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第2章

暫しの別れ

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今までも学校を休んで取材の助手をしたことなどいくらもあった。その都度誰かに許可を貰ったりはしていなかったし、何なら誰にも言わずに2、3日いないことだってあったけれど、とくに何も言われなかった。

学校へ10日間休むと届けを出したあと、シャルロットを乗せて町へゆく。買いたいものもあったし、学校ではできない話もある。
「出席日数、足りなくなってもしらないわよ?」
あきれたように言いながらシャルロットは店員の運んできたアイスクリームを受け取った。めっきり寒くなってきたというのに、寒空の下でアイスクリーム……ぞわぞわしてつい腕をさすった。
「それは計算してる。一応」
俺の答えにシャルロットはクスッとわらった。笑ったのは態度のほうか?けど、見てても寒いものは寒い。

「あんまりわからないの、寒いかどうか」
えっ、と俺は顔をあげた。
「王宮殿のレッスンの時とか、家でも火をおこすのには大人の手が必要になるじゃない?」
そう言ってアイスクリームを口に含む。
普通は親か使用人(うちでは兄だったけど)が、子供について火の番をするものだけれど、彼女にはそれがなかったってことか。
「おかげで、凄く寒さにつよいのよ。いいことも少しはあったかしら?」
ふうん、と俺は足を組み換えた。自然と眉に力が入る。

手をあげてウェイターをよび、膝掛けと温かいラムのはいった紅茶を頼んだ。
「いやね、そんなに寒い?」
まだシャルロットは笑っているけれど、そのシャルロットのほうに俺は膝掛けと紅茶を運ばせた。

「見てろ」
アイスクリームを取り上げて、全部ひといきに口にいれた。ぞぞぞ、と身体中が冷えてゆき、頭痛がおきてしゃがみこむ。ああああ!つめたい!寒い!痛い!

「え、なにやってるのよ!」
驚いたシャルロットがあわてて熱いお茶を差し出し、背中をさすってくれる。
「滅茶苦茶寒い!何でこんな、罰ゲームみたいなことしてんだよ?」
お茶を受け取って飲み、ひとここちついて椅子に戻った。シャルロットは呆れたような、困ったような顔をする。
「あなたこそそれを真似る必要があると思えないけど」
秋の陽に、紅茶のような彼女のあかい瞳が揺れた。
いつもは硬質にみえる銀の髪は、色づいた木漏れ日をとおしてみると、淡い金の光をはなっている。
お伽噺にでてくる妖精のようだな、と思ってから、自分の発想に恥ずかしくなった。

暖かい場所に縁遠いのは俺もシャルロットも同じ筈なのに、彼女だけはそうであって欲しくない。何故なのかは、わからないけれど。

何となく無言になってしまって、こほ、と咳をして、俺は場をつないだ。
「それより、お前はどうするんだよ、…大丈夫なのかよ」
知らず知らずのうちに、ポケットの髪留めを触った。ちょっと癖になってるかな。
「え?ああ、大丈夫よ、あなたがそれを持ってる限り、私は死ねないもの。戻ってきたらお願いしてもいいかしら?」

それ、と言われて内ポケットで髪留めとともに入っている小瓶を思い出した。最近は『明日殺して』とは言わなくなっていたから、忘れていたな。
「まだ一年あるだろ」
俺が顔を背けると、そうね、とシャルロットは頷く。
「一週間後にコンクールよ、ボンヤリしてはいられないわ。私のことより、あなたこそ気をつけて行ってね?ご無事をお祈りしています」
まるで戦場にゆくみたいに言われて、くすぐったいけれどなんとなく心がほわっと温かくなった。
「……ああ、うん。十日後に」
「ええ、十日後にね」

たった十日の別れ、しかも俺はただ取材の助手をするだけだけれど、名残惜しいような離れがたいような気持ちになりながら、その日俺はシャルロットを家へと送り届けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

自動二輪で三時間。この王国の南端にある、港町。そこに怪物がでる、と編集長が聞き付けて記者を送ったのは夏の話。
一応報告は上がってきているものの、正体はわからず、港に上がる漁獲量は減るばかり。どころか、とうとう先だってはソイツとぶつかった漁船が沈む事故までおきた。船乗りからは悪魔の使いだとか、竜だとか言う声まであるという。

だが、領主はいまのところ彼らの声を完全に無視している。いくら不漁だ、危険だと領民が訴えても、
領主からはなんの返答もないらしい。

先に来ている筈の記者が泊まってる筈の安宿の、木の扉を叩いた。
「レジー、俺です!」
おう、ダニー坊やか、というような不明瞭な声が聞こえて、なかから中年の男がひとり出てきた。

レジー怠け者なんて呼ばれているのは、この男の風貌、とくに無精髭に皺だらけのコート、室内でも指摘されるまで脱がない帽子のせいだけれど、実際はおそらくうちにはもったいない程の敏腕記者だ。
「集めましたね……」
部屋はそこらじゅうに貼りつけられた記事や、写真や、メモでいっぱいになっていた。風が吹き込むと飛びそうなので、ドアをあわてて閉める。
「おう、踏むなよ?どっか座っとけ」

踏むなと言われても、立つ場所もない。とりあえずその場にしゃがみこんだ。
「そうだ、ダニー、お前にこれやるよ。ものすげえ大物吊り上げたって話だろ?」
そう言って何かを投げてよこした。
「これなんですか?」
こまかな細工の施されたレザーのベルトには鞄のようなものがついていて、蓋を開けると、なかから銃が一丁でてきた。
「あぶね!先に言っといて下さいよ」
蓋を戻し、上着をぬいで肩からさげておく。
「王子様のもんに手えだしたんだ。いるかもしれねえだろ?」
手は出してない。断じて。と言いたいところだけれどレジーはどこ吹く風で資料をひろげている。
「…………ありがとう、ございます」
毒薬に銃。迂闊にジャケットを脱げないかっこうになってきた、と頬をかいた。とくにロイスに見つかったら投獄されかねない。

「玉は手前てめえで買えよ、一応婚約祝いに銀の玉4つ入ってるがな」
銀?と聞き返すと、怪物に出くわしたらいるかもしれないだろ?との返答が返ってきた。こんなちっさい銃で、なにができるっていうんだよ……。

「けど、俺がよばれたってことは、もうじき記事は出来上がるってことだろ?」
俺が助手としていままでしてきたのは、精々挿し絵を描いたり、書きあがった原稿を王都へ届けることくらいだった。
「まあ、正体はな。だが、画がほしいんだよ、海の上から怪物を見て、ソイツがどんなか正確にわかるやつをな」
ぎょっとした。まさか……

「お前、船に乗って怪物を見てこい。俺は怪物の被害と、なんでお上がなんもしねえのか、その理由について、ウラをとってくる」

断れるわけもない。俺はおとなしくハイ、と答えて、レジーの部屋をあとにした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
比較的温暖な地域にあるとはいえ、秋になると海は極端に荒れる時がある。

「ホントにこんな海で絵なんかかいて、都会人てのは暇なんだか、なんだか……」
船主の漁師が、必死に舵をとりながらぼやく。
「船酔いしない質でよかったというか、なんというか」
揺れているというより跳ねているに近いに浮かぶ小舟のうえで、海面へ目を光らせた。
「今日はでねえかもしれねえよ、3日ほどすりゃ晴れる日もあるから、それからに……」
「悪いが、少し静かに」

ひゅうう、吹き抜ける風の音にまじって、何かの鳴き声が聞こえた。鳥のような、いや、もっと高くて長い。

「ああ、悪魔の笛だ……」
漁師が呟く。俺はさらに、海面に目を凝らした。
ざわ、と皮膚が波立つような気がする。船の下に、なにかいるのだ。大きくて黒い、背鰭がみえる。

ひとつ、ふたつ、三つ……
「一頭じゃない、群れか」
俺の呟きに、漁師が悲鳴をあげた。途端、船は轟音をあげて、まるでボールかなにかのように、空に向かって突き上げられた。

俺が最後にみたのは、おそらくは尾鰭。大人の男が二人両手を広げても、まだ届かないほど大きくて、まっ黒い尾鰭だった。


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