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隣国
しおりを挟む仕上げた仕事を携え、アルヴィナは歩き出した。
背の高い建物が隙間なく立ち並ぶ街並み。広大で肥沃な土地と、豊かな水源に恵まれたダンフィル王国で生まれ育ったアルヴィナにとって、リーベンの街並みは少し息苦しく感じる。
平民となって隣国に住むアルヴィナは、もう馬車で移動することもない。のんびり歩きながら、街灯に取り付けられた魔石の輝きを見上げた。
リーベンは魔道具と技術の国。魔石鉱山から採掘される魔石を採掘し、魔道具に加工して輸出している。街灯の魔石は太陽光を吸収して、日が落ちると吸収した光を放出する。
そうした一定の特徴を持つ魔石を、採掘加工し実用化することがリーベン国の主要産業だった。
隙間なく立ち並ぶ背の高い建物も、平地の少ない土地を最大限活用するための工夫だと、王妃教育で学んだ記憶がある。その加工技術の高さは建築にも生かされているのだろう。
(お父様が喜びそう……)
水を汲み上げる特質の魔石を利用した噴水。そこにかかる虹を見つめてアルヴィナは微笑んだ。父は魔道具好きで、リーベン国からの商団をいつも歓迎していた。きっとこの噴水を気に入ったはずだ。
農耕と畜産に特化したダンフィル王国と、リーベンの王族は友好的だった。
(まだ入国制限は解除されないのね……)
盛んな人の往来があった、ダンフィル王国は今は鎖国状態で、ほとんどの国との往来を認めていない。
(最大の友好国だったリーベンでさえ、まだ制限されてる。情勢は落ち着いたと報道されていたのに……)
数カ月前の新聞の記事を思い出す。今は断片的な情報しか手に入らず、祖国の状況は伺いしれない。
緑豊かな美しいダンフィル王国の景色を思い、郷愁に胸がじわりと痛んだ。
(でも国境が開放されても、戻る日は来ない……)
美しいダンフィルの光景を思い浮かべ、滲みそうになった目元を慌てて拭う。
郷愁を振り払うように足を早めて、アルヴィナは目的地に向かった。
※※※※※
大通りの一等地に店舗を構えるシルヴォロム商会の玄関ホールを抜け、総合案内の顔見知りに声を掛ける。
「受注していた翻訳原稿の受け渡しに来ました。」
「アルヴィナ様!こちらにおかけになってお待ちいただけますか?」
頷いてソファーに腰かける。もうダンフィル王国の公爵令嬢ではないのに、父と取り引きがあったことを知る者達は、アルヴィナに対して必要以上に丁重に接してくる。何度ももう平民なのだからと伝えてもやめてもらえないので、抵抗するのはやめてしまった。
「アルヴィナ嬢!お待たせしました!」
「商会長……」
満面の笑みで駆け寄ってくるのはシルヴォロム商会の会長。リーベン国一番の商会の会長が、平民の小娘を出迎える奇妙さにアルヴィナは苦笑した。
「どうぞこちらへ!ちょうど新作の焼き菓子が届いたところです。ぜひ、ご意見を聞かせてほしい。」
「……はい。」
アルヴィナとしては特別扱いが気まずくもあったが、父と友人関係であった商会長は、必要以上の世話焼きを一向にやめる気配がない。亡命に協力しリーベンでの生活基盤の世話、今は仕事の紹介までしてもらっている関係上、強く拒否することも難しかった。
「ああ、これは……ウォロックが言っていた通り、本当に丁寧な仕事ぶりだ。前回依頼した書評も大変好評だったそうですよ。」
「こちらこそありがとうございます。お世話になってばかりで……」
「新しい住まいはいかがですか?ご不便などあればすぐに言ってください。」
「もう十分良くしていただいています。これ以上は望むべくもありません。」
アルヴィナは慌てて両手を振った。父への友情か、過度な親切心が負担でもあった。向けられる親切心に十分な見返りを返すことはもうできない。
「いつまでも好意に甘えていられません。私はもう平民です。この地で自立して暮らしていかねばなりません。」
食堂に行けば食事が用意され、何も言わなくてもメイドが部屋をキレイに清掃してくれる。そういう生活は捨てたのだ。
頼れる両親ももういない。全てを自分で贖って生きていかなくてはならない。
そしてそうして生きていきたいとも思っていた。市井で暮らし始めて5年。贖罪するかのような日々。罪悪感は年月を重ねるほど深まる気がした。
「商会とのご縁で、普通よりずっと楽に暮らせていることも分かっています。
いつか商会のご厚意を受けなくても、自立して生きていけるようになろうと思ってるんです。」
「アルヴィナ嬢……寂しいことを言わないでください。貴女は私の娘のようなもの。いっそ息子と……いえ……ところでアルヴィナ嬢。これが何の魔石かお分かりですか?」
深く俯いたままのアルヴィナに、商会長はいい差した言葉を飲み込んだ。
「これは……保護石ですか?」
「そうです。よくおわかりですね。昨日掘り出されたばかりなんですよ。」
「すごいわ。覚醒前のものは初めて見ました。」
「数も出ない希少魔石の上に、王家の専有魔石ですからね。近日中に献上予定です。」
特別な性質を持つ希少魔石は、リーベン王族が専有する。王家が秘匿する方法でしか、魔石に秘められた特質を覚醒させられないという。
覚醒し加工された保護石は、ダンフィル王国の王宮で見たことはあるが、覚醒前の魔石を見るのは初めてだった。
「とても綺麗ですね。」
「ははっ。とはいえ覚醒前はただの石ころですがね。覚醒させれば透き通るような乳白色に輝くようになります。」
笑みを浮かべたアルヴィナに、嬉しそうに商会長は他の魔石も並べ始める。物珍しさに見入ってしまい、随分長居してしまっていた。
そろそろ帰ろうと腰を上げかけた時、慌てふためいて商会長の長男、ウォロックが駆け込んできた。
「良かった、アルヴィナ!まだ居てくれて。キロレス語の翻訳をお願いしたいんだ!」
渡された書類に目を通し、アルヴィナは目を見開いた。3枚の紙束にはキロレスからの不穏な通達が書き出されていた。
戦争に繋がりかねない通告に、アルヴィナの紙を持つ手が震えた。
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