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第5話 歩み寄る夏海
しおりを挟む20秒位の時間だったと思う。
人生で1番長い20秒だった。
僕がホームから飛び降りて、線路の上で仰向けに横たわる夏海さんに向かって走り、抱きかかえていたのは。
「まもなく電車がまいります」
そのアナウンスが僕に焦りと恐怖を与えたが、それ以上に夢中になって走っている不思議な自分がいた。
周囲は当然ながら騒然となっている。
この注目の的のひとつが自分だなんて、心のどこかで少しだけ映画のスターになったような気分になった。
彼女を両手で抱きかかえた時、ハッと我に返っていた夏海さんは目を丸くしながら僕を見ていた。
「ひいらぎ……さん……」
とにかく、電車が駅に入ってくる前に彼女をホームに上げて僕も避難しなければ。
ただそれだけだった。
「はぁ……はぁ……!」
お腹がある程度満たされて後に急に激しい動きをしたためか、僕の息の切れ方は常軌を逸していた。
息も絶え絶えな僕を、彼女は再び涙目で見ていた。
「なんで……」
彼女が口を開き始めた。
「なんで柊さんが私を……?」
「はぁ……はぁ……」
僕は呼吸を整えた後、彼女に向かって再び口を開き始めた。
「あんな杉原さん……ほっとけるわけないじゃないですか……。なんであんな危ないことしたんですか……!あのままじゃ電車が来て……とんでもないことになっていたかもしれないんですよ!?」
僕は少し語気を荒めた。
周りのギャラリーがガヤガヤしながら注目される中でも、僕はためらいがなかった。
すると彼女は、その大きな瞳から大粒の涙を嗚咽とともにこぼし始めた。
「私なんて……私みたいな女なんていなくなったほうがいいの……」
「えっ……?なんでそんなこと言うんですか」
「……」
彼女は嗚咽とともに両手で顔を隠しては、そこから何も言わなかった。
「大丈夫ですか!」
気がつくと数人の駅員さんが僕たちに駆け寄っていた。
その後、駅員室に通された僕たちは、当然のことながらこっぴどく注意を受けた。
駅員室から出た僕らは、無言のままただホームの上を歩いていた。
「……」
「……」
何を話して良いか分からない沈黙が、さっきまでの楽しい食事を一蹴させるほど、僕と彼女の間に深くのしかかっていた。
「あのう……」
意外にも彼女の方から話しかけてきた。
「またご迷惑をかけてしまいまして、本当にごめんなさい……」
「杉原さん……。もういいですよ」
「でも、私はまたあなたに……」
「あなたが無事でいてくれたなら、それでいいんです」
歯が浮くようなセリフが出ていたのは僕も十分理解していた。
だが、僕は彼女のことが本気で心配で心配で仕方なかった。
彼女があのまま電車の下敷きになっていたとしたら、きっと僕は恐ろしいほどの後悔の念にかられ今後の一生を生きていったに違いないからだ。
「あなたに何があるかは……気にならないと言ったら嘘になるけど、深く追求はしません。ただ……」
「ただ……?」
僕はここで心の中で深呼吸をする。
「何かつらいことや悲しいことがあるなら、ひとりで抱え込まないでください」
「うそ」
「えっ?」
「うそでしょ、そんな。何でこんなに優しい言葉をかけるんですか?たった2度しか会ったことない私に」
「そんな、僕は」
「どうせこんなときに優しい言葉を使えば、セックスくらいできるとか思ってるんでしょう!?」
僕は心の中でどきっとした。
彼女に下心がないかと言うとそれは全くの嘘だったから。
しかし、ここで僕は心の中にある感情の一部が爆発する感覚を覚えた。
そして、改めて口を開いていた。
「僕は……夏海さんのことが、最初に会ったときから気になって気になって仕方ないんだ!さっきの食事の時だって、時間が過ぎるのが早くて楽しすぎてもっといたいと思った!そしたらあなたが悲しそうな顔で線路に横たわる姿が見えた!そんな人をほっとけるわけないじゃないですか!!」
僕が大声で夏海さんに心の限りをぶつけた。
泣き顔の彼女は少し震えながら僕のことをただまっすぐに見ていた。
「す、すみません。大きな声を上げてしまって……」
ふと我に帰った僕はすぐに彼女に謝った。
すると、あまりにも意外すぎることが起こる。
「えっ」
「ひっ……えっ……」
「夏海さん……」
僕の目の前には彼女のサラサラの黒髪があり、優しい甘い匂いを醸し出していた。
それがハッキリわかるほど、今の僕と彼女の距離は突然縮まっていた。
胸には彼女の泣き顔がピッタリとくっついて、このジャケットは彼女の両手でクシャっと掴まれていた。
泣いていた。
夏海さんは、僕の胸の中で子供のように泣いていた。
激しい心拍とともに湧き上がる彼女を欲する衝動を必死におさえながら、僕はゆっくりと彼女の肩に触れた。
そして、こう言った。
「もう、こんなことはしないでください……」
彼女は「はい」と答えることも首を縦に振ることもしなかった。
だけど、きっと僕の気持ちは伝わったんじゃないだろうか。
そう思いたかった。
それよりも、夏海さんが僕の胸の中で泣いてくれている。
こんな綺麗な人が溢れ出す感情を僕にぶつけている。
不謹慎ながら、それが今日の1日の中でとても嬉しかったんだ。
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