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六
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父の書斎をノックすると、少しして「入れ」と低い声が聞こえてきた。
私はごくりと唾を呑み込むと、扉を堂々と開ける。
「お父様。お話があります」
父……国王は椅子に座り本を読んでいた。
眼鏡をはずし本を閉じると、私に顔を向ける。
「どうかしたのか?」
「彼と結婚したいのです」
「は?」
困惑する父を見ながら、私は一歩書斎に足を踏み入れる。
その隣には執事であり、私の初恋の相手でもあるライトが立っていた。
「彼……もしかしてライトのことか?」
父は眉間にしわを寄せる。
「はい。その通りです。幼少期溺れた私を助けてくれたのが、彼だと気づいたのです。お父様も知っていたのですよね?」
「……ライトから聞いたのか?」
私はこくりと頷いた。
リックとの一件の後、帰りの馬車でライトは全てを話してくれた。
幼少期、助けた私に恋をしたライトは、少しでも私に近づくため王宮の執事を目指すことにしたらしい。
念願叶い執事になれたものの国王に思惑がバレてしまい、ライトは黙っていてくれるように頼み込んだ。
平民が王女に恋をしても無駄だということはライト自身分かっていたし、想いを伝えれば私が気持ち悪がって離れてしまうと思ったから。
国王は彼の気持ちを汲んで、全てを秘密にすることを了承したのだ。
「エリザベス。それならばお前も分かっているはずだ。ライトと結婚などできないことを」
「できます」
私は父をしっかりと見つめて、即答した。
父の顔が驚きに満ちて、目が大きく見開かれる。
「いいか、ライトは平民出身で……」
「そんなことは重々承知しております。しかし、幸運にも私たちは相思相愛なのです。これ以上の良縁はないと思います」
「お前の言いたいことは分かる。だが……」
「分かっていません!」
つい大きな声が出てしまい自分でもびっくりした。
しかし、反省の気持ちは浮かばずに、代わりに勇気と希望が胸を埋め尽くした。
私は父へと一歩近づくと、言葉を続けた。
「お父様。私はもう愛される王女はやめました。これからは自分の気持ちに素直に生きていくと誓いました。これが私なのです。王女エリザベスの生き方なのです」
「……」
父が考えこむように目を細めた。
沈黙の時間が流れ、それを打ち破るかのようにライトが口を開く。
「国王様。僕はずっと自分の正体をエリザベス様に秘密にしてきました。離れてしまうのが怖かったからです。しかし、全てを告げてもエリザベス様はこうして傍にいてくれました。僕と結婚したいと言ってくれました。僕は命にかけても彼女の願いを叶えたい。どうか結婚を許してください」
ライトの言葉を受けても、父は黙りこくっていた。
再び私が口を開きかけたその時、父が深いため気をはく。
「……大変な道のりになるかもしれんぞ」
子供のわがままを許す親の声だった。
私はまるで昔に戻ったように、無邪気な笑みを浮かべる。
「大丈夫です。ライトと二人ならきっと」
隣に立つライトを見上げた。
彼もまた無邪気な笑みを浮べていた。
「分かった。結婚を許可する。ただし……」
父はそこで言葉を止めると、気の抜けたように笑う。
「絶対に幸せになれ」
今までの無機質な人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
この幸せへと続く、意味のある人生が。
私はごくりと唾を呑み込むと、扉を堂々と開ける。
「お父様。お話があります」
父……国王は椅子に座り本を読んでいた。
眼鏡をはずし本を閉じると、私に顔を向ける。
「どうかしたのか?」
「彼と結婚したいのです」
「は?」
困惑する父を見ながら、私は一歩書斎に足を踏み入れる。
その隣には執事であり、私の初恋の相手でもあるライトが立っていた。
「彼……もしかしてライトのことか?」
父は眉間にしわを寄せる。
「はい。その通りです。幼少期溺れた私を助けてくれたのが、彼だと気づいたのです。お父様も知っていたのですよね?」
「……ライトから聞いたのか?」
私はこくりと頷いた。
リックとの一件の後、帰りの馬車でライトは全てを話してくれた。
幼少期、助けた私に恋をしたライトは、少しでも私に近づくため王宮の執事を目指すことにしたらしい。
念願叶い執事になれたものの国王に思惑がバレてしまい、ライトは黙っていてくれるように頼み込んだ。
平民が王女に恋をしても無駄だということはライト自身分かっていたし、想いを伝えれば私が気持ち悪がって離れてしまうと思ったから。
国王は彼の気持ちを汲んで、全てを秘密にすることを了承したのだ。
「エリザベス。それならばお前も分かっているはずだ。ライトと結婚などできないことを」
「できます」
私は父をしっかりと見つめて、即答した。
父の顔が驚きに満ちて、目が大きく見開かれる。
「いいか、ライトは平民出身で……」
「そんなことは重々承知しております。しかし、幸運にも私たちは相思相愛なのです。これ以上の良縁はないと思います」
「お前の言いたいことは分かる。だが……」
「分かっていません!」
つい大きな声が出てしまい自分でもびっくりした。
しかし、反省の気持ちは浮かばずに、代わりに勇気と希望が胸を埋め尽くした。
私は父へと一歩近づくと、言葉を続けた。
「お父様。私はもう愛される王女はやめました。これからは自分の気持ちに素直に生きていくと誓いました。これが私なのです。王女エリザベスの生き方なのです」
「……」
父が考えこむように目を細めた。
沈黙の時間が流れ、それを打ち破るかのようにライトが口を開く。
「国王様。僕はずっと自分の正体をエリザベス様に秘密にしてきました。離れてしまうのが怖かったからです。しかし、全てを告げてもエリザベス様はこうして傍にいてくれました。僕と結婚したいと言ってくれました。僕は命にかけても彼女の願いを叶えたい。どうか結婚を許してください」
ライトの言葉を受けても、父は黙りこくっていた。
再び私が口を開きかけたその時、父が深いため気をはく。
「……大変な道のりになるかもしれんぞ」
子供のわがままを許す親の声だった。
私はまるで昔に戻ったように、無邪気な笑みを浮かべる。
「大丈夫です。ライトと二人ならきっと」
隣に立つライトを見上げた。
彼もまた無邪気な笑みを浮べていた。
「分かった。結婚を許可する。ただし……」
父はそこで言葉を止めると、気の抜けたように笑う。
「絶対に幸せになれ」
今までの無機質な人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
この幸せへと続く、意味のある人生が。
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