あなたの妻はもう辞めます

hana

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公爵令息のアーサーは、温厚な人だった。
無感情な私にも腹を立てることなく、顔合わせを遂行し、大いに場を盛り上げていた。

「レイ。君と夫婦になれる日が楽しみだよ」

太陽のような優しい笑顔で私にそう告げたアーサーが、どこか輝いて見えた。

縁談は順調に進み、私たちは結婚式を挙げた。
街一番の結婚式場で行われた結婚式には、親戚や友人を含め、多くの人が参列した。
もちろんそのほとんどはアーサーに関係のある人たちだったが、私は特段気になることもなかった。

結婚式を終えて、私は住み慣れた実家を離れた。
これからはアーサーの家で彼の妻として生きることになる。
馬車から家を見ると、父が涙を流し手を振っていた。
それを見ていたら心がズキリと痛んだが、その理由は分からなかった。

アーサーとの夫婦生活は何事もなく、平穏に過ぎていった。
淡々とした日々だが、私にはそれがどこか安心できた。
大きな幸せもなければ、大きな不幸もない。
それがきっと私にとっての幸せなのだろう。

しかし一か月後。
侍女のサラが、アーサーのいない夕食の席で私に言った。

「レイ様。最近、アーサー様とは上手くいっていますか?」

まるで何かを隠しているような、影を帯びた瞳だった。

「はい、問題はありません」

私がそう言うと、彼女は私から目をそっと逸らした。
平均的な栗色の髪がふわりと揺れた。
彼女はそのまま押し黙ってしまい、口を開く気配がない。

もしかしてまた間違えたのだろうか。
謝ろうと口を開くが、先に言葉を紡いだのはサラの方だった。

「レイ様! わ、私……見てしまったんです! アーサー様が他の女性と手を繋いでいる所を」

「はい?」

何かとてつもない恐怖を感じたように、背筋が寒くなった。
サラの言葉を脳裏で反芻して、私はそっと口を開く。

「それが何か問題なのでしょうか?」

サラが虚を突かれたように、きょとんとした顔つきになった。
しかし、次の瞬間にはそれを吹き飛ばすように、早口でまくし立てる。

「問題大ありです! 妻がある男性が他の女性と手を繋いでいたのですよ! しかも恋人繋ぎで! これは大問題ですよ!」

「しかし、やむを得ずという場合も想定できます。サラさんはどこでそれを目撃したのですか?」

「大通りの宝石店の前です」

彼女はため息交じりに答えた。

「買い物へ行っている途中で、アーサー様とその女性を見かけました。二人は恋人のように仲睦まじく、宝石店へと入っていきました」

「なるほど。しかしそれだけの情報では正確に事情を判断することはできません。アーサー様は社交的なので、悪気がなくそのような行動を取ることも……」

「レイ様!」

叱るようにサラが鋭い声を放つ。

「何かあってからでは遅いです。どうかこの件を胸に留めておいてください」

「かしこまりました」

私には、サラがそこまで必死になる理由が分からなかった。
冷静な私の態度が気に障ったのか、彼女は大きなため息をこぼすと、食事に戻った。
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