恋愛短編集(宵の月)

宵の月

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債務者の恋、債権者の愛 後編

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「お久しぶりですね……本日はどんなご用件で?」
 
 アメリアは静かにカップを置いて、かつて最も有力な婚約者候補だった、第二王子のシグマを見据えた。

「久しぶりだね、アメリア……元気そうでよかった」
「……おかげさまで」

 呆れる図太さに、思わず口の端が小さく持ち上がる。気まずげに宥めるような笑みで、こちらを伺うシグマに冷淡に言葉を返す。
 手のひらを返した理由は明らかだった。
 先だってアメリアは、最大の特産品であったフィルディ草の流通を解禁した。金の匂いを嗅ぎつけたハイエナ達からも、日々手紙が届くようになっていた。

「……見違えるほど復興が進んだね。フィルディ草の流通も始まって、もう以前と遜色ない」
「……ほど遠いです」
「…………」

 冷ややかな返答に、シグマが押し黙る。応接室に気まずい沈黙が落ちた。
 失われたと思われていたフィルディ草。フィルディの最大の特産品が、ハイエナ達を引き寄せてくる。
 フィルディ草はどこにでも生えている単なる薬草だ。その薬草がフィルディ領内の廃鉱山という、特殊な環境で長い時間をかけて変異した。そうして生まれたフィルディ草も、普通の薬草と成分はなんら変わりはない。ただフィルディ草は一束で、薬草の十倍を上回る薬効を溜め込み成長する。そのため水害でフィルディ草の流通が止まってしまった今、医薬品の値段は跳ね上がり続けていた。
 フィルディ領は豊かな農地で採れる農作物と、このフィルディ草が主な産業だった。農耕を基本とする領地での大規模水害は、フィルディ領の復興を絶望視させた理由になった。
 
「アメリア……心配していたんだ」

 フィルディ領内で最も早く復興したのは、フィルディ草がなければ何の価値もない廃鉱山だった。そして栽培用の苗も全て押し流されたとわかると、支援者は一人もいなくなった。廃鉱山は無事でも長い時間をかけ、偶発的に変異したフィルディ草が無くなった。
 アメリアもそう思っていた。半年前に廃鉱山の栽培所で、再びフィルディ草が芽吹いていると報告されるまでは。

「イソルド家との縁談でお忙しかったでしょうに、気にかけていただきありがとうございます」
「それは……! アメリア……」

 王位を継げない第二王子はフィルディ草が無くなったとわかると、すぐに次の婿入り候補先に媚び始めた。美しい容姿で手に入れた、決まりかけているはずの縁談を蹴るほど、フィルディ草は魅力的らしい。

「……変わったね。ますます綺麗になったけど、なんだか冷たくなった。優しく明るかった君が恋しいよ……でもそれだけ大変だったって僕は理解しているよ」
「…………っ!!」

 シグマの言葉にカッと目の前が赤く染まる。変えたのは誰だと思っているのか。両親や使用人、豊かだった領地を押し流され、絶望の中に一人取り残したのは一体誰だったのか。
 フィルディ草も無くなったと分かると、親戚や事業提携していた家門は金目のものを次々と運び出していった。
 熱心を愛を囁いていた求婚者たちは、最も差し伸べられる手を必要としていた時に、気の毒そうに顔を顰めて背を向けた。
 オーケン家だけが過去の恩義を忘れずに、アメリアの元に駆けつけてくれた。

「僕は……今も君を愛しているよ。ずっと忘れられなかった。君ほど僕を魅了する人はいない。僕は君と結婚したいと思ってる」

 必死に切実そうに切々と語るシグマに、アメリアはギリっと奥歯を噛み締める。握った拳が怒りに震えた。
 アメリアが絶望の淵にいる時に、シグマは一体何をしてくれたと言うのか。
 病める時も健やかなる時も。婚姻で交わすその誓いも資格も、シグマは簡単に放棄してみせたというのに。
 
「……フィルディ領の復興はまだ道半ば。返すべき負債も多く残っております」

 必死に怒りを堪え、言葉を振り絞るように押し出す。相手は王族。やっと始まったフィルディ草の出荷。できるだけ穏便に、横槍の可能性を排除しておきたい。

「僕は待てるよ……君が僕を迎え入れられる日まで。いくらでも待てる!! だから僕と……!!」

 身を乗り出してきたシグマに、アメリアは息を飲んだ。まさかの言葉をようやく理解し、思わずくすりと笑いが溢れる。
 なんて図々しいのだろう。この期に及んで見捨てて裏切った償いに、道半ばの復興に尽力しようとも思うこともしない。ぬくぬくと居心地のいいフィルディ領主の席に、迎えられるのをただ待つつもりでいる。ただ安穏と眺めて。
 嗤い出したアメリアの態度をどう取ったのか、シグマはパッと顔を輝かせて立ち上がった。

「アメリア、愛しているよ。フィルディ草さえ無事なら、すぐにだって復興は叶う。何もかも元通りだ!」
「元通り? 本当にそう思われるのですか?」

 ふつりと嗤いが消えて、アメリアはシグマに向き直る。

「そうだ! アメリアが頷いてくれるだけで、全部元に戻せるんだ!」
「頷くだけで……」
 
 元に戻るものなど何一つない。両親も尽くしてくれた使用人も領民も。優しく美しいと思っていたシグマへの信頼も。大切で愛おしかったものは、全てを押し流されて元の形のまま返ってくることは永遠にない。
  
「僕と結婚しよう、アメリア! 今すぐとはいかなくても、僕は君を待てるから!」

 一生待っていればいい。アメリアはひっそりと口元を歪めた。
 もうシグマを受け入れる日はこない。僅かに残った幼い日の思い出も、今この瞬間に砂のように崩れ去った。なんの未練もない。目の前のこの男に、もうどんな小さな感情も抱く価値すら見出せない。

「……今日は、お引き取りください」

 頷くことなく立ち上がり部屋を出て行こうとするアメリアの背に、シグマの縋るような声が追いかけてくる。
 
「アメリア……また来るから……」

 何も答えず扉を開けて、アメリアは息を飲んだ。

「……ディラン」

 いつからいたのか無言で立つディランが、室内を一瞥して鋭くアメリアを見下ろした。

「……債務の件でお話があります」
「わ、分かったわ……場所を変えましょう……」

 驚きだけでなく忙しくなった鼓動に俯きながら、アメリアはシグマを振り返ることなく歩き始めた。

※※※※※


「……貴女の婚約者候補、でしたね。結婚……とは……こうして利息を淫らな奉仕で支払っている身を、受け入れるとは第二王子は随分と寛大なようだ……」

 結婚などあり得ない。そう答えたくてもアメリアに伝える術はなかった。
 移動した別室の寝台に腰掛けたディラン。熱く脈打つディランの逞しいモノを、限界まで頬ばっていれば答えようもなかった。

「それともそれすら、白薔薇の美貌の前では気にもならないのか。いずれにせよ貴女がどれほど淫らか、知らないから言えるのでしょう」

 ゆるゆると口内を擦るモノに必死に舌を這わせていたアメリアは、我慢できずに咥え込んでいたモノを吐き出し、抗議に顔を上げた。何があろうと自分を切り捨てた者の、花嫁になることなどあり得ないと叫びたかった。

「……私はっ!!」

 怒りのままに声を上げようとした身体を、逞しい腕が絡め取る。そのまま寝台に放り出され、齧りつくように唇を奪われた。脈打つ楔の代わりに、ねっとりと肉厚な舌が口内を蹂躙する。
 咎めるような強さで乳房を握り込まれ、もう片方の手がするりと下腹部をひと撫ですると、もう潤んでいる秘裂に滑り込んだ。

「それとも懐柔する自信があるからですか? 貴女は口での奉仕は一向に上達しませんが、ここは従順で物覚えがいいですからね……」
「それは貴方のが……!! ああっ……!!」

 咥えるだけで精一杯。カッとなって上げかけた抗議の声が、中に突き入れられた指の衝撃に翻る。いつもより性急なディランの仕草に、アメリアの胸は鋭く痛む。
 利息のために身体を開け渡す自分は、ディランにとって娼婦と大して変わらないのかもしれない。金のために寝る女。鋭く滲むディランの蔑みが苦しくてたまらなかった。

「あっ……ああ……やぁ……」

 痛む心とは裏腹にディランの指の動きに媚びて、身体は熱を帯び甘く媚びる嬌声を止められなかった。
 ぐちぐちと指で中をかき回される快楽と、潤んだ粘膜の卑猥な水音に煽られゾクゾクと身体が熱くなる。溢れて止まらない嬌声を上げさせられながら、指の動きに合わせて腰が揺れてしまう。

「俺はこの身体を隅々まで知り尽くし、散々味わっています。第二王子殿下に申し訳ないですね……」
「あっ……ああっ……ディラン! 私は……ああっ!!」

 容赦なく追い詰められながら、必死に否定しようとするアメリアに、ディランが青い目を剣呑に細めた。

「アメリアお嬢様。この身体に俺以外の手垢をつけるなら、今後の利息の受け取りは考えねばなりません。俺は商人なので。財政もまだ健全ではないのですから、商品価値を下げるのはよく検討された方がいいでしょう」
「ふっ……ああっ……あ、貴方だけ! 貴方にしか……ああああーーーー!!」

 堪えきれなくなった絶頂に悲鳴をあげて、弓形に弾んだ身体がゆっくりと弛緩していく。余韻に身体を震わせながら、涙でぼやける視界の先に、ディランの姿を探した。
 ディランにだけ。愚かにも嫉妬を堪えられずに、自ら想いを穢してしまっても。どうしようも求めているのは、信じられるのはたった一人。ディランだけ。小さく痙攣を繰り返すアメリアの肢体に、ディランが肌を押し付けてくる。

「あっ……」

 ゾクリと期待に肌が粟立ち、きゅうと切なく最奥が熱を持つ。思わず漏れた甘いアメリアの声に、ディランが薄く嗤った。
 
「まだ第二王子がいるかもしれないと言うのに、そのように声を上げて。聞かれてもいいのですか? どうやらお嬢様には貞淑な妻は務まりそうにありませんね」
「ちが……ディ、ラン……」
「何も違いませんよ。欲しいのでしょう? 欲しくてたまらないのでしょう?」

 ひたりと穂先を宛てがわれ最奥が引き絞られるように疼き、ぐずぐずに蕩けたソコが催促にヒクつき始める。それを揶揄うように穂先を擦り当てられて、甘く嬌声が翻る。

「こうして欲しくて、たまらないくせに!」

 意地悪く囁くディランの声にぶわりと瞳に涙が滲んだ瞬間、押し当てられていた丸みを帯びた楔が、じゅくじゅくと蜜に蕩けた肉壁を一刺しに貫く。

「ああーーーーー!!」

 甲高い悲鳴を上げて背を仰け反らせたアメリアの細腰を、ディランが力任せに引き寄せた。押し入った熱く煮立った肉杭が、間髪入れずに熱く蕩け切ったアメリアの中の蹂躙を開始した。

「ほら、いいか!? アメリア、これが欲しかったんだろ!?」

 熱く猛った肉杭で蕩けた肉壁を犯しながら、息を荒げるディランの言葉から理性が剥がれ落ちる。

「ああっ! いいっ!! ディラン! ディラン!」

 膣壁を押し広げながら、最奥を突き上げられる快楽に、アメリアが媚びた嬌声を響かせた。痴態を晒すアメリアを押さえつけ、激しく寝台を軋ませるディランが断罪するように声を荒げた。

「ここだろ? ここが好きなんだろ?」
「ああっ! いいっ! 好き! 好き! ディラン! ディラン!」

 最奥を抉るように押し上げる抽送に、理性を手放したアメリアが泣き声にも似た喘ぎで答える。

「アメリア、ここがそんなに好きか? アメリア!」
「あぁっ……好きぃ……ディラン……好きぃ……」

 貴方が、好き。脳をかき回されるような激しい抽送と、鮮烈に突き抜ける快楽に浸され、溢れ出る想いのままに喘ぎを溢す。
 今好きな男に抱かれている。求められている。悦びとなって湧き上がる想いを言葉にするたびに、うねるような歓喜に呼応するように膣壁が蠕動する。

「ぐっ……ああ! アメリア!!」
「ああっ! ディラン! ああああーーーー!!」
 
 快楽に忠実な獣のような激しい抽送に、ディランの切迫した叫びがアメリアを絶頂に押し上げた。一際強く引き締まったソコが、受け入れているディランを鮮明に感じ取る。極めたアメリアの身体がガクガクと痙攣した。

「アメリア! 出すぞ! アメリア!」

 その身体を押さえつけて、ディランが声を上げると最奥に打ちつけた肉杭から、熱い飛沫を飛び散らせた。

「あ……ああ、あぁ……」

 叩きつけられた灼熱を、アメリアがか細く声を漏らしながら受け止める。獣のように激しく繋がった興奮が、おさまりきらないようにディランが、息を荒げながらアメリアの肌に刻むように歯を立てる。緩やかに腰を揺らしてディランが、アメリアの中に吐き出した白濁を肉壁に擦り付けていく。
 呼吸が落ち着いてかけたアメリアに、ディランが吹き込むように囁きかける。

「……まだ休ませません。この程度では到底利息には足りませんよ」
「ディラン……」

 ごめんなさい。再び軋み出した寝台の上で揺らされながら、アメリアは汗を滴らせる逞しいディランの姿に涙を落とした。
 絶望の淵に立たされていたアメリアに、手を差し伸べてくれたたった一人の人。頻繁に足を運び誠実に、復興に尽力してくれていた。純粋な善意と誠意を、アメリアが台無しにしてしまった。
 それでもこうして腕の中に抱かれることに、悦びを感じてしまっている。求めることを止められない。そこにあるのが欲望だけであっても。
 債務を全て精算できたなら。その時はせめて伝えることだけは許されるだろうか。心から愛していることを。愛しているからこそ、抱かれていたのだ、と。
 最奥に吐き出された灼熱を受け止めながら、愛しい名前を呟いてアメリアはふわりと意識を手放した。

「アメリアお嬢様……」

 囁きかけたディランの声に、深い眠りに落ちたアメリアからの答えはない。晒されている細く白い首筋に赤く残る自分の歯形をそっとなぞる。たったそれだけで後悔は、すぐさま消え失せることに自嘲する。
 押し寄せてくる求婚者が、この痕を見つけてしまえばいい。求める白薔薇はすで手折られたのだと思い知ればいい。

「お嬢様……アメリア……」

 嫉妬を堪えきれなかった。わざと貶めどんなふうに、今貪りあっているか口にせずにいられなかった。
 弱みをつく卑怯な真似をしてでも、この身体に他の男に触れさせないよう脅さずにいられなかった。焦がれ続けた白薔薇が、奪われる恐怖が消えない。
 歯止めが効かなかったディランを、アメリアはどう思っただろう。
 恩義ある侯爵夫妻の一人娘を貶め、浅ましく身体を求め、負債を盾に脅す様を。指輪を渡せる未来を自ら遠ざける己の愚かしさに、ディランは唇を噛んだ。
 高貴で気品溢れる美しい第二王子。アメリアを求める男は、白薔薇に相応しい美貌と身分の者たちばかりだ。ディランなど近づくことも許されない。

「アメリア……」

 アメリアを目の前にすると、いつも衝動に突き動かされ踏みとどまれずにいる。少しでも想いを口にすれば、身分も弁えない浅ましい想いを知られれば、もう二度と触れることさえできなくなるかもしれない。
 それでも踏みとどまってみせたなら、その時は自分の愛をせめて聞いてもらうだけの余地は生まれるのだろうか。

「どうか、アメリア……」

 到底釣り合えない。それでも絶望のただなかに、アメリアを一人取り残したりはしない。アメリアへの想いだけは、誰が相手であっても劣ることはない。
 ディランの震える声は、押し殺した嗚咽にそのまま途切れた。訪れた沈黙に室内には、濃密な官能の余韻と物悲しい虚な気配が取り残される。
 
 困難と金銭的な繋がりがなければ芽生えなかった愛は、芽生えさせたものに立ち塞がれて今二人を深く惑わせている。

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