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卒業試験はさほど勉強していない私には難しくて、世界の真理を問われているようだった。
周囲から聞こえるカツカツとペンを進める音に気圧されつつも、私は国語の問題に意識を集中させる。

『作者が思う幸せとは何なのか。三百文字以内で説明しなさい』

やはり私にはこの問題を解く力がないのだろう。
いくら考えても、ペンが進むことは一向になかった。


……一か月後。
卒業試験をギリギリの点数で通過して、無事に卒業式を終えた私は帰宅をした。
玄関の扉をくぐると、顔なじみのメイドが立っていて、私に笑いかける。

「ハッピー様、ご卒業おめでとうございます。早速ではありますが、旦那様が至急書斎に来るようにと」

「お父様が?」

「はい。おそらく卒業記念の品を準備しておられると思いますよ」

「そうかしら」

男爵家の当主である父は、昔からユーモアのない人だった。
規律やルールを重んじて、めったに冗談を言わないような性格で、いつも眉間にしわが寄っていた。
そんな父が記念品を準備しているなんて信じがたいが、書斎に行かないわけにもいかない。

私はメイドの横を足早に通り過ぎると、書斎に向かった。
階段をあがりすぐに父の書斎はあった。
扉に猛々しいライオンの彫刻が施されている。

コンコン。
ノックして名前を告げると、すぐに父の「入れ」という低い声が聞こえてくる。
私はごくりと唾を呑み込むと、扉を開けた。

「待っていたぞハッピー。そこのソファに座れ」

父は机に向かい仕事をしていたが、私に顔を向けると、すぐに椅子を立った。
父の言う通りソファに腰を下ろすと、すぐに向かいに父が座った。

「話とは何でしょうか?」

私の言葉に、父が頷く。

「ああ。単刀直入に言う。お前に縁談の誘いがあった。公爵令息のクラウドだ」

「え……あのクラウド様ですか?」

その名前には聞き覚えがあった。
金色の髪をした端正な顔立ちの青年。
頭脳明晰で、周囲からの人望も厚い、神に作られたように完璧な人だと。

「し、しかしなぜ公爵家のクラウド様が、私に縁談を?」

「うむ」

父は気難しい顔をすると腕を組んだ。

「どうやらパーティーでお前を見た時に一目惚れをしたらしい。だが、私に記憶が正しければ、公爵家が参加するようなパーティーにお前を送りだした覚えはない」

「はい。私もそのように記憶しております」

男爵令嬢である私に、公爵家との縁などあるはずもない。
ひとくくりに貴族とされているが、爵位の違いから生まれる身分の差は歴然としているのだ。

「だが、向こうがそう言っているのだから、そうなのだろう」

貴族階級のルールに従うように、父はさらりとそう言った。
そして私を安心させるように、珍しく苦笑する。

「ハッピー。これはまたとないチャンスだ。男爵令嬢であるお前が公爵家と縁談を結ぶなど一生に一度しかない奇跡だ」

「はい」

父の言いたいことは痛いほどに分かった。
私は自分の胸に手を当てると、心の声に耳を澄ます。
すぐに覚悟が決まり、私は目に力を込めた。

「お父様。その縁談、快く受け入れます」


……二週間後。
クラウドが住んでいる屋敷で顔合わせが行われた。
互いの両親が忙しく、私とクラウドだけとなったが、私にはその方が気楽だった。

豪華絢爛な廊下を進み、応接間へと案内される。
執事が扉を開けると、中のソファに座った金色の髪の青年が立ちあがった。

「待っていたよ、ハッピー」

私が中に入ると、応接間の扉が閉められる。
その鈍い音がいつまでも脳裏を反響しながら、私は入念に練習をしてきたカーテシーを披露した。

「初めましてクラウド様。本日はお時間を作って頂き、誠にありがとうございます」

「ああ」

妙な違和感を覚えた。
まるでどうでもいいことのようにクラウドが返事をしたように思えた。
カーテシーを解いて、クラウドを見つめる。
彼は眉間にしわを寄せていた。

「ハッピー。念のために言っておくが、僕は君に一切の興味がない」

「……は?」

殴られたような衝撃が走った。

「僕が欲しかったのは婚約者だ。男爵令嬢の君ならば断わることはないだろうと思い、縁談を持ち掛けた。だから君への愛なんて一切ない。それだけは覚えていてくれ」
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