不倫されたので離婚します

hana

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翌朝、最悪の気分でベッドから起きた私は、窓から差し込む陽光を憎らしく見つめた。

「はぁ……」

思わず大きなため息がこぼれる。
結局ジークが寝室に帰ってくることはなく、私は一人で一夜を明かした。
胸の中には、海よりも深い悲しみと、マグマのように煮えたぎる怒りが灯っていた。

しばらく陽光を睨みつけじっとしていたが、やがて私は決意を固めた。
このままジークの不倫をなかったことになんて、できるはずがない。
追及して、離婚を叩きつけよう。

私は覚悟を決めると、寝室を飛び出した。

……ジークの書斎の前に立ち、恐る恐る扉をノックする。
中から「誰だ?」と不機嫌そうな声が聞こえてくる。

「エルです」

「ああ、エル。入ってくれ」

扉を開けると、綺麗に整頓された書斎の中へ足を踏み入れる。
そういえばよくメイドのアイラが掃除をしていたなと、今頃になって気づく。

「どうしたんだエル。こんなに早くに」

ジークは椅子に疲れたように座り、数枚の紙を見つめていた。
いかにも仕事をしているような様子だった。

「……昨晩は何をされていましたか?」

声が震えた。
しかし、それを取り繕うように苦笑する。
ジークは首を傾げると、口を開いた。

「昨晩? ここでずっと仕事をしてたけど……」

「本当ですか?」

「ああ」

平然と嘘をはくジークを見ていたら、嫌悪感が背中を走った。
私は苦笑を止めて、拳をぎゅっと握る。

「嘘はやめてください。私は見たんです。あなたがメイドのアイラと不倫をしているところを」

「……え?」

ジークの顔が瞬間、真っ青になった。
しかし、すぐに元の色を取り戻し、ふざけたように笑う。

「ははっ、僕が不倫? 何を言っているんだい」

そしておもむろに笑みを消すと、言葉を続ける。

「エル、僕は不倫なんてしていないよ。君の勘違いじゃないか?」

不倫を問い詰めた私に、夫のジークは冷たい目を向けていた。
どうやら彼は白を切るつもりらしい。

「勘違いではありません。私は確かに見たのです」

「だから。そんなわけはないと言っているだろう」

ジークは大きなため息をはくと、椅子から立ち上がる。
手に持った紙を乱雑に床に捨てると、私の前まで距離を詰めた。
鋭い目つきは、とても愛する妻に向けるものとは思えない。

「エル。お前はあまり僕のことを理解していないらしい」

恐怖が胸に広がり、足がガクガクと震えた。
それでも私は何とか口を開くと、言葉を絞り出す。

「私は見たのです! あなたが不倫をしているところを! ジーク様! 私と離婚してくださ……」

「黙れ!!!」

ジークの怒号が書斎に響き渡り、次いで手が頬に飛んできた。
頬を叩かれ、じわじわと痛みが広がる。

「伯爵令嬢の分際で、公爵家の僕に逆らうな。僕が不倫をしていないと言ったら、していないんだ。お前が何を見ようと関係ない」

「そんな……そんなの酷すぎます!」

「それがこの世の中だ! いい加減に気づけ!」

本当に信じられなかった。
これがあの私が愛したジークの姿だというのか。

「まあどうしても追及したいというのなら止めはしない。ただ……」

ジークの顔が醜悪に歪む。

「お前の家族がどうなっても知らないがな」

「え……」

「今から引っ越しの準備でも進めておいたらどうだ?」

「ひどい……」

思わず数歩後退する。
ジークは私の家族を人質にとり、おどしをかけてきたのだ。
彼は飄々とした笑みと共に、言葉を続ける。

「不倫は君の勘違いだった。これからも良き妻でいてくれよ、エル」

「くっ……!」

反撃したい気持ちは十二分にあった。
しかしもし家族が傷つけられたらと思うと、これ以上行動を起こすことはできなかった。

「……分かりました」

心が絶望に染まり、私は小さい声でそう言った。

「分かればいいんだよ。ふふ」

ジークの声は心の底から嬉しそうだった。
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