それでもすぐに沢山の若者がエルミサードへと集まってきた。


大公領についてから2月めの、春の朝。俺とシャルロットは居並ぶ若い騎士志願者達の前に立ち、彼らを見下ろしていた。

「この大公領の土地と、領民を守るために、貴公らは全ての命をかけることができるか!?」
バレル将軍が、大きなからだをいっぱいにつかって叫ぶ。
「応!」
と志願者たちはみな力のかぎり返した。

「大公の命を王の命として任務を遂行するか!?」
なんというか、雄々しい。シャルロットも苦笑いしているが、
「応!」
男たちの野太いこえに混じり、女性の声もある。男女の別を設けず、年齢もできるだけ幅をもたせて募集をかけることについてはシャルロットの案だ。

それに応じて集まった志願者たちの数は、約700人だ。居ならぶ筋骨隆々とした騎士志願者に、に内心びびりながらも俺は彼らの前で大声きく声をあげた。

「新領主、ダニエル・フェリクス大公である!この中から、剣や体術等に長けたものを最初の騎士見習いに選ぶ!心技体ともに優れたものにはフェリクス大公家の騎士としての称号を与える!」
わああ、と志願者たちが喜びのこえをあげた。よかった、だれも志願者がこなかったらと内心ヒヤヒヤしていたのだ。

一年間では数十人かもしれないが、何年間がかけて300人程の騎士を養成できたらと思っている。

この話をしたとき、バレンは以前の数千人単位の騎士と傭兵からなるフェリクス騎士団を想定していたらしく、かなり不服そうではあった。だが、いきなりそんなに多くの兵がこの街に溢れれば、治安はさらに悪くなるかもしれない。それに、王室との間にも要らぬ軋轢を生みかねない。バレンはそれを聞くと、なるほど、とうなづいて納得したようだった。


志願者の選定までには半年近くがかかる。俺はその任を将軍と准将へ任せ、明日、王都へと戻る予定だ。4月の新学期に間に合えば、6月に学園を卒業できる算段でいる。

「ダニエル、王宮殿からの報せだ」

ガイズが持ってきた、きらびやかな封書。それを拡げてみせると、それまで緊張した面持ちだったシャルロットは口許を緩めた。
「よかった」

ああ、と俺はうなづき、訳がわからないといった表情のガイズの肩を叩いた。
「ガイズ、これでおまえも騎士に叙任してやれる。名字も……」
と俺が言いかけると、ガイズは両手を顔の前にあげて、首をふった。
「いや!だめだ、ダニエル。俺はまだ騎士にはなれない」
シャルロットが首をかしげた。
「私に剣を向けたことなら、もういいのよ。貴方は真面目だもの、そうすべきときがあったのよ」
そうじゃない、とガイズは真剣な顔で言う。
「俺はあのマルテをみすみす見逃した。奴を捕らえ、御前につき出すまでは騎士としての資格などない」
はあ?と俺とシャルロットは顔を見合わせる。そもそも奴はそうとわからぬよう素性もなにもかも隠していた。バレン将軍とイグニット准将でさえ見抜けなかったのだから、俺たちにわかる筈もなかったのだ。
「頼む、ダニエル。奴に一太刀浴びせるまでは俺はただの見習いということにしてくれ」
そういって頭を下げる。まあ、ガイズなりに考えてのことなのだろうから、と俺たちはうなづいた。

「ガイズ、わかったわ。頭をあげてちょうだい?」
シャルロットは微笑んで、ガイズの肩に手をかけた。
「貴方の気持ちはうれしいわ、でも気をつけて……話を聞くかぎり、彼女は人を殺めるプロだもの、けして無理はしないでね」
おい、ちょっと顔が近くねえか?ガイズがぽっと赤くなるのがわかった。……全然面白くねえな。


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