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バセッティの幼い姉弟

司祭令嬢の記憶②

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フィオラがリアムに語って聞かせたのは、古代アテナシエアの皇帝リュゼと、その妻の物語だ。

リュゼの物語は、このアテナシエアに住むものなら誰もが知っている。

いまは伝説の生き物となったドラゴンに乗り、遠くエンパイア火山にすんでいた悪逆の魔王から、のちに寵姫となる愛妾ミアを救い出す話はいまも語り継がれる、胸のすくような英雄伝説である。

しかし、皇帝リュゼのことは皆知っていても、その正妃となると、どこにも詳しい記述はない。

ただ、それまで衰亡しかかっていたアテナシエアを、皇帝リュゼの勇猛果敢な武勇と、妻の智略をもって再び大国へと導いたという記述があるのみだ。

「彼女のなまえはフィロニアよ。フィロニアはリュゼの幼い時からの婚約者だったの。父親は大臣で、リュゼとフィロニアは結婚するよう、リュゼの父親…つまり前皇帝に命じられていたのよ」

フィオラは、文字を追いながら弟に説明していく。
「フィロニアは幼いころ、日々12時間の妃教育と、3時間の歌舞音曲の練習時間、後の時間はすべてリュゼのために使うよう、定められていたと記載があるわ」
リアムは眉をしかめた。
「大袈裟だよ、それでは食事と休息はいつあるの」
ふふん、とフィオラはわらった。

そして体を斜めにし、指をたてて、誰かの真似をしはじめた。
「良いですか、善き王妃はだらしなく休んだり、意地汚くものを食べたりはいたしません!」
そう言って手を差し出す。なにも乗ってはいないが、と、リアムはくびをかしげた。

「1日に煎った麦一握りと、葡萄酒を二杯。それがフィロニアの生涯の食事よ?夫と共にいないときは、座って食事をとることも赦されなかったの。ここにもそう書かれてる」
ふう、とフィオラはこめかみを揉んだ。
「まるで奴隷だね」
リアムはタン、と机のうえにかわいい両手をおいた。

「奴隷、そうね。実際そうだったんじゃないかしら?父親の大臣はフィロニア妃が嫁いですぐ皇帝に殺されてるし、フィロニアの息子も、生まれてすぐ謀反の罪で処刑されてるわ…」

ぼそぼそと呟き、読み進むフィオラに対し、僕はよくわからない、といいながらリアムはそのフィオラを見ている。とても四歳とは思えぬ、まるで探るような眼差しで。

「フィロニアはそのあと、愛妾ミアの生んだ男子三人を10年も育てたの…でも、ミアはそんなフィロニアが気に入らなかった」
ページをさして話すフィオラに、リアムは
「息子をひどく苛めたんじゃない?それでミア姫は耐えられなくなって、皇帝に…」
そう言ったとたん、姉は苛烈なまでの表情でリアムを睨んだ。憎しみ、とも、怒りともとれる表情だ。

「そうね、ミアあのひとはそう言ったわ。だから、は死の杯を飲まされたのよ…国母となるミア姫より先に、皇帝に嫁いでいた罪で、不敬罪に問われて」
ふう、とリアムはため息をついた。
「つまり姉さまは、かの悪妃フィロニアがご自分だとお思いなのですね?……どうするのです?アテナシエアに復讐するおつもりですか?」

その言い方には、いくらかの悪意が混ざっていた。まるで、フィロニアは…フィオラは悪だと決めてかかっているように。

しかし、フィオラはぱん!と手をうちあわせて、
「まさか!もうあんな苦しい思いはごめんだわ!わたし、もう二度と絶対に皇帝の妻になんかなりません!ねえリアム、手伝ってくれるわよね?」
そう言うと、軽々とリアムを抱えあげた。くるりと一回転し、リアムをちかくにあったソファへころがした。

「ねえさま!」
クッションにうまったちいさな体を見下ろして、フィオラは人差し指をたてた。
「わたし、思い出したの!前に死ぬときとっても後悔したのよ、バカな夫に嫁ぐためにひもじい苦しい思いをして、支えて支えて、それで殺されるなんて、もう絶っっっ対、するもんか!って」

リアムはまるい目をさらに見開き、呆気にとられてその姉を見上げている。
「だから、つぎは絶対、馬鹿馬鹿しい王妃教育なんて受けないわ!気に入らない女がわたしの婚約者や夫にちかづいたら、いびり倒しておいだしてやるのよ!悪役でもなんでも、私はわたしの生きたいように生きるんだから!」

ふん、と両手を組んでフィオラはリアムを見下ろした。リアムはおもわず、ぱちぱちと両手をたたいた。

それから、ふわふわのクッションをひとつどけて姉の座る場所をあけた。
「で、姉さま、どうやって?お父様は姉さまがやりたくないと言っても、認めてはくれないでしょう?」
フィオラはリアムのとなりに座り、クッションをひとつ抱えてリアムの方をみた。

「そうよ、だから貴方にこの話をしたんでしょう?あなたは賢いわ、リアム。私と同じか、それより賢い。だから、私に手を貸してほしいの…そうすれば貴方が、何の問題もなくこの家も名前も貴方のものにできるよう、私もできるだけのことをすると約束してあげる」
それは、甘言であった。リアムは四歳だったが、自分の立場を弁えている。ここでこの姉の助力が得られれば、この先庇護者である養父が何らかの理由で力を失ったとしても、安心できるからだ。

「わかったよ、お手伝いするよ」
表向きは天使の微笑みで、リアムはうなづいた。
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