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1章
待ち合わせ
しおりを挟むつい先程、宇佐美からデートのお誘いを受けた俺は、今、待ち合わせの場所に指定された駅前に向かうバスに乗っていた。待ち合わせの場所に近づくたびに、俺は自分の体が緊張で固まっていくのを感じる。
落ち着け、俺! 落ち着くんだ!
俺は胸を押さえ、何度も深呼吸をする。何とか自分を落ち着けようとあらゆる手を試すが、一向に体の緊張は解けない。いや、むしろ落ち着こうと思えば思うほど、これからのことを意識し、体が硬くなっていく。
「新浜駅~、新浜駅~」
俺が緊張を解こうと手をこまねいている間に、バスは待ち合わせの駅前に着いてしまう。もう覚悟を決めろと自分に言い聞かせ、俺は意を決してバスから降りる。
駅前に着いた俺は、宇佐美を探すためにキョロキョロと周囲に視線を巡らす。しかし、宇佐美はまだ来ていないようで宇佐美の姿をこの目に確かめることは出来なかった。
宇佐美がまだ来ていないことにホッとした俺は、服や髪に乱れがないかを確認していく。身なりを整え終わると、俺は左腕につけていた腕時計に視線を落とす。見ると、時計の針は11時40分を差している。
宇佐美はまだか……。いや、こんな緊張した状態で会わなくてよかったか。今、宇佐美に会ったら自分でもどうなるかわからない。
俺は宇佐美が見つけやすいように、駅前の噴水広場に移動し、宇佐美が来るのを心臓を激しく脈打たせながら待つ。
……15分後。
噴水広場でドキドキしながら宇佐美を待っていると、ここ最近で一番聞き馴染みのある声が耳に届く。
「ハルく~ん!」
宇佐美は俺に腕を振りながら、小走りで近づいてくる。宇佐美とすれ違った人達は、宇佐美の美貌ゆえか、一人残らず振り返って二度見して見惚れている。
「ハル君! ごめんね、待った?」
「いや、大して待ってないさ」
宇佐美は動き易さを重視してなのか、パンツスタイルにキャップを合わせ、少しボーイッシュな服装をしている。普段の可愛らしい服装とのギャップに俺の胸が高鳴る。今日の宇佐美は、色眼鏡を無しにしても、そこらにいる女子とは比べものにならないほど輝いていた。いつも以上に可愛い宇佐美の姿に、俺は自然と顔が熱くなる。
「ふふっ。それじゃ、行こ? ハル君」
そう言って宇佐美が俺に手を差し出す。目の前にある光景に、はじめて宇佐美の家に来た時のことを思い出す。
『さぁ、行こ? ハル君』。あの時の宇佐美も俺に手を差し出し、優しく家に招いてくれた。宇佐美の優しさに触れ、壊れかけていた俺の心は徐々に回復しつつある。
思えば、あの時はあんなに死にたいと思っていたのに、今では死のうと意識することはなくなった。今、俺の心の根底には宇佐美と一緒に生きたいという思いで溢れていた。
「ああ、行こう」
俺は心の中で宇佐美に感謝しながら、宇佐美の手を取る。俺が手を合わせると、宇佐美もエヘヘと嬉しそうに笑う。
「それじゃ、まずはお昼ご飯を食べようよ!」
「ああ、そうだな」
昼時で腹も空いていた俺は宇佐美の提案に乗り、俺たちは噴水広場から歩き出す。
ーーーーーーーーーー
《二条纏視点》
「お嬢様、αからδまで配置完了いたしました」
「ご苦労、ハル君とのデートのサポートを開始しなさい」
「かしこまりました」
建物の上で身を潜めていた私はお嬢様からの命を受け、周王春樹様とお嬢様の恋路をサポートするために編成されたチーム、【プレアデス】に指示を出す。
「αとβは引き続きお二人の監視を、γとδはお二人の進行方向にいる人間を排除しなさい」
「イエッサー!」
私の指示を受け、プレアデス達は一斉に動き出す。私もお二人を見渡せる位置に移動し、今後の動き方を探る。眼下では手を繋いだ2人の少年、少女達が歩きながら談笑する様子が見てとれる。
とりあえずはうまく行っているようですね……。緊張も見ている感じなさそうですね。
デート直前には、慌てふためいていた自らの主人が順調にデートする様子を見て、二条纏は満足そうに頷く。
二条纏にとって自らの主人、宇佐美杏は恩人であった。イギリスの名門メイドスクールをわずか1年で卒業し、業界ではスーパーエリートと私は目されていた。
しかし、実際にメイドとして働こうと、様々な家に雇ってくれないかと申し入れをしても、どこの家も雇ってはくれなかった。なぜダメなのかと理由を聞いても、言葉を濁すばかりではっきりとした答えは帰ってこない。
あとから知ったことだが、私がどこに行っても門前払いだったのは、スクール時代、私と同期で卒業した卒業生の仕業だった。
どうやら、問題行動を数多く起こし、親から放逐するような形でメイドスクールに入った名家の令嬢が、私を一方的に敵視していたらしい。本人からは、私が3年間苦労してやっと卒業に漕ぎ着けたのに、たった1年で卒業した私が憎たらしかったと聞いた。
彼女は自分の家の力を使い、あらゆる名家や資産家、挙句の果てには一国を牛耳る王族にまで私の悪評を流し、メイドとして働けないように圧力を掛けたらしい。
しかし、そんな中、唯一私を雇ってくれたのがお嬢様であった。世間に流された悪評など一切気にせず、ただ私という人間を見て宇佐美家で雇うという決断をしてくれた。
だからこそ、私はお嬢様の望む通りに動くのである。お嬢様の望みを叶え、幸福になってもらう。それだけのために今の私は存在している。
私が昔の記憶に思いを馳せていると、お嬢様から新たな指令が入る。
「これよりハル君と昼食を摂ります。その間、周囲の人間の排除を行いなさい」
「了解しました」
お嬢様から新たな命を受け、私はプレアデス達に指示を行っていく。
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