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バセッティ家、令息の苦悩

アカシアの木の下で

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夏の夜、アテナシエア帝国の首都『雲の家』では毎夜のようにどこかの邸宅で夜会が開かれる。
貴族名鑑の上位にはいる家柄の令嬢令息を呼ぶことができれば、会に箔がつくため、皆はこぞって彼らへ招待状をだした。

「みてよリアム、あなたの机の、凄い量の招待状!」
そう言ってひとつをもちあげ、フィオラが笑った。
「まあ!リトリーネア子爵さまからね?子爵令嬢はとても歌がお上手だそうよ。」
そう言って意地悪げに唇をひきあげる。
「姉さん、勝手に入ってこないでくださいよ」
冷たくいわれても、フィオラはまたもう一枚もちあげる。
「此方は…なつかしいわ。ロゼリア公爵家よ、あの二人は元気かしら……」
それを見て、リアムは額に手をやった。


「元気ですよ、学校では二人とも生徒会に入っています。学業でも常に上位、学外対抗の剣術やテニスも素晴らしい成績を出していましたよ」
リアム本人も成績では負けていないが、武術である剣術や、政治的な活動に繋がるような生徒会などは、バセッティ司祭から禁じられていた。
「ふうん、学校、学校かあ…」
フィオラがすこしだけ寂しげに見えるのは、今もこの屋敷で淑女教育をうけ、外出もバセッティ司祭の許可なくてはままならない身の上を考えたからだろうか?それとも、全寮制の学校へ通うためにリアムが家を出てしまったからだろうか。

フィオラは机を離れて、リアムの部屋をでていこうとする。
「姉さん、久しぶりに少し外を歩かない?」
そう言って、リアムは近くにあった上着を手に取った。




日暮れ前の庭は夏の草いきれとばらの香りに包まれていた。
「お義父とうさまが頭をかかえてたけど、姉さんはなにかしらない?」
リアムに指示された使用人が庭のアカシアの側へとテーブルを出すあいだ、二人は軒先へ並んだ。
「知らないわ、わたくしはきちんと、社交界のマナーにのっとっているだけよ。お父様が何を画策していたかなんて存じません」
ピシャッといい放ち、口元を扇でかくした。
「それより、そこは暑くない?もうすこしこっちにいらっしゃいよ、ね?」
そう言って笑いかけるフィオラに、リアムは肩をすくめた。

幼い頃なら二人ぴったりと寄り添うようにしていたものだが、リアムはこのところ何歩もフィオラと距離をあけて立つようになっていた。姉弟とはいえ、養子のリアムはフィオラにあらぬ噂がたたぬよう、細心の注意を払っているのだ。それなのに
「ねえさま、ウィンデル男爵家の次男と噂になってるのは、本当?」
少しばかり責める口調なのは、赦してほしいとリアムはおもう。
フィオラは目を細めて、セッティングが終わって立ち去る使用人たちを見送り、
「座りましょうよ」
とだけこたえてテーブルのほうへあるいてゆく。

「僕が立っていられないような大冒険をしたわけじゃないよね?」
スカートの裾を踏まぬようにあとからついてくるリアムを振り返り、フィオラが肩をすくめた。
「男爵令息はこれをしょっちゅう踏むのよ?そんな男を私が好むと思えて?」
そもそも、こんな長い裾のあるドレスを日中に着ている女性はこの時世さほど多くない。大概は今流行りの足首がギリギリ隠れる丈のスカートをはいている。最近ではもっと短いスカートの時もあるほどだ。
それにもかかわらず、フィオラがかたくなに脚を完全に隠すようなスカートを着ているのは、固い貞操観の証のようでもあった。

「では、なぜ?と伺ってもいいですか?」
リアムに尋ねられて、フィオラは宙へと視線をさ迷わせた。
「ええと、書籍について男爵令息とお話が合ったのよ、それでおともだちになったの」
しどろもどろに言い訳するところをみると、どうやら真実ではなさそうで、リアムはため息をついた。
「姉さん、『本の導きで友達になりました』とは、自分たちは運命の恋人です、という意味ですよ?」
フィオナは青くなって目を見開いた。
「えっ?そんな」
「ウィンデルに、そう言うよう助言でもされましたか?」
リアムのグリーンの瞳が、冷たい炎を宿したようにフィオラには見えた。
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