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第5章
挿話 後悔と疑惑<フェリクス大公家見習い騎士ガイズ>
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ダニエルは早めに寝室へと向かった。当たり前のように婚約者であるシャルロット嬢をともなってゆく。
今朝のシャルロット嬢の負傷に偽物騒動、二人とも疲れていることは自明だが、しかしまだ婚姻前であるのにあの二人はずいぶんと距離が近い。
シャルロット嬢は少し前まで、皇太子殿下の婚約者であったが、ウィル殿下と一緒にいるところを見たのは公式な夜会などで、会話らしい会話をしているところさえ見たことがなかった。その時とはまるで別人のような大胆さだ。
『王宮に未練があるあまり、愛妾になりたいと公爵にねだって、公爵を困らせている』
『いまだにマリエッタに嫌がらせを止めず、学園で顔を合わせなくなってからは学友を通じて皇太子と別れろ、自分こそ王妃にふさわしいと呪詛をなげつけてくる』
とロイスやマリエッタより伝え聞いた情報は全くの出任せだったということを見て感じてわかってきた。
ひとより色恋に鈍いと言われる俺だが、シャルロットとダニエルは想いあっているようにしかみえないし、こちらがむず痒くなる位にくっつきあっている二人を見ていると、寧ろ今までよくこの二人が離れていられたと思うほどだ。
もしかしなくても、はじめからウィル殿下のことをシャルロットは知り合い程度にしかおもっていなかったのではないだろうか?
側に仕えてみてわかったことは他にもある。
ときに苛烈ともいえるマリエッタと違い、シャルロットは泰然としていて、とても嫉妬に狂ってなにかしでかすような人物にはみえない。もしまかり間違って悋気にふれたとしても、理知的な彼女であればもっと緻密に計画し、排除しにかかるだろう。
マリエッタの言うことには、かなりの虚構が混ぜられていたということか。
それに思いが至るにしたがって、自分が過去に行った愚行が思い出されてどう償っていいやら全く途方にくれてしまい、俺は騎士になる自信さえ揺らいでいる。そこをあのマルテに突かれたかたちだ。見た目の愚鈍さに油断した。まさかあんなに動けるとは。
二人が休んだ後、せめて今日の失態は挽回したいと廊下に立ち、不寝番をしようとしているとマーカス・ローシェが現れた。この男も得体が知れない。何年も前からバーンダイクの屋敷に勤めていたと聞いたが、かえしていえばゲノーム公爵と通じていてもおかしくはない。
そもそも、田舎の平民出身の一介の従僕の癖に動きにそつがなさすぎる。まるで貴族の子息のようなその挙動が、いっそう怪しいのだ。
「ガイズ卿」
声をかけられて、さりげないふりをしつつ警戒する。
「お二方はお休みになりました。ガイズ卿もお休みになっては?」
ふん、と俺は嗤った。
「俺はまだ卿などと、大仰によばれる身分じゃない。ダニエルとは学友だから、友人としてあいつを守ってるだけだ」
それを聞いてマーカスは肩をすくめてから、
「それはそれは……ところでガイズ様、旦那様が本日城へ引き入れたあの男、貴方は信用できるとお思いで?」
と尋ねた。まさに唐突だし、廊下の真ん中でする話でもないだろう。
しかし今日来たあの男、ダニエルと同じ新聞社の記者だったという。俺はダニエルとは6年ほどのつきあいになるが、始めて見た男だ。そもそも友人というには年上すぎる。レジーと名乗ったが、本名であるという証拠もない。
ぱっと見た感じはうだつの上がらなさそうな平民といった雰囲気だが、そうにしてもあの大型二輪にしても、ダニエルに渡した短銃にしても、とても平凡な新聞記者とは思えない。
「ダニエルの話によればマルテと顔見知りで、隣国にも出入りしている。凡百の民ではないだろうな」
ふうん、とまたマーカスは口元へ指先をもっていった。
「まあ、そうでしょう。旦那様は人を信用しすぎる。気を付けるに越したことはないでしょうね」
そういってこちらを睨んだ。なるほど、遠回しに俺のことも警戒していると忠告しに来たわけだ。
うっとおしいな。
俺は持っていた剣を鞘ごとヤツの首もとへ突きつけた。
「シャルロット嬢に何を聞いたにせよ、俺の剣は既にフェリクス大公家のものだ。二度と彼女に牙を剥くような真似はしない」
夜半にしては声をはりすぎたか、マーカスは黙って剣の先を払いのけた。
「良いでしょう、その言葉を覚えていて下さい」
さっと俺から距離をとり、マーカスは来た道を戻って行く。全く食えないヤツだ、そもそも、ヤツの方が新参の癖になにが『覚えていて下さい』だ。
舌打ちでもしたい気分で、俺はヤツが歩き去ったほうを睨み付けた。
今朝のシャルロット嬢の負傷に偽物騒動、二人とも疲れていることは自明だが、しかしまだ婚姻前であるのにあの二人はずいぶんと距離が近い。
シャルロット嬢は少し前まで、皇太子殿下の婚約者であったが、ウィル殿下と一緒にいるところを見たのは公式な夜会などで、会話らしい会話をしているところさえ見たことがなかった。その時とはまるで別人のような大胆さだ。
『王宮に未練があるあまり、愛妾になりたいと公爵にねだって、公爵を困らせている』
『いまだにマリエッタに嫌がらせを止めず、学園で顔を合わせなくなってからは学友を通じて皇太子と別れろ、自分こそ王妃にふさわしいと呪詛をなげつけてくる』
とロイスやマリエッタより伝え聞いた情報は全くの出任せだったということを見て感じてわかってきた。
ひとより色恋に鈍いと言われる俺だが、シャルロットとダニエルは想いあっているようにしかみえないし、こちらがむず痒くなる位にくっつきあっている二人を見ていると、寧ろ今までよくこの二人が離れていられたと思うほどだ。
もしかしなくても、はじめからウィル殿下のことをシャルロットは知り合い程度にしかおもっていなかったのではないだろうか?
側に仕えてみてわかったことは他にもある。
ときに苛烈ともいえるマリエッタと違い、シャルロットは泰然としていて、とても嫉妬に狂ってなにかしでかすような人物にはみえない。もしまかり間違って悋気にふれたとしても、理知的な彼女であればもっと緻密に計画し、排除しにかかるだろう。
マリエッタの言うことには、かなりの虚構が混ぜられていたということか。
それに思いが至るにしたがって、自分が過去に行った愚行が思い出されてどう償っていいやら全く途方にくれてしまい、俺は騎士になる自信さえ揺らいでいる。そこをあのマルテに突かれたかたちだ。見た目の愚鈍さに油断した。まさかあんなに動けるとは。
二人が休んだ後、せめて今日の失態は挽回したいと廊下に立ち、不寝番をしようとしているとマーカス・ローシェが現れた。この男も得体が知れない。何年も前からバーンダイクの屋敷に勤めていたと聞いたが、かえしていえばゲノーム公爵と通じていてもおかしくはない。
そもそも、田舎の平民出身の一介の従僕の癖に動きにそつがなさすぎる。まるで貴族の子息のようなその挙動が、いっそう怪しいのだ。
「ガイズ卿」
声をかけられて、さりげないふりをしつつ警戒する。
「お二方はお休みになりました。ガイズ卿もお休みになっては?」
ふん、と俺は嗤った。
「俺はまだ卿などと、大仰によばれる身分じゃない。ダニエルとは学友だから、友人としてあいつを守ってるだけだ」
それを聞いてマーカスは肩をすくめてから、
「それはそれは……ところでガイズ様、旦那様が本日城へ引き入れたあの男、貴方は信用できるとお思いで?」
と尋ねた。まさに唐突だし、廊下の真ん中でする話でもないだろう。
しかし今日来たあの男、ダニエルと同じ新聞社の記者だったという。俺はダニエルとは6年ほどのつきあいになるが、始めて見た男だ。そもそも友人というには年上すぎる。レジーと名乗ったが、本名であるという証拠もない。
ぱっと見た感じはうだつの上がらなさそうな平民といった雰囲気だが、そうにしてもあの大型二輪にしても、ダニエルに渡した短銃にしても、とても平凡な新聞記者とは思えない。
「ダニエルの話によればマルテと顔見知りで、隣国にも出入りしている。凡百の民ではないだろうな」
ふうん、とまたマーカスは口元へ指先をもっていった。
「まあ、そうでしょう。旦那様は人を信用しすぎる。気を付けるに越したことはないでしょうね」
そういってこちらを睨んだ。なるほど、遠回しに俺のことも警戒していると忠告しに来たわけだ。
うっとおしいな。
俺は持っていた剣を鞘ごとヤツの首もとへ突きつけた。
「シャルロット嬢に何を聞いたにせよ、俺の剣は既にフェリクス大公家のものだ。二度と彼女に牙を剥くような真似はしない」
夜半にしては声をはりすぎたか、マーカスは黙って剣の先を払いのけた。
「良いでしょう、その言葉を覚えていて下さい」
さっと俺から距離をとり、マーカスは来た道を戻って行く。全く食えないヤツだ、そもそも、ヤツの方が新参の癖になにが『覚えていて下さい』だ。
舌打ちでもしたい気分で、俺はヤツが歩き去ったほうを睨み付けた。
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