1 / 49
1章
プロローグ
しおりを挟む「はいこれ、明日の課題やっといて!」
「う、うん……」
バンッと勢いよく明日までの課題のプリントがファミレスの机に叩きつけられる。
目の前には茶色を帯びた髪をしたショートカットの美少女が座っている。付き合って半年になる俺の彼女、綾川冥である。その容姿はそこらのアイドルと比べても優れており、笑うと人好きする表情を浮かべることから、学校でも彼女のことを悪くいうものは一人もいない。
付き合う前は、ファンクラブも存在しており、彼女と俺の学年である2年生はおろか、全学年でその存在が知られるほどである。
しかし、周囲に見せる外面と違って、実際は彼氏の俺に対しては、さまざまなワガママを容赦なく突きつけてくる。はじめは少し、束縛が強いがゆえにワガママが多いのだろうと思っていたが、付き合い始めてから時間が経つごとにその要求は増していった。
最初は「私と歩くときは私の荷物も持って」というような要望が、今では「週に一回は私にプレゼントすること」や今のように「学校の課題は全部あんたがやって」など、とても恋人同士とは思えない要求までするようになった。
「じゃあ、私はこれから友達とカラオケに行くから、しっかりやっといてよね! 私と付き合えているんだから、これぐらいの事は感謝してやってよね!」
言いたいことを済ませると、席を立ち、彼女は足早にファミレスから立ち去る。当然のように彼女が飲み食いした料金は俺の奢りである。
彼女に告白して付き合えた時は、天にも昇るような気持ちだったが、今ではなぜ彼女と付き合っているのか、そもそも自分が彼女を好きなのかさえ分からなくなってしまった。
彼女のプレゼント代を稼ぐ為に始めたバイトは今では3件も掛け持ちし、学校に行っている時間以外はほとんどバイトに時間を費やしている。彼女と最後にデートしたのがいつだったのかすら、もう覚えていない。
恋人らしいことと言えば、手を繋ぐことぐらいしかしておらず、付き合い始めてから半年も経つのに、性行為はおろか、キスすら拒まれている。彼女の「そういうことは卒業してからにしましょう」という言葉を鵜呑みにし、彼女を大事にしてきた。
しかし、そもそも今の関係を彼氏彼女の関係と言えるのだろうか。
まとまらない思考を携えたまま、綾川冥の彼氏、周王春樹はファミレスの会計を済ませ、アルバイトへ向かう。
ーーーーーーーーーー
アルバイトを終え、周防春樹は帰路に着こうと、繁華街を歩く。
(はー……。今日も疲れたなぁ。帰って課題やったら速攻で寝よう……)
バイトで疲れた体を引きずり、俺は最寄りの駅を目指して歩いていた。一刻も早く帰りたかった俺は、そういう目的の人たちの為のホテル街を近道の為に歩く。
その中には、スーツを着た明らかに会社の帰りであろうと言う人もちらほら混じっている。
(こっちはバイトするだけでこんなにクタクタなのに、よくやるなー)
感心半分、羨ましさ半分で歩いていると、スーツを着た男性と仲良さげに腕を組むカップルを見つける。
あー、仲良さげにして、良いご身分……だ……な……。
何の気なしにみた男女のカップル。スーツを着た妙齢の男と腕を組んでいたのは、俺の彼女、綾川冥だった。
目の前に飛び込んだ光景に体は動きを止め、手に持っていた荷物をアスファルトに落とす。
「め……い…………」
混乱した俺の口からは弱々しく彼女の名前が呟かれるだけだった。
(どうして!? どうして!? どうして!? どうして!? どうして!? どうして!?)
はじめは混乱してまとまらなかった思考も次第にまとまり、やがて思考はどうして彼女が浮気をしているんだという思考で埋め尽くされる。
(彼女の望むことなら何でもしてきた! お金が欲しいと言われれば、すぐに差し出した! 私以外の連絡先を消せと言われれば、すぐに消した! 俺は彼女にやれと言われたことはすべてやってきた! なのに! なぜ彼女は今、俺以外の男と腕を組んで歩いているんだ!)
俺が答えの出ない思考に時間を費やしている間に彼女とスーツの男との距離は縮まり、やがて彼女の方もこちらに気付く。
俺に気づいた彼女はハッとし、すぐに隣にいた男と絡めていた腕を離す。
「冥……隣の男は誰なんだ?」
震えそうな声を必死に抑えながら、冥に問いかける。
「えっ、えーっと……この人は……」
俺の問いに冥は忙しく目を泳がせ、答えを必死に探しているようだった。
隣の男は呑気に「知り合い?」と冥に問い、その場には変な空気が流れる。しばらく、変な空気が続いたが、目の前でずっとあたふたしていた冥が隣の男の腕を掴む。
「こっ、この人ストーカーなの! いつも私が行くところに待ち伏せして、何度言っても辞めてくれないの!!!」
彼女の酷い言い訳に、俺は一瞬、唖然とする。しかし、すぐに怒りが湧いてくる。
「お前っ、ふざけんなっ! 言うに事欠いて俺をストーカーだと! 言い訳するにもーー」
ーードゴッ!
顔に衝撃が走り、その衝撃で体ごと後ろに吹き飛ぶ。瞬時、男に殴られたのだと俺は理解する。遅れて、殴られた右頬から痛みが走る。口の中が切れたのか、鉄臭い味が口内に広がる。
「おいっ、彼女嫌がってんだろうがよ! どっかいけよ、ストーカー野郎!」
俺を殴った男は俺を蔑むような目をして言い放つ。その様子を見て、冥はこれ幸いと男の胸に飛び込む。
「ありがとう、マサキ君! 私、怖くて怖くて……」
(このク○ビッチが! 俺につくより隣の男の方につく方が良いって判断したってことかよ!)
悔しさで歯をくいしばる。もはや、混乱していた頭は目の前のア○ズレを地獄に落としてやりたいという思考に統一された。
「冥……てめぇが今まで俺にやってきたことや今日のこと、明日、全部みんなにぶちまけてやるからなっ! 覚悟してろよ!」
言いたいことを言い切ると、俺はフラフラとしながらその場を立ち去る。
ーーーーーーーーーー
夜が明け、自室の窓からは朝日が眩しく差し込む。
昨夜、フラフラになりながら家に帰った俺は、殴られたダメージも相まって、家の階段を登り、自分の部屋に着くなり力尽き、泥のように眠った。
眩しい朝日で目が覚めた俺に、右頬から鋭い痛みが走る。
(ッ!)
あの野郎~! 思いっきり殴りやがって。殴られたところ、腫れてんじゃねーか! こりゃ、しばらくシップ生活か?
昨日、あんなことがあったのに不思議と俺の気分は晴れ晴れとしていた。俺の今の気持ちは冥への復讐心と冥のワガママからの解放感で久々にスッキリとしていた。
救急箱から出したシップを右頬に貼りながら、学校に行く準備を整える。時計を見ると、時間は7時50分を指している。俺は急いで階段を駆け下り、玄関で靴を履く。
「行ってきます!」
(そういえば、行ってきますなんてここしばらく言ってなかったな……)
俺は自分が今までどれだけ余裕がなかったかを認識する。冥から解放されたことを再度感謝し、玄関を出る。
ーーーーーーーーーー
俺が自分の教室に着くと、教室の中は異様な雰囲気を醸し出していた。疑問に思いながらも、自分の席に向かい、腰を下ろす。腰を下ろしてからまもなく、クラスメートの女子達が俺の席の前に立つ。
「周王君……あなた浮気したって本当?」
「はぁ!?」
クラスメートの発言に思わず、声が漏れ出る。
「冥が話してくれたわ! 昨日あなたが街で女の子と歩いているのを見たって! 問い詰めたら、ずっと前から浮気してたって!」
はぁ~!!! 浮気してたのはアイツの方だっての! あのクソ○ッチ、あることないこと周りに喋りやがったなぁッ!
周りに嘘の話をばら撒いたであろう本人を探そうと教室中を見渡すと、教室の端っこの方で女子に囲まれるク○ビッチ、もとい、綾川冥を見つける。
「おいっ、冥! ふざけたこと言いふらしてんじゃーー」
椅子から立ち上がり、冥に問い詰めようとすると、冥を庇うように女子達が俺の前に立ちはだかる。
「周王君、冥に何するつもり!?」
「何ってコイツが嘘をーー」
「浮気して冥を傷つけて、その上、まだ傷つけるつもり!」
「違っ……俺はコイツの嘘をーー」
「これ以上、冥を傷つけないで!」
必死に弁解しようとしても、周囲は冥の言い分を鵜呑みにし、俺の訴えをかき消す。その中には、俺が友達だと思っていた人も混ざっている。クラスにいるあらゆる人間が俺に対し、嫌悪感を示し、ヒソヒソと聞こえる声が俺の心を抉る。
(浮気とかサイテー)
(付き合ったのも脅されて無理矢理付き合わされてたって話だぜ)
(綾川さん可哀想……)
(俺は前から怪しいと思ってたんだよ)
教室中のあるゆるところから俺に対する嫌悪が突き刺さる。もはや、何を言おうと無駄だった。
浮気していたのは冥の方だと言うと、自分が助かる為に彼女を悪者にするなんてサイテーだと言われ、冥の普段のワガママ放題の様子を伝えると、冥がそんな振る舞いをするわけないと否定される。
俺の言葉はもはや、クラスに蔓延した悪意にガソリンを注ぐだけのモノと化していた。俺に対する悪意は、教室に担任が入ってくるまで続いた。一度治まった悪意も、教師がクラスを出た途端に再度膨れ上がり、俺に猛烈な勢いで注がれる。
逃げるように俺が教室を離れても、噂は学校中に広がっているのか、どこに行ってもあらゆる人から悪意と嫌悪が俺に刺さり、正に針の筵である。こうなった俺にはただ、じっと耐えるしか方法がないのだった。
ーーーーーーーーーー
もはや学校全体からの悪意と化した俺への攻撃を放課後まで耐え、そそくさと教室を出て、帰路に着く。
とにかく、早く家に帰りたい。初体験の悪意の奔流に呑まれ、頭を支配するのは早く部屋で寝たいという思考だけであった。やっとの思いで家に帰り、俺は安心する。しかし、一瞬手に入れた安心はすぐに手放されることになった。
「ただいま~」
俺は帰ってきたことを示すように、玄関を開けながら挨拶をするも、玄関のすぐ側に母さんが座っていることに気付く。
「春樹……あんた冥ちゃんを傷つけたって本当かい?」
学校での悪意を乗り越えた俺に、新たな悪意が飛びかかる。
「あんた、冥ちゃんという子がいながら、他の女の子にも手を出したんだって!」
「違うッ! 母さん、俺はーー」
「母さんはあんたをそんな子に育てた覚えはないよ!」
俺の言葉を遮り、母さんはうっ、うぅ……と口を押さえ、涙をこぼす。
「どうして……どうして誰も信じてくれないんだよ……ッ!」
俺は鞄を玄関に放り捨て、一気に外へ走り出す。
ーーーーーーーーーー
勢いよく家を飛び出した俺は、無闇矢鱈に走った。体力の限界が近づき、足を止めたところには大きな歩道橋があり、俺はそこの階段に腰掛ける。
誰も……誰一人俺を信じてくれない。もはや、俺が信じられるのは誰一人としていない。付き合い始めて1年ちょっとのクラスメートはおろか、16年も育ててくれた実の親でさえ、信じてくれないんだ。もはや、俺の居場所はどこにもない。
不意に俺の目に道路を走る車が目に入る。どこにも居場所がないんなら……消えちまうか。歩道橋の階段を上り、やがて、歩道橋の一番上まで辿り着く。眼下では忙しなくスピードの乗った車が通り過ぎ、手すりを越えて飛び降りれば、よっぽど運が良くない限り、助かることはないだろうと分かる。
もはや、自分が生きる意味も掴めない……。俺は手すりに手を掛ける。しかし、手を掛けたタイミングで透き通るような声が耳に入る。思わず、声がした方向に顔を向ける。
「ハル……くん?」
「お前……宇佐美か?」
この時の出会いが俺の人生を大きく変えることをこの頃の俺はまだ知らない。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説


アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる