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第5章

証人と権力

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がちゃ、と向きをかえて束の紋章をみせてやる。
俺の部屋に飾られていた、大公家の剣だ。持ち主がいなかった間もしっかり磨かれ、いかにも『切れますよ』といった風情が気に入って、勝手に持ってきていた。

ひぃっ、ひぃっ、と情けない声をあげて、腰を抜かした司祭に剣を突きつけて立っていると、娘と別れたマーカスが建物から出てきた。

「ローシェ司祭……何の用でここへ?」
冷たい声からは、父と息子の情など感じられなかった。
「ま、マーカス!大公子様は誤解を、そう、誤解をされているのだ。おま、おまえからも言ってくれ、私はただ、ま、孫に、会いに来ただけで!」
砂利敷きの地面に座り込み、司祭が話している間、マーカスは俺とローシェ司祭の間に立って、司祭を冷たく見下ろしていた。

マーカスは上背のある、見目のよい男だ。切れ長の瞳は涼やかで、普段は感情の起伏など殆どみえない。
「リンダに?」
それが、今、怒りに燃え上がっているようにみえた。
「リンダに、会う?口を開けば『私生児』『呪われた娘』『阿婆擦れの子』と酷い悪口雑言で、あの子を傷つけようとあの手この手を尽くしてきた貴方に、私が会わせるとでも?」

怒りに任せて今にも長いその足で蹴るなりするんじゃないか、と見守っていた俺だが、マーカスは踵を返して俺の方へ近づいてきた。

「旦那様、ローシェ司祭の捕縛許可を。背任と横領の犯人です」
うひ!とローシェの叫び声があがった。そうか、と俺は鷹揚にうなづく。ま、知ってたけどね。縛られている間も、司祭は息子を呼びつづけていたけれど、マーカスは淡々とそれを続けた。

側でそれを見ていた、司祭を連れてきた女性に事情を聞こうと俺は彼女へむきなおった。年は俺たち位、まあまあの美人ではあるが、服の露出度のせいか、髪をあかく染めているのに茶色の根元がみえているせいか、どこかあか抜けない印象の女性だ。

「……貴方が領主様の息子?」
困惑したように、捕縛された司祭と、マーカスをちらちらと見ている。
「そのようだね」
俺が肩をすくめて、持っていた剣の束についた紋章を見せると、彼女は何かに耐えるような仕草で、胸元に手をやり、服からそれ以上胸が目立たぬようそっと隠した。
「あの、あたし、ただ、その」
と、もごもごと話し始めた。
「勿論あたしみたいな貧乏人が貰っちゃだめだって知ってました。けど、毎日ひもじくて、兄は病気になるし、母は歯もないから……」

うん?と俺は首の辺りをかいた。彼女は両腕を差し出し、尚も話し続ける。
「司祭様が捕まったなら、あたしたちも、ですよね?どうぞ縄をかけてください」
司祭に縄をかけ終え、地面につき転がした(確実に私怨がこもっていた)マーカスが、こちらに寄ってくる。

「何を貰ったっていうんだ?」
マーカスに尋ねられ、女は、少しのあいだとまどったあと、
「…………鉱山で採れる、すごくきれいな石です。領のなかでは麦やカボチャのほうが価値があるけど、頑張って山を越えたら向こうの人は高く買ってくれるから」
と、答えた。むぐぐぐぐ!というような音をたてて、ローシェが暴れだす。

「なるほど『あたしたち』とは、仲間がいるのかな?」
マーカスは猫なで声で彼女に尋ねているが、目が笑っていない。それでもマーカスの顔のよさが効いているのか、女はぽやん、とした表情になって、
「ええ、この町の芸妓や娼婦なら皆、貰ってるはずよ。売りに行くには、賭場の男たちに馬車をだしてもらわなきゃなんないけど」
と答えた。
「報酬だって言ってたもの」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

城へ戻るとマーカスは、父親をガイズに引き渡し、
「横領犯のうえ、ゲノーム令嬢の事件の重要参考人でもあります。目を離さないように」
と、言いはなった。ギラギラした目の輝きから、今までマーカスが受けた屈辱がどんなものだったかを感じる。
「…………ああ、二度と失態はしない」
迫力に圧されてか、ガイズは頷いて、ローシェ司祭をひったてて行った。

城の使用人を使って、横領と名誉毀損の証拠を集める、とマーカスが立ち去ったあと、俺は自分の部屋へ向かった。
「ダニー」
廊下の途中で呼び止められて、ああ、そういえばこの人がいたんだっけ、と頭をかいた。
「レジー、飯は?まだなら俺と……」
と話しかけて、それをとめられた。
「いや、俺はいい。それより、話があるんだが」
昨日のことではない、なにか重要なこと、という風だ。

一刻もはやく、シャルロットのところへ報告に行きたいのだが、とおもいながらも無視はできず、長い城の廊下をレジーについて行く。

「なんの話だ、レジー」

どうしてだろう?レジーの側にいると、言いようのない不安が襲ってくる。本人はいたってのほほんとした表情なのに、何か剣呑なものを感じるのだ。

二階の、突き当たりに近い階段の脇の空中回廊で、俺たちは階下のホールを見下ろした。
「なんだよ、話って?」
レジーはちょっとの間、迷うような素振りをしていたが、やがて口をひらいた。
「俺も、お前を殺すように頼まれたんだ」
え、と顔をあげた。ジャケットから銃を取りだそうと手を入れる。レジーは両手をあげた。
ハンズアップ、武器はない、という仕草だ。
「いや違うぞ、誤解をするなよ。俺はその前から編集長にお前を立派な記者にしろって頼まれてたし、情もある。何度もいうが俺は単なる新聞記者だからな?スクープは欲しいが自分が事件を起こすのは三流のやることだ…一流ってわけじゃねえけどよ」

ごちゃごちゃいいながら、回廊の欄干にレジーは手をかけた。
「俺が言いたかったのは、俺にお前を殺せと言ったヤツと、マルテを雇った人間は同じだって事だ」
ああ、と俺は頷いた。
「結局バリー宰相とゲノーム公爵は繋がってるって話だろ?」
それはもう、マルテからも聞いている。ヤツを締め上げて証言させられなかったのは残念だが、袖口にかくしていた矢だの、俺の部屋へむけて使った照明弾だのの証拠品には事欠かない。

「ローシェ司祭も取っ捕まえたし、城下の女たちが証言できそうだからな、なんとか……」

レジーはそれを聞くと、首を振った。
「蜥蜴だよ、そいつは」
意味をはかりかねて、俺はレジーを見る。レジーはくたびれたコートから、煙草を取り出し、ああ、火がねえなとまたポケットへ戻した。
「蜥蜴の尻尾は捕まえても、お前を狙ったヤツはつかまんねえ。王陛下の横で、取り澄ましてお優しい顔をしてるが、あの女はもう何人も殺してる。お前の両親、大公領の大商人、大公の騎士たち、もちろん俺らみたいにうっかり情報をつかんだ新聞記者もな」

ガタン!とホールで何かが落ちる音がした。ハッとして見下ろすと、そこには小さな箱を持ったシャルロットの姿がある。血の気のない顔で、こちらを見上げていた。

「シャルロット、聞いて……」
俺が声をかけると、いいえ、とか細い声が返ってきた。落とした筆記具の入れものを拾い上げ、
「あの、書斎に大公領の、出納記録を」
震える声と、もはや蒼白の顔色に彼女のもとへ駆け寄ろうとして、腕を掴まれた。

「今の、大公子の身分のままではお前はまた狙われる。危険はおまえだけじゃない、彼女やお前の仲間にも及ぶぞ。なんとかして一刻も早く大公になるんだ。大公の権限でなら、あの女を玉座から引きずり下ろせる」

どうやって、と訊こうとして、平民で、もしかしたら外国人かもしれないレジーがそれを知るはずもないと気づいた。
レジーは隣国に身をかくしていた。いま、この国に戻ってきたのは危険を犯して俺にこれを伝えるためだ。

「レジー、気をつけて」

俺が言うと、レジーは鷹揚に頷いた。この男はきっと明日には国境を越えているだろう。

「土産に俺の大型二輪カノジョを置いてってやるよ。馬力もあるし、砂にもお前の中古車スクーターよりは強い……ここまで目立つようわざとバーンダイクで乗り回してきたからな、しばらくはこれで誤魔化せるだろ」
と、またポケットをさぐる。火がないんだろ?俺は苦笑いして、レジーのほうへ懐炉を放った。煙草用じゃねえけど、まあ火種に代わりはねえだろ。

俺はレジーがそれを受けとるのを確認してから、階段をかけおりてゆく。シャルロットが心配だ。

「厩から適当な馬を借りていく。返せないかもしれないがな」
階段の上から、レジーの声がふってきた。俺は適当に片手を振ってこたえた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

書斎の扉をひらくと、カーテンをひいたまま、ランプもつけない暗い部屋にシャルロットが立っていた。
「シャルロット、だい……」
大丈夫か、と尋ねようとして、大丈夫なんかじゃないだろうと拳を握った。父親はやはり人を殺そうとしていた、そして王宮殿でシャルロットに王太子妃の教育を施していた王妃……シャルロットが愛したウィル殿下の母親が、恐ろしい大量殺人の黒幕だったのだから。

俺はなにも言えず、窓のほうへ歩いていった。
「シャルロット、暗いだろ?カーテンを」
「恐ろしいわ」
俺の言葉を遮ったシャルロットの言葉に、思わずカーテンをひらく手をとめ、わずかにひらいたその間から入ってきた光が、シャルロットの赤い瞳をうかびあがらせた。その表情に、俺は言葉をなくした。



明々と燃える松明のように、シャルロットの赤い瞳は西日をはじいてひかっていた。口許を覆う手は震えているが、それは高らかに出てくる笑いをおさえているものだ。
「何もかもが素晴らしいタイミングで揃ったわね、ダニエル……怖いくらい」

そういって彼女は、満面の笑みをむけたのだった。
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