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バセッティ家、令息の苦悩
悪虐の王
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フィオラが屋敷に帰りつき、ひとここちついて夜の身支度をメイドがはじめた頃になってリアムがフィオラの部屋を訪れた。
「着替えの前でよかったわ、リアム、お茶でも飲んで落ち着いてはどう?」
ひどく疲れた様子のリアムにお茶を淹れてやると、フィオラは向かいのソファに座った。
「テイルズ男爵令嬢は、あなたを知っているようです…ねえさん」
ため息とともに出た名前に、フィオラはちょっと首をかしげてから、
「厳密には違うわリアム。知っていたのよ、フィロニアをね?彼女はミアの生まれ変わりか、子孫かなにかだと思う。確かなことはいえないけどあんまりにも似てるんですもの」
ねえさん、とリアムが不安げに声をあげると、フィオラは
「大丈夫よリアム。私はフィロニアとは違うわ、二度とミアに人生を乗っ取らせたりするものですか!返り討ちにしてやるわよ」
と笑って見せる。
リアムはテーブルの上の、フィオラが用意したハーブティに、自分の顔を映した。
「そうだね、けど、無茶をしないで。僕もできるだけ助けるから」
そう言って顔をあげたリアムに、フィオラは眉をよせた。
「リアム、あなた顔色がひどいわよ?つかれてるのかしら?はやく眠った方がいいわよ?」
そう言うと、リアムの額に掌をあて、心配そうに覗き込んだ。そこから優しく魔力をながしてやると、ふう、とリアムは息をつく。
「魔力を使うことがあったの?」
そもそもこの国の人間のほとんどは、魔力を僅かにしかもたない。フィオラとは違うのだ。
「気を張っていたから、知らずに使ったのかも。あれはミアの生まれ変わりだよ…古い魔術で、バセッティ家を呪ってるんだ。本人に確認したから間違いない」
ため息をつき、ソファへ横になった。
フィオラは眉をしかめ、
「貴方こそ危なかったんじゃないの。私はテイルズ様が何者でもかまわないの、リアム、もう側へはいかないで頂戴ね?」
リアムの瞳はぼんやりとどこかをさ迷っている。かなり疲れているようで、隣室の従者を呼ぶべきかと腰をあげた。
「ねえさん、ぼく、はなしておきたいことが…」
そう言いながらも舌が回っていない。
「いいえ、明日にしましょう?ね、リアム」
フィオラは隣室の扉に手をかけて笑った。
リアムは夢をみていた。まだ、リアムになる前の自分を。若く愚かだった男を。
「フィロニア」
戦に明け暮れていたあいだも彼女はその強大な魔力と、優しい心配りでもって、王と王の領地を護っていた。だからこそ王は英雄でいられたのに。
フィロニアの人気は国中に知れ渡り、大臣たちも貴族もみなフィロニアを賢女、聖女とたたえた。真の英雄は自分であると傲っていた王は腹をたて、フィロニアを疎ましく感じるようになった。
その頃だ、あの男が現れたのは。フィロニアにも負けぬほどの魔術を使い、しかしそれは全て自分の手柄ではない、と男は言った。全知全能の本『カンタレラ』にすべて載っているというのだ。それさえ読み解けば、王もまた、フィロニアと同じだけの能力を得て、そうなればフィロニア王妃は無用になると。
王はもろ手をあげて男を歓迎した。『カンタレラ』をおさめる図書館を男に与え、男はそこで司祭として王に仕えた。
男は囁いた。
「フィロニアの育てた男子は、やがて王を殺す。今のままでは国民はそれを喜んで迎えるだろう。フィロニアの子を殺し、新たな王妃を迎えなさい」
子を殺されたフィロニアは、男の進言どおり国政から退き、あまりの哀しみに、ひきこもるようになった。そうなれば、国民の心もフィロニアからはなれていく。
その綻びに、蛇のように現れたのがあのミアだった。異国の高級娼婦だった女を連れ帰り、適当な爵位を与えて王宮に住まわせてもフィロニアはなにも言わず、女の生んだ子供を育ててくれさえした。
寵姫ミアは王の心をよく掴んでいた。まるで自分は王妃であるように振る舞い、王もそれを望んだ。
やがて司祭はまた王に言った。
『フィロニアは仲間を集め、王の寵姫であるミア殿下を殺すでしょう』
王はそれを聞くと、フィロニアを即刻処刑することにした。罪など、なんでもよかったのだ。とにかくフィロニアさえいなければ、全て上手くいくとおもっていた。
だが、平和だとおもっていた自分の治世もそれ程長くはなかった。血を分けた王の息子ふたりが、まさか王とミアを暗愚の王としてクーデターを起こすとは思っても見なかった。
離宮に逃げ込み、隠れている年老いた自分達に、息子達の声が聞こえた。
「国民を苦しめ、国母を貶め、贅沢の限りを尽くした邪智悪虐の王と側妻を『カンタレラ』のお告げによって処刑する!」
騎士達の鎧の音が響き、轟音のごとき雄叫びが聞こえた。
やがて王は息子の手によって磔にされる。それは若かりし王に司祭が告げた予言どおりに。
「フィロニア」
避けられぬ運命だっただろうか?もしも、あのときフィロニアを守りきれていたなら、また違った運命になっていたのではないか?
もう一度だけ、フィロニアに、会いたい。
温かい食事や、気遣う仕草。時には肩を並べて戦ったフィロニアに。
彼女が自分を赦さずとも。
それが王の、最期の願いだった。
「着替えの前でよかったわ、リアム、お茶でも飲んで落ち着いてはどう?」
ひどく疲れた様子のリアムにお茶を淹れてやると、フィオラは向かいのソファに座った。
「テイルズ男爵令嬢は、あなたを知っているようです…ねえさん」
ため息とともに出た名前に、フィオラはちょっと首をかしげてから、
「厳密には違うわリアム。知っていたのよ、フィロニアをね?彼女はミアの生まれ変わりか、子孫かなにかだと思う。確かなことはいえないけどあんまりにも似てるんですもの」
ねえさん、とリアムが不安げに声をあげると、フィオラは
「大丈夫よリアム。私はフィロニアとは違うわ、二度とミアに人生を乗っ取らせたりするものですか!返り討ちにしてやるわよ」
と笑って見せる。
リアムはテーブルの上の、フィオラが用意したハーブティに、自分の顔を映した。
「そうだね、けど、無茶をしないで。僕もできるだけ助けるから」
そう言って顔をあげたリアムに、フィオラは眉をよせた。
「リアム、あなた顔色がひどいわよ?つかれてるのかしら?はやく眠った方がいいわよ?」
そう言うと、リアムの額に掌をあて、心配そうに覗き込んだ。そこから優しく魔力をながしてやると、ふう、とリアムは息をつく。
「魔力を使うことがあったの?」
そもそもこの国の人間のほとんどは、魔力を僅かにしかもたない。フィオラとは違うのだ。
「気を張っていたから、知らずに使ったのかも。あれはミアの生まれ変わりだよ…古い魔術で、バセッティ家を呪ってるんだ。本人に確認したから間違いない」
ため息をつき、ソファへ横になった。
フィオラは眉をしかめ、
「貴方こそ危なかったんじゃないの。私はテイルズ様が何者でもかまわないの、リアム、もう側へはいかないで頂戴ね?」
リアムの瞳はぼんやりとどこかをさ迷っている。かなり疲れているようで、隣室の従者を呼ぶべきかと腰をあげた。
「ねえさん、ぼく、はなしておきたいことが…」
そう言いながらも舌が回っていない。
「いいえ、明日にしましょう?ね、リアム」
フィオラは隣室の扉に手をかけて笑った。
リアムは夢をみていた。まだ、リアムになる前の自分を。若く愚かだった男を。
「フィロニア」
戦に明け暮れていたあいだも彼女はその強大な魔力と、優しい心配りでもって、王と王の領地を護っていた。だからこそ王は英雄でいられたのに。
フィロニアの人気は国中に知れ渡り、大臣たちも貴族もみなフィロニアを賢女、聖女とたたえた。真の英雄は自分であると傲っていた王は腹をたて、フィロニアを疎ましく感じるようになった。
その頃だ、あの男が現れたのは。フィロニアにも負けぬほどの魔術を使い、しかしそれは全て自分の手柄ではない、と男は言った。全知全能の本『カンタレラ』にすべて載っているというのだ。それさえ読み解けば、王もまた、フィロニアと同じだけの能力を得て、そうなればフィロニア王妃は無用になると。
王はもろ手をあげて男を歓迎した。『カンタレラ』をおさめる図書館を男に与え、男はそこで司祭として王に仕えた。
男は囁いた。
「フィロニアの育てた男子は、やがて王を殺す。今のままでは国民はそれを喜んで迎えるだろう。フィロニアの子を殺し、新たな王妃を迎えなさい」
子を殺されたフィロニアは、男の進言どおり国政から退き、あまりの哀しみに、ひきこもるようになった。そうなれば、国民の心もフィロニアからはなれていく。
その綻びに、蛇のように現れたのがあのミアだった。異国の高級娼婦だった女を連れ帰り、適当な爵位を与えて王宮に住まわせてもフィロニアはなにも言わず、女の生んだ子供を育ててくれさえした。
寵姫ミアは王の心をよく掴んでいた。まるで自分は王妃であるように振る舞い、王もそれを望んだ。
やがて司祭はまた王に言った。
『フィロニアは仲間を集め、王の寵姫であるミア殿下を殺すでしょう』
王はそれを聞くと、フィロニアを即刻処刑することにした。罪など、なんでもよかったのだ。とにかくフィロニアさえいなければ、全て上手くいくとおもっていた。
だが、平和だとおもっていた自分の治世もそれ程長くはなかった。血を分けた王の息子ふたりが、まさか王とミアを暗愚の王としてクーデターを起こすとは思っても見なかった。
離宮に逃げ込み、隠れている年老いた自分達に、息子達の声が聞こえた。
「国民を苦しめ、国母を貶め、贅沢の限りを尽くした邪智悪虐の王と側妻を『カンタレラ』のお告げによって処刑する!」
騎士達の鎧の音が響き、轟音のごとき雄叫びが聞こえた。
やがて王は息子の手によって磔にされる。それは若かりし王に司祭が告げた予言どおりに。
「フィロニア」
避けられぬ運命だっただろうか?もしも、あのときフィロニアを守りきれていたなら、また違った運命になっていたのではないか?
もう一度だけ、フィロニアに、会いたい。
温かい食事や、気遣う仕草。時には肩を並べて戦ったフィロニアに。
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