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1章

解決

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 ある有名な学者の言葉に『災害は忘れた頃にやってくる』というものがある。俺がそれを聞いた時は、へー確かにそうかもなぁ、なんてことを思っていたと思う。しかし、今ならこう思う。災害の方がどれだけマシだろう、と。

 災害は意思を持って、攻撃してこない。災害はは悪意を携えて人を傷つけたりはしない。しかし、突然現れる悪意というのは、誰かを明確に狙って来る分、災害なんかよりよっぽどタチが悪い。災害にだって、少しくらい準備の猶予があるというのに。今、俺の目の前にある悪意も、少しの猶予も与えることなく、俺に襲いかかる。

「あんた……まだ生きてたんだ? キャハッ!」

 かつての元カノ、【綾川冥】の声を聞き、俺の心拍数が急速にはね上がる。胸の動悸が始まり、呼吸すら困難になっていく。続いて、激しい目眩が俺の体を襲い、立っているだけでやっとになる。胸からは終始、吐き気が襲い、思わず口を押さえ、胃の中のものをすべてぶちまけたくなる気持ちを必死に抑える。

「おい、どうしたんだよ冥?」

 冥が突然立ち止まったこともあり、周囲にいた友達が冥の近くに寄ってくる。

「あー、んっとね。ほら、学校から消えた私の元カレがいたからさー」

 冥の言葉を聞き、2人の男女が俺たちの方に近づいてくる。

「あれ? マジでいんじゃん。冥っていう彼女がいるのに浮気したクソ野郎が!」

「おいっ、みんな来てみろよ! 10日ぐらい前に消えたクソ野郎がいたぞ!」

 耳にピアスを付け、髪を金色に染めた、いかにもなチャラ男の言葉で、遠くで傍観していた奴らも寄ってくる。俺の近くに集まってきた奴らは冥も含めて7人で構成され、男4女3の比率である。

「うわ、ホントだ! 浮気野郎の周王君じゃん!」

「おいおい、しかも女連れだぜ。コイツはちょっと、あの子に親切をしてあげなくちゃいけねぇな!」

「ギャハハ、違ぇねえ!」

 冥の連れたちの声を聞き、俺は10日前の学校での起こった事を思い出す。10日前に、学校中から悪意を受けた時の事、学校の誰も俺のことを信じてくれなかった事、血の繋がった母親にすら信じられなかった事、そのすべてが一斉に俺に襲いかかる。

 気がつくと、俺は口を押さえたまま、石畳に膝をついていた。立ち上がろうと、足に力を入れようとするが、俺の意思とは関係なく、俺の足に力が入ることはない。

「おいおい、しゃがみ込んじゃったよ周王君!」

「ハハッ、情けねぇな!自分の足で立つことも出来ねぇのか!」

 言いたいことを言い終えると、男たちは今度は宇佐美の方に近づいていく。

「こんな情けねえ彼氏なんて捨てちまえよ! んっ? 君、よく見るとすげえ美人じゃん! なぁ、俺と付き合おうぜ?」

「……」

 宇佐美は顔を俯かせ、その表情は俺の角度からは見えない。ただ、男の言葉を聞いても、沈黙を貫いている。

「あっ、ずりぃ! なぁ、君。俺と付き合おうぜ? かわいこちゃん」

 やめろ、宇佐美に手を出すな! 俺は男達から宇佐美を守ろうと声を出そうとするが、吐きたい言葉は喉の奥で引っかかり、上手く出てくれない。

「なぁ、いいだろう? 君と一緒にいる男はトンデモないロクデナシなんだぜ!」

「ちょっと、あんた達。いきなり、ナンパしてるんじゃないわよ!」

「別にいいだろ? 俺たちの勝手だろ」

「ハァ……ホント男って」

 後ろにいた女がため息を吐いて少し離れるが、俺にとってはどうでもよかった。俺の思考は、どうやって宇佐美を守るかでいっぱいになっていた。

 俺はどうなってもいい! 宇佐美だけでも守らなくては。俺は必死に腕を男達に伸ばすが、その腕が届くことはない。

「あいつはホントに酷いやつなんだ。自分が浮気してた癖にあろうことか、彼女が浮気してたって嘘を吐いたクソ野郎なんだぜ!」

「……」

「だからさ、あんなクソ野郎捨てて俺とーー」

「ハル君はクソ野郎なんかじゃありません!!!」

「……!」

 今まで沈黙を貫いていた宇佐美だったが、顔を上げ、急に堰を切ったようにナンパしていた男たちに叫ぶ。その顔は今までにないほどに険しくなっており、誰から見ても宇佐美が怒っているということが分かる。

「ハル君は私が困っていたら助けてくれました! 私が悩んでいたら、隣に座って話を聞いてくれました! 私が死にそうになった時も、自分の命も省みず、助けてくれました!」

 ナンパ男だけでなく、それ以外の者たちも宇佐美の勢いに呑まれ、口を閉ざして宇佐美の言葉に聞き入る。

「あなた達みたいな……あなた達みたいな……人の上辺だけを見て、物事を判断するような人間にハル君の優しさは一生、理解できません!」

「……ッ!」

 しばらく、宇佐美の言葉を受けて立ち尽くしている男たちだったが、ハッとして動き出す。

「てめぇ……このクソアマ! 言わせておけば、好き勝手言いやがって!」

 逆上した男は宇佐美に掴みかかろうとするが、宇佐美はスルリと男の腕の中をすり抜ける。

「ぐっ……!」

 男は掴みかかれなかったのを理解し、歯噛みする。そんな男を無視し、宇佐美は再び口を開く。

「綾川さん、あなたもそうです。綺麗なのは外見だけで、あなたの内面は見てられないほど醜い。まるで、違法建築された豪邸みたい。外から見たときは良いのかもしれないけど、中身はスッカスカね」

「なっ……! 言ってくれるじゃない……このクソアマ!」

 矛先を向けられた冥は目に見えて、激昂する。そんな冥の様子にも宇佐美は飄々と受け流している。

「事実を言っただけですが?」

「ちょっと、アンタ達! この女、犯っちゃってよ! また、カモの女の子紹介してあげるから!」

 冥の言葉を聞き、ボーっと突っ立っていた男たちが笑みを浮かべる。

「冥……約束だぜ?」

「ええ、約束するわ。 だから、早くこの女犯っちゃってよ!」

 冥から了承を受け取ると、男たちは宇佐美を囲むように横に広がる。後ろで見ていた女たちもニヤニヤと笑い出す。

 宇佐美、早く逃げろ! 何度も声を出そうと試みても、俺の口から音が出ることはない。

「へへへ、そういう事だ。恨むんなら、バカな事を口走っちまった自分とあそこに座ってる役立たずを恨むんだな!」

 男たちは一斉に宇佐美に飛びかかる。

 宇佐美いいぃぃッ!!!

「ハハハハハッ! アタシの力に比べれば、アンタなんてゴミクズよ! 犯されながら、屈辱の中で後悔するといいわ!」

 冥が高々と笑い、宇佐美をバカにする。そんな事をしている間にも男達は宇佐美に今にも襲いかかろうとして……急に後ろに吹き飛ばされるのだった。

「「えっ……!」」

 あたりに、俺と冥の間抜けな声が響く。

 ドサァァァ! 遅れて、吹き飛ばされた男たちが地面に勢いよくぶつかる。

「……ッてえぇぇ! 痛ぇよお!」

「うわあああああ!」

「何だよコレエェェェ!!!」

 吹き飛ばされた男たちは、各々叫び出す。男達が吹き飛ばされた辺りをよく見ると、そこには円柱型の黒いナニカが転がっている。

「アナタの力と言いましたね? どうしたんですか? アナタの力とやらは、そこでのたうち回っていますよ?」

 宇佐美はゾッとするような冷たい笑みを浮かべたまま、冥に近づいていく。宇佐美のプレッシャーに冥は後ずさりする。

「そっ、そうだ! もっと仲間を呼べば!」

 そう言って冥がカバンから携帯を取り出そうとすると、宇佐美の背後から飛んできた黒い物体に携帯を弾かれる。

「……ッ!」

 冥は携帯を弾かれた時に腕に当たったのか、腕を押さえて痛がる。痛みで冥が動けない間にも、宇佐美は冥にゆっくりと近づいていく。

「こっ、来ないでぇぇ! アタシの父親は県の議員よ! こんなことして、タダじゃすまないんだから!」

「ええ、それが何か?」

「……ッ!」

 宇佐美に脅しが通じないと分かったのか、冥は石畳に落としたカバンにも目をくれず、逃走を試みる。しかし、それを宇佐美は逃がさない。

「【アイギス】、出なさい!」

 宇佐美が何かの名前を呼ぶと、どこに潜んでいたのか、物陰から黒いスーツを着て、サングラスをかけた男が出てくる。

「クッ!」

 逃げ道を塞がれた冥は進行方向を変え、逃走を試みようとするが、その度に黒いスーツを着た人間が立ち塞がり、やがて黒いスーツを着た人達は完全に冥達の退路を完全に断つ。その数は、パッと見ても、100人はいるだろうか。

 不意に、黒いスーツを着た人が突然現れ、宇佐美の前に跪く。そのボディーラインを見る限り、女性だろうか?

「お嬢様、【アイギス】、参上仕りました……」

「ええ、ご苦労様。よく来てくれたわ、カゲハ」

「もったいなきお言葉です、お嬢様」

 目の前で繰り広げられる光景に、冥達も俺も完全に混乱していた。唯一、この事態を作った当事者である宇佐美だけが、平常心を保っている。

「さて、綾川さんとそのお友達の方々、お待たせしまいましたわね」

「ひっ……! アッ、アンタ、一体なんなのよぉ……。一体何者なのよおおおぉぉぉ!?」

 恐怖で顔を引き攣らせた冥が宇佐美に向かって叫ぶ。もはや、冥の取り巻き達は恐怖でただただ震えている。

「ふふっ、私はちょっとお金持ちなだけの普通の女子高生ですよ?」

「そっ、そんなわけないじゃない!? どこにこんなことが出来る女子高生がいるのよ!?」

「現に目の前にいるじゃないですか?」

「……ッ!」

 冥は目を見開き、後ずさろうとするが、後ろで取り巻きがつっかえ、下がれないでいる。

「あれ? もう終わりなんですか? ……アナタの力《・・・・・》っていうのは」

 息がかかるほどの距離まで顔を近づけさせた宇佐美に冥の恐怖が最高潮に達する。

「いいですか? 力ってのは、こうやって使うんですよ」

 宇佐美の言葉に堰を切ったように、冥達は声を上げて泣き出す。

「うわああああああああああああああ!!!」

 冥達の泣き声が周囲一帯にこだまする。冥達はもはや半狂乱状態で泣き叫び続ける。しかし、宇佐美のシッ! という静かにしろというジェスチャーに冥達は一斉に口を閉じる。冥達が黙ったのを確認し、宇佐美は口を開く。

「さて、あなた達をここで始末してしまうのは簡単ですが……ここはハル君に任せます」

 そう言って、宇佐美はクルリと俺の方に顔を向け、ニコッと笑う。

「ハル君、どうしますか? 燃やしますか? 潰しますか? それとも食事を与えずにジワジワと殺しますか? ハル君の好きにしていいですよ?」

 宇佐美が俺のためにここまでしてくれたんだ! 俺も冥達に立ち向かって見せる! もう、俺は逃げない!

 俺は震える足を押さえ、無理矢理足に力を入れる。俺はなんとか立ち上がり、黒服の人達に囲まれている冥達に視線を向ける。冥達は俺の視線に気づくいた瞬間、一斉に命乞いを始める。

「ひっ、ひいいぃぃぃぃ! こっ、殺さないでぇ!」

「何でもしますから命だけはぁ!」

 その様子に、俺はなぜコイツらをあんなに怖がっていたのかと自分でも不思議な感覚に襲われる。当初は、殺してやるとまで思っていたのが、こうなってくると哀れにさえ感じてしまう。

「宇佐美……コイツらを解放してやってくれ」

「……本当にいいんですか?」

「ああ。……コイツらに付き合っている時間がもったいない」

「ハル君がそれでいいならいいですが……」

 そうして、俺は冥達から背を向ける。そして、俺の素直な気持ちを吐露する。

「俺はお前らとはもう関わらない。だからお前たちもこれ以上、俺に関わらないでくれ。俺の願いは……それだけだ」

 俺は言いたいことを言い終えると、近くで待っていた宇佐美の元へ行く。黒服から解放された冥達は、落としていた荷物を拾うと、そそくさと去っていく。そんな様子を見ていると、横にいた宇佐美が俺に訊ねる。

「ハル君……ホントにこれで良かったの?」

「ああ。こんだけの目に遭ったんだ。もう関わってくることはないだろ」

「……。まあ、ハル君がいいんなら私はいいですけど」

 そう言って、宇佐美はいつ来たのか、来ていたリムジンの方へ歩き出す。

 今回のことでよく分かった。俺は宇佐美のそばにいるには、相応しくない。だから、改めて誓う。宇佐美の隣に立てる男になると、隣に立っていても馬鹿にされないほどの男になると。そして俺は……この想いを……宇佐美が好きだという気持ちを伝える。

「ハルく~ん、帰ろう!」

「おう!」

 俺は宇佐美の呼びかけに応え、リムジンから体を半分出して、俺に手を振る宇佐美の元へ走り出す。

 強く誓った想いを胸に抱いて。
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