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終章
彼女のきめること
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「もう、捨てた」
嘘だわ、と彼女の口が動いた。
「あなたはあれを持ち歩いているじゃない。早く教えて?そうでなければ、それを……」
ジャケットを脱ぎ捨てたことで、丸見えになっているホルスターから銃を引き抜こうと、体に手を回してくる。
「やめろ、シャルロット!」
慌てて後ろに下がると、いやあ!とマリエッタの悲鳴が聴こえた。
「なにをもたもたしているの!死ぬなら早く死になさいよ!」
…今のは幾らなんでも酷すぎないか?マリエッタに気をとられているうちに、シャルロットに銃を抜き去られた。
「いいわ、これでひと息に」
と頭へ銃口をもっていこうとする。
「っ……ジャケットのなかだ」
銃をこちらに投げつけ、シャルロットは床に投げ出されていた俺のジャケットの胸をさぐり、青い毒薬の瓶を取り出した。過たず、瓶の蓋をぬいた。
「駄目だ、シャルロット、やめてくれ」
「約束して、ヘルミーナ。わたくしがこれを飲めば、その子を解放すると」
王妃は完全に狂っていようだ。子供のようにうなづき、
「ええ、約束するわ、おねえさま。あなたさえいなければいいのよ、そう、それで全てうまく行くわ」
うっとり、といったように微笑んだ。マリエッタは
「いいから早く死んでよ!死になさいよ!」
とわめき散らした。涙と冷や汗で目の回りの化粧が落ちて、まるで化け物のようになっている。
「シャルロット、やめるんだ、それを返して」
俺はシャルロットに、瓶を返すよう手を差しのべ、
「王陛下、衛兵を!王妃殿下を止めて下さい」
と懇願した。
「駄目だ。そんなことすればマリエッタの命はないんだぞ!」
ウィル殿下の声がした。王陛下も、動く気配はない。ふたりとも、いや、ここにいる全員が待っているのだ……シャルロットが死に、王妃に隙ができる瞬間を。
ぎりっ、と俺の奥歯が鳴る。
「ありがとうダニエル、私は平気よ」
シャルロットが笑った。ああ、またあの瞳だ。消える寸前の焔のような、あかい光を湛えた瞳。
それが、伏せられる銀の睫毛にきえたとき、シャルロットは手にした瓶を口にして、一気に飲み干してしまった。
そのまま力なく倒れ伏してしまう。あわてて支えたが、彼女の意識は既になかった。
「シャルロット!」
俺の悲鳴が響いた。
「アハハハハハハハハハハ!」
マリエッタを離した王妃が、両手を叩いて笑う。常軌を逸したその姿に、王陛下とウィル殿下、そして衛兵は愕然とその様子を見守っていた。
「しんだ、シャルロットが、死んだわ!」
マリエッタは投げ出されて膝をついていたが、立ち上がり嬉しそうに言った。
「残念だったわね、もう少しでウィルの愛妾に……」
言いかけたその時、なにかがドン、とマリエッタを突き飛ばした。
否、マリエッタの背中がわに、王妃のもつあの台座が突き立てられていた。見ていた貴族達の悲鳴があがり、王妃がとうとう衛兵に取り押さえられる。王陛下はそれを見ないふりをして、顔をそむけた。
「うしろ?え?なに?いた、痛い!」
マリエッタは訳もわからず、背中に台座を突き立てたままウィル殿下のほうへ歩き始めた
「痛い、いたいわウィル。どうしたらいいの、助け……て……」
段に倒れ伏したマリエッタに、ウィル殿下は一歩も近付こうとしない。どくどくと、マリエッタの背中から血が流れ出ているのに、だ。
「王妃は乱心した!拘束し、陛下に近づけるな!」
誰かが叫び、構えて待っていた大勢の衛兵たちが、なだれこんできてそれ以上は見えなくなった。
俺は腕の中のシャルロットを見下ろした。眠っているようにその体は力なく倒れ、鼻と口にわずかだが血が滲んでいる。
「シャルロット、いやだ、シャルロット…」
俺が揺すろうと、とりすがって泣こうと、シャルロットは目を開けない。ああ、とうとう、シャルロットが、彼女が逝ってしまった!
何で俺はあんな瓶を持ち歩いていたんだ。棄ててしまえばよかった。棄てるチャンスなんて、いくらでもあったのに……
俺はさっきシャルロットに投げつけられた銃をもちかえ、自分の口に雑に突っ込んだ。
安全装置を外す。
引き金に手をかける。
誰かが俺の腕をつかんだ。
俺の頭を吹き飛ばし損ねた弾が、天井につりさがっている灯りを撃ち抜いて、硝子片が降り注いでくる。
やめろ、
なあシャルロット
お前がいないなら
俺の生きる場所なんて
ないんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シャルロットとマリエッタは王宮の医師の元へ運ばれた。
マリエッタの背中の傷は血こそ沢山出たもののそう深くはなく、すぐに意識を取り戻した。
「マリエッタはどうなった?」
ウィル殿下が入って来たとき、マリエッタはなにも言わずうつむいて待ち合いの長椅子に腰かけていた。
目を覚まして一番最初に見たものが、シャルロットが運ばれた奥の処置室をすがるように見ながら、
「マリエッタ……手前が死ねば良かったのに」
と呪詛の言葉を吐く俺だったからだろうか。それとも、丁寧に手首と足首を縄で縛られているからか。
兎に角衛兵は、俺に何されたって関知しないと判断したらしく、シャルロットの診察中ずっと俺の足元へマリエッタを転がして置いたのだ。
(長椅子に座ったのは本人で、俺は許可してない)
「ウィル!」
飛び出していき、抱きつこうとしたマリエッタは、縄のせいでバタッと倒れた。いつもならウィル殿下が助けるところだが、殿下はそのまま立っている。
「マリエッタ、私は廃嫡となり、爵位も与えられず隣国へ送られる」
ええ?とマリエッタは這いつくばったまま顔だけをウィル殿下へ向けた。
「大丈夫、俺たち二人で新しい暮らしを始めよう、マリエッタ」
言葉こそ優しげだが、殿下の口調は冷たく固い。何かを試そうとしているようだ。
「ハア?なんで私がそんなとこいかなくちゃなんないのよ?あんたが王子じゃなくなるなら、私はまた田舎に帰って旦那と子供と幸せに暮らすに決まってるでしょ!」
そう言って下から殿下を睨み付けた。殿下はその視線をうけても、冷ややかに見下ろすだけだ。
「……そうか、では、やはりお前も父上の沙汰のとおり、お前の父親とふたり農奴として北端の国へ行くがいい……衛兵、連れて行け」
農奴、とマリエッタが呟いた。この国では、重い罪を犯したものは斬首に処せられるか一生消えない刺青を額に施されて農奴となる。
「いや、嫌よ!農奴なんて!ウィル!愛してるわ!私を見捨てないで!」
慌てて殿下に駆け寄ろうとしたマリエッタは、担がれるようにして衛兵によって牢へ連れ去られていった。ウィル殿下は、そのマリエッタの様子を、冷たく見送った。
「ダニエル……いや、今となっては大公閣下か」
マリエッタが連れ出された方を見ていた俺に、ウィル殿下が向き直った。
「とんでもない真似を、どう償えばいいのか…」
跪き、頭を下げたウィル殿下を、俺は座ったままただ見下ろしていた。
「シャルロットが、きめるだろ」
思った以上に掠れた声が出た。マリエッタに騙されてシャルロットを追い詰めたのは、ウィル殿下だけではない。俺だってそうなのだ。
バカみたいにいつまでも毒を持ち歩いたりしなければ。否、そもそもあんな女に騙されたりしなければ。悔しい、悲しいと思う反面、悲しいのも辛いのもシャルロットで、俺達にはそんな権利すらない。
「赦すも赦さないも、決めるのはシャルロットだろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ウィル殿下が帰ったあと、処置室の扉が開き、医師が中から出てきた。
「お目覚めになられました」
目覚める?と俺は立ち上がり、医師とともに処置室へと入っていった。
「お飲みになったのは毒薬ではなく、体に害の少ない麻酔薬でございました。ですので、時間の経過と共にお目覚めになったのかと……」
大量の汗をふきながら、医師は説明する。
ベッドの上に座り、ボンヤリした表情でシャルロットがこちらを見ている。まだ薬が残っているようだ。
「シャルロット!」
俺は駆け寄り、その繊い髪に指をとおして抱き寄せた。ダニエル、とシャルロットの優しい声が耳をくすぐる。
「だいすきよ、ダニエル……せかいいち、だいすきよ」
そう言ってクスクスと笑い、やんわりと俺の背中を撫でてくれる。
シャルロット、いま、なんて言った?
薬のせいで気でも違ったのかと医師を振り返ると、医師は生暖かい表情で、
「麻酔薬には、覚めるとき一時的に判断力をうしなう種類がございますが、一時的なものですのでご心配にはおよびません、閣下」
と、説明する。ふと、頬をシャルロットの指が撫でた。
「キスして?」
うそだろ、なんでだよ、絶っ体あとでシャルロットは怒る。でも、医師を今追い出したらシャルロットに異変が起きてもすぐ対処できねえ。
「ダニエル、キスして?」
せつなさそうな、シャルロットの赤い瞳が潤んでいる。柔らかそうな桃色の唇は、少し乾いてみえる。
もう、あとでどんなに怒られてもいいや。
「シャルロット、俺は、お前がいなくては生きてはいけない。こんな真似は、二度としないと誓ってくれ」
そう言って、彼女の目尻に口づけた。ぱち、と睫が俺の唇をくすぐる。
「………え…ダニエル?ちょっと、なに?」
「好きだ」
シャルロットの唇へたどり着くまえに、俺の顔をシャルロットの掌が押し退けた。
「だ、ダニエル・フェリクス大公閣下!なにをしているの!?こ、お、お医者様がいらっしゃる前よ!?」
結婚式でもみんなの前でするんだぞ、と呟いたが、結局やっぱり怒られた。
嘘だわ、と彼女の口が動いた。
「あなたはあれを持ち歩いているじゃない。早く教えて?そうでなければ、それを……」
ジャケットを脱ぎ捨てたことで、丸見えになっているホルスターから銃を引き抜こうと、体に手を回してくる。
「やめろ、シャルロット!」
慌てて後ろに下がると、いやあ!とマリエッタの悲鳴が聴こえた。
「なにをもたもたしているの!死ぬなら早く死になさいよ!」
…今のは幾らなんでも酷すぎないか?マリエッタに気をとられているうちに、シャルロットに銃を抜き去られた。
「いいわ、これでひと息に」
と頭へ銃口をもっていこうとする。
「っ……ジャケットのなかだ」
銃をこちらに投げつけ、シャルロットは床に投げ出されていた俺のジャケットの胸をさぐり、青い毒薬の瓶を取り出した。過たず、瓶の蓋をぬいた。
「駄目だ、シャルロット、やめてくれ」
「約束して、ヘルミーナ。わたくしがこれを飲めば、その子を解放すると」
王妃は完全に狂っていようだ。子供のようにうなづき、
「ええ、約束するわ、おねえさま。あなたさえいなければいいのよ、そう、それで全てうまく行くわ」
うっとり、といったように微笑んだ。マリエッタは
「いいから早く死んでよ!死になさいよ!」
とわめき散らした。涙と冷や汗で目の回りの化粧が落ちて、まるで化け物のようになっている。
「シャルロット、やめるんだ、それを返して」
俺はシャルロットに、瓶を返すよう手を差しのべ、
「王陛下、衛兵を!王妃殿下を止めて下さい」
と懇願した。
「駄目だ。そんなことすればマリエッタの命はないんだぞ!」
ウィル殿下の声がした。王陛下も、動く気配はない。ふたりとも、いや、ここにいる全員が待っているのだ……シャルロットが死に、王妃に隙ができる瞬間を。
ぎりっ、と俺の奥歯が鳴る。
「ありがとうダニエル、私は平気よ」
シャルロットが笑った。ああ、またあの瞳だ。消える寸前の焔のような、あかい光を湛えた瞳。
それが、伏せられる銀の睫毛にきえたとき、シャルロットは手にした瓶を口にして、一気に飲み干してしまった。
そのまま力なく倒れ伏してしまう。あわてて支えたが、彼女の意識は既になかった。
「シャルロット!」
俺の悲鳴が響いた。
「アハハハハハハハハハハ!」
マリエッタを離した王妃が、両手を叩いて笑う。常軌を逸したその姿に、王陛下とウィル殿下、そして衛兵は愕然とその様子を見守っていた。
「しんだ、シャルロットが、死んだわ!」
マリエッタは投げ出されて膝をついていたが、立ち上がり嬉しそうに言った。
「残念だったわね、もう少しでウィルの愛妾に……」
言いかけたその時、なにかがドン、とマリエッタを突き飛ばした。
否、マリエッタの背中がわに、王妃のもつあの台座が突き立てられていた。見ていた貴族達の悲鳴があがり、王妃がとうとう衛兵に取り押さえられる。王陛下はそれを見ないふりをして、顔をそむけた。
「うしろ?え?なに?いた、痛い!」
マリエッタは訳もわからず、背中に台座を突き立てたままウィル殿下のほうへ歩き始めた
「痛い、いたいわウィル。どうしたらいいの、助け……て……」
段に倒れ伏したマリエッタに、ウィル殿下は一歩も近付こうとしない。どくどくと、マリエッタの背中から血が流れ出ているのに、だ。
「王妃は乱心した!拘束し、陛下に近づけるな!」
誰かが叫び、構えて待っていた大勢の衛兵たちが、なだれこんできてそれ以上は見えなくなった。
俺は腕の中のシャルロットを見下ろした。眠っているようにその体は力なく倒れ、鼻と口にわずかだが血が滲んでいる。
「シャルロット、いやだ、シャルロット…」
俺が揺すろうと、とりすがって泣こうと、シャルロットは目を開けない。ああ、とうとう、シャルロットが、彼女が逝ってしまった!
何で俺はあんな瓶を持ち歩いていたんだ。棄ててしまえばよかった。棄てるチャンスなんて、いくらでもあったのに……
俺はさっきシャルロットに投げつけられた銃をもちかえ、自分の口に雑に突っ込んだ。
安全装置を外す。
引き金に手をかける。
誰かが俺の腕をつかんだ。
俺の頭を吹き飛ばし損ねた弾が、天井につりさがっている灯りを撃ち抜いて、硝子片が降り注いでくる。
やめろ、
なあシャルロット
お前がいないなら
俺の生きる場所なんて
ないんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シャルロットとマリエッタは王宮の医師の元へ運ばれた。
マリエッタの背中の傷は血こそ沢山出たもののそう深くはなく、すぐに意識を取り戻した。
「マリエッタはどうなった?」
ウィル殿下が入って来たとき、マリエッタはなにも言わずうつむいて待ち合いの長椅子に腰かけていた。
目を覚まして一番最初に見たものが、シャルロットが運ばれた奥の処置室をすがるように見ながら、
「マリエッタ……手前が死ねば良かったのに」
と呪詛の言葉を吐く俺だったからだろうか。それとも、丁寧に手首と足首を縄で縛られているからか。
兎に角衛兵は、俺に何されたって関知しないと判断したらしく、シャルロットの診察中ずっと俺の足元へマリエッタを転がして置いたのだ。
(長椅子に座ったのは本人で、俺は許可してない)
「ウィル!」
飛び出していき、抱きつこうとしたマリエッタは、縄のせいでバタッと倒れた。いつもならウィル殿下が助けるところだが、殿下はそのまま立っている。
「マリエッタ、私は廃嫡となり、爵位も与えられず隣国へ送られる」
ええ?とマリエッタは這いつくばったまま顔だけをウィル殿下へ向けた。
「大丈夫、俺たち二人で新しい暮らしを始めよう、マリエッタ」
言葉こそ優しげだが、殿下の口調は冷たく固い。何かを試そうとしているようだ。
「ハア?なんで私がそんなとこいかなくちゃなんないのよ?あんたが王子じゃなくなるなら、私はまた田舎に帰って旦那と子供と幸せに暮らすに決まってるでしょ!」
そう言って下から殿下を睨み付けた。殿下はその視線をうけても、冷ややかに見下ろすだけだ。
「……そうか、では、やはりお前も父上の沙汰のとおり、お前の父親とふたり農奴として北端の国へ行くがいい……衛兵、連れて行け」
農奴、とマリエッタが呟いた。この国では、重い罪を犯したものは斬首に処せられるか一生消えない刺青を額に施されて農奴となる。
「いや、嫌よ!農奴なんて!ウィル!愛してるわ!私を見捨てないで!」
慌てて殿下に駆け寄ろうとしたマリエッタは、担がれるようにして衛兵によって牢へ連れ去られていった。ウィル殿下は、そのマリエッタの様子を、冷たく見送った。
「ダニエル……いや、今となっては大公閣下か」
マリエッタが連れ出された方を見ていた俺に、ウィル殿下が向き直った。
「とんでもない真似を、どう償えばいいのか…」
跪き、頭を下げたウィル殿下を、俺は座ったままただ見下ろしていた。
「シャルロットが、きめるだろ」
思った以上に掠れた声が出た。マリエッタに騙されてシャルロットを追い詰めたのは、ウィル殿下だけではない。俺だってそうなのだ。
バカみたいにいつまでも毒を持ち歩いたりしなければ。否、そもそもあんな女に騙されたりしなければ。悔しい、悲しいと思う反面、悲しいのも辛いのもシャルロットで、俺達にはそんな権利すらない。
「赦すも赦さないも、決めるのはシャルロットだろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ウィル殿下が帰ったあと、処置室の扉が開き、医師が中から出てきた。
「お目覚めになられました」
目覚める?と俺は立ち上がり、医師とともに処置室へと入っていった。
「お飲みになったのは毒薬ではなく、体に害の少ない麻酔薬でございました。ですので、時間の経過と共にお目覚めになったのかと……」
大量の汗をふきながら、医師は説明する。
ベッドの上に座り、ボンヤリした表情でシャルロットがこちらを見ている。まだ薬が残っているようだ。
「シャルロット!」
俺は駆け寄り、その繊い髪に指をとおして抱き寄せた。ダニエル、とシャルロットの優しい声が耳をくすぐる。
「だいすきよ、ダニエル……せかいいち、だいすきよ」
そう言ってクスクスと笑い、やんわりと俺の背中を撫でてくれる。
シャルロット、いま、なんて言った?
薬のせいで気でも違ったのかと医師を振り返ると、医師は生暖かい表情で、
「麻酔薬には、覚めるとき一時的に判断力をうしなう種類がございますが、一時的なものですのでご心配にはおよびません、閣下」
と、説明する。ふと、頬をシャルロットの指が撫でた。
「キスして?」
うそだろ、なんでだよ、絶っ体あとでシャルロットは怒る。でも、医師を今追い出したらシャルロットに異変が起きてもすぐ対処できねえ。
「ダニエル、キスして?」
せつなさそうな、シャルロットの赤い瞳が潤んでいる。柔らかそうな桃色の唇は、少し乾いてみえる。
もう、あとでどんなに怒られてもいいや。
「シャルロット、俺は、お前がいなくては生きてはいけない。こんな真似は、二度としないと誓ってくれ」
そう言って、彼女の目尻に口づけた。ぱち、と睫が俺の唇をくすぐる。
「………え…ダニエル?ちょっと、なに?」
「好きだ」
シャルロットの唇へたどり着くまえに、俺の顔をシャルロットの掌が押し退けた。
「だ、ダニエル・フェリクス大公閣下!なにをしているの!?こ、お、お医者様がいらっしゃる前よ!?」
結婚式でもみんなの前でするんだぞ、と呟いたが、結局やっぱり怒られた。
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