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家につき馬車を降りた。
メイドが僕の元に駆け寄ってきて、頭を下げる。

「お帰りなさいませバルシュ様。お父様とお母様がいらしていますよ」

「なに?」

嫌な予感が背中を走る。
浮気がバレたことに加えて、両親の来訪。
何も起こらなければいいが。

「三階の客間にて待っております」

「分かった」

僕は頷くと、屋敷に足を進めた。


三階の客間は、親族のための部屋だ。
一階の客間と違い簡素な作りとなっているが、それが逆に親しみを感じさせる。
僕もその部屋が大好きで、たまにそこで仕事をすることもあった。

客間に到着するとノックをすることもなく扉を開ける。
ソファに両親が隣り合って座っていた。

「急にどうしたんです……か?」

と、机の上に置かれているものに僕は唖然となった。
正方形の白い紙の上に、薬のような粉が乗っていた。
それを見た瞬間、僕の全身から血の気が引いた。

「これは何だバルシュ」

父の低い声が空気を揺らす。
客間の空気がそれにつられて、どんどん泥のように重たくなる。
口を開くもろくな言い訳を思いつかず、「あ、あ」と言葉にならない声をあげた。

「バルシュ。これは違法薬物よね。少し前に新聞に載っていたから知っているの」

母の声も鉛のように重たい。
二人の視線は机上の違法薬物へと注がれている。
僕はごくりと唾を呑み込むと、苦笑する。

「ど、どうしたのですかそれ。使用人の誰かが持っていましたか? ダメですね、即刻クビにして……」

「とぼけるな!!!」

父が怒りの咆哮と共に、机をドンと叩いた。
そのままソファから立ち上がると、僕の前に歩を進める。
ガタイが良くて背の高い父に上から睨みつけられ、心臓がきゅっと縮まる。

「お前が使っていたのだろう……お前の部屋から出てきたぞ」

「ち、違います……そんなこと決してありません」

「嘘をつくな!」

父の屈強な手が頬に迫る。
ぶたれると思った時には、既にぶたれていて、頬に鋭い痛みが走った。

「いつっ……」

じんじんと痛む頬を抑えながら、僕は口を開く。

「何かの勘違いです。どうか僕を信じてください」

本当は勘違いなどではなかった。
父の言う通り、僕は違法薬物を使用していた。
最初はほんの少しだけのつもりだった、しかし気づいたら抜け出せなくなっていて、それなしでは生きられなくなった。

部屋の隠し扉の中に入れていたのに、どうして両親が見つけることができたのか。
それだけは疑問だが、見つかってしまった以上、そんなことはどうでもいい。
考えるべきは、これをどう乗り切るか……。

「お前は勘当だ」

「……はい?」

父の一言に、僕の思考は中断を余儀なくされた。
言葉の意味を理解した時、ぶわっと顔面から汗をかく。
母がソファから立ち上がり、父の隣に立った。
そしてゴミを見るような目で僕を見降ろす。

「あなたのような子は、私の子供じゃないわ。もう近づかないでちょうだい」

「そんな……」

「せめてもの同情として銀貨三枚をやる。それを持ってさっさとこの街を出ていけ」

父はポケットから銀貨三枚を取り出すと、僕のポケットに押し込んだ。
二人の目がとてもおそろしく思えて、僕は客間から逃げ出した。

……屋敷を飛び出し、僕は大通りを歩く。

人混みに紛れながら、誰の目にも触れないように、淡々と歩を進める。
行く当てなどどこにもなかった。

「くそっ……」

どうしてこうなってしまったのだろうか。
今までは全てが上手くいっていたというのに。

僕の悪事は全てバレてしまい、幸せを失った。
この先には絶望しか待っていない気がして、途端に足が重たくなった。
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