クズ男と逃げた魚

宵の月

文字の大きさ
上 下
6 / 15

逃げた魚の回想録 後編

しおりを挟む

 「………忘れ物はない?」
 「うん!お母様ったら、それ聞くの何度目?」
 
 呆れたように眉を顰めるリリアナに、アスティは困ったように微笑んだ。

 「……お母様……」

 名残惜しさを旅支度の心配をして、見せないようにするアスティ。それよりもずっと素直にリリアナはアスティに抱きついた。離れ難いと抱きしめた腕に力がこもる。

 「………リリアナ……!!」
 「お母様……私、一生懸命お勉強するね。きっとお父様に誇れるような跡取りになる。だから心配しないで。」

 しっかりと抱きしめ返した母親の腕をそっと離して、リリアナは見送りに来ていたシスルを振り返った。
 毎日顔を出していたけれど、母娘の時間を邪魔しないようにすぐに帰っていた。あまり言葉を交わすこともなかった。
 父よりもスラリとした精悍な美青年。母と自分をいつも気にかけている、フラメルのお祖父様が母の側に選んだ人。

 「………シスルさん。フラメルのお祖父様から聞いています。私は貴方がどんな人かよく知りません。ですがフラメルのお祖父様が許したのなら信じられると思っています。」

 シスルを挑むようにリリアナは見つめた。まっすぐ向けられる瞳からシスルも目をそらさなかった。

 「母をお願いします。そばで支えて一人にしないでください。」
 「……リリアナ……」

 看病と祖母からの仕打ち。父が亡くなってから自分をめぐる争い。アスティはボロボロだった。一人にしたくない。それでも母は父のような後継者になることを望んでいる。リリアナも二人の娘としてそうでありたい。
 
 「フラメルのお祖父様が信じた貴方を信じます。」

 母が婚約者との不仲で苦しかったときに味方してくれたという祖父。今にも壊れて消えてしまいそうな母を、王都から離してここで療養できるようにしてくれた。その祖父が母を任せた人。

 「………アスティは守る。何があっても。一人にしない。」
 「……リリアナ……シスル……」
 「お母様、一人でいないで。心配なの。お祖父様の選んだ人なら信じられる。」

 少し前までの消えてしまいそうな、哀しそうな笑みを思い出し、リリアナは胸元をぐっと掴んだ。あんな辛そうな母を一人にはしておけない。

 《リリ。僕の宝物。お母様を頼んだよ》

 大好きな大好きなお父様が最後に残した言葉。父がリリアナが大好きだった優しく微笑む母の笑顔。少しだけ昔のように笑う母が見れたのは、祖父が選んだこの人が側にいたおかげだろう。
 側にいる間中ずっと母を見つめていたこの人が、母の笑顔を少しずつ取り戻してくれた。

 「母をお願いします。」
 「………リリアナ!」

 シスルがしっかりと頷くのを確かめて、リリアナは馬車に乗り込んだ。アスティの肩を抱いて支えるシスル。二人の姿が馬車の窓から遠ざかっていく。

 「フラメルのお祖父様が許した人だもの……。お父様、お母様は大丈夫よね?」

 もう見えなくなってもリリアナは、窓を見つめたまま呟いた。お母様が寂しくないといい。もうあんなふうに哀しく笑うことがないといい。そばであの人が守ってくれたらいい。

 「またすぐ会いに来るからね。」

 ようやく窓から視線を外して、アスティがリリアナに持たせてくれたクッキーに微笑みかける。抱きしめたくまのぬいぐるみが、優しく微笑んでくれた気がした。


※※※※※


 リリアナが王都へ戻って3日。ようやく笑みを見せるようになっていたアスティは、またぼんやりとすることが増えていた。

 「……アスティ……」

 窓の外を眺めるアスティを、シスルは窓から引き離すように抱き締めた。シスルの知らない母親の顔をしているアスティに、黒く渦巻く感情が胸にわだかまる。
 リリアナがマクエルが、かつては自分だけが占めていたアスティの心に居場所を作った。どんな激流を起こしても、それを押し流すことは誰にもできない。もう自分だけを想うアスティではない。
 クズだった代償はこれほど大きく、これほど苦しい。それでも離れられない。

 「………リリアナは大丈夫。俺も何かあったら必ず力になる。」

 アスティの大切なものだから。アスティが愛しているものだから。何でもする。そばにいられるなら。

 「………ありがとう、シスル……」

 やっと振り向いてくれたアスティに、シスルは笑みを浮かべる。きつく抱きしめて縋るようにアスティを見つめた。

 「……アスティ、結婚してほしい。今すぐじゃなくていい。気持ちが落ち着いたら考えてみてくれないか?」

 もうその心の全てを手に入れることはできない。それを認めるしかなかった。シスルにとって8年前のあの日から続く恋でも、アスティにとっては一度終わった恋。新たに始める恋だから。ならせめて、残りの全てを手に入れたい。

 「リリアナとも約束した。君を一人にしないって。」

 娘の名前にアスティが瞳を揺らした。アスティは結婚など考えていない。シスルの願いは届かなくても、リリアナのあの切実な想いならアスティは揺れる。

 「アスティ……愛してる。君を守って生きていきたい。その権利を俺に与えてほしい。」

 目に見える強固で確かな鎖が欲しい。リリアナのようにマクエルのように、アスティの心の特別な場所に居場所が欲しい。縛りつけたい。同じだけ縛られたい。

 「……アスティ……好きだ……愛してる……」

 繋ぎ止めるように抱きしめて深く口づける。聞いてしまった母娘の会話。アスティは幸せだった。マクエルを愛していた。当然のこと。それでもどうしてもその8年に嫉妬が募る。

 「アスティ……」
 「……んっ……はぁ………シスル……」

 口には出せない嫉妬を、煮えたぎる恋情に変えて、シスルはアスティの口内を舌でまさぐる。くちゅりくちゅりと響く音に煽られるまま、シスルはアスティを寝台に縫い止めた。

 「………シスル……んっ!」

 アスティの返事を拒むようにシスルは何度も口付ける。晒させた肌に手のひらを滑らせ、アスティの形をなぞる。もう一度失ったら生きてはいけない。もうきっと奇跡は起きない。

 「愛してる……愛してる……アスティ……愛してるんだ……」
 「………シス、ル……ん……ああっ………」

 首筋に鎖骨に乳房に舌を這わせながら、胸に湧き上がる悲愴なほどの想いをうわ言のように繰り返す。汗ばみはじめた肌に、絡めるように腕を回して抱き寄せたアスティに歯を突き立た。

 「………っ、ああっ!!」

 仰け反った白い頤を舐め上げながら、シスルはアスティの潤んだ秘裂に指を沈めた。

 「ふっ……あぁ……あっ……あっ……ああっ……」

 アスティの蛇腹の肉壁を逆撫でるように、指で擦ると甘くとろけた声が動きに合わせてこぼれ出る。絡みつく肉襞に逆らうたびに、ぷちゅぷちゅと潤んだ粘膜が音を立てる。

 「あっ!やぁ……あ……あぁ………ああっ!」

 腰が揺れ徐々に昇り詰め始めたアスティを見つめながら、シスルはそのままアスティの花芯をぬるぬると指の腹で撫で擦る。きゅうっと締め付けを増したアスティの中に、自身の下腹部にもゾクリと震えが走った。

 「アスティ、イクんだろ?」
 「ひっ!あっ!ああっ!あああーーーーー!!」

 吹き込んだシスルの声に反応するように、アスティが甘い嬌声をあげて、飲み込んだシスルの指を締め付けながら身体を弓なりにしならせ絶頂する。
 ぴくぴくと小さく痙攣するアスティから指を引き抜き、シスルはそのままアスティを一気に貫いた。

 「あっ!ああっ!!」
 「ふっ!ぐっ!!」

 達したばかりのアスティの締め付けは強烈で、引絞るような締付けの快楽をなんとかやり過ごす。それでも腰は止まらず、叩きつけるように何度も腰を穿つ。

 「アスティ!アスティ!」
 「ああっ!やっ!あっ!あっ!」

 鮮烈な快楽に理性が飛び、2度搾り取られてようやくかろうじて理性を僅かに取り戻した。

 「……アスティ……」

 汗で張り付いた髪をかきあげ、見下ろしたアスティを抱きしめる。薄っすらと目を開けたアスティに泣きたくなるような愛しさがこみ上げる。

 「アスティ……愛してる……」

 咥えこませたままの己が簡単に硬さを取り戻す。そのまま一番奥へ押し付けて、そこをこじ開けるように腰を揺らす。

 「あっ!やっ!シス、ル!やぁ!」
 「アスティ!アスティ!」

 神経が集まり酷くすると痛みを覚える最奥は、快楽に蕩けきっている。もうこじ開けるように押し付けられても、シスルの先端の刺激から閃光のような快楽だけを拾い始める。

 「うっ!ああっ!やっ!やぁ!!あぁ……あぁ……」
 「……あぁ……アスティ……」

 もっと奥へ、もっと深く。シスルの汗が隆起した筋肉の筋を伝って流れ落ちる。二人が繋がる結合部から撹拌された蜜と白濁が、ぶちゅぶちゅと音を立てて伝い落ちる。

 「ああっ!も、う……あぁ……あっ……あああーーーーー!!!」

 アスティの引きずり込むような締め付けと、絡みつく愛液を滴らせる肉襞の責め苦にシスルも絶頂する。こじ開けたその先の奥へ流し込むように、目眩がするような吐精の快楽に震える。

 「……アスティ……好きだ……愛してる……」
 
 切なげに掠れた声が、荒い呼吸を貪りながら切実な熱を帯びてアスティの鼓膜を震わせる。瞳は熱で潤み、惑うようにかすかに揺れている。

 「シスル……」

 シスルの頬に伸ばした手が優しく握られる。ああ、シスルはこんな瞳でこんな声で愛を語るのか。そっと微笑みを浮かべてアスティは目を閉じた。その唇に優しく口付けが落とされる。
 簡単には踏み出せない。まだ心を大きく占める人がいる。あの人をもう少し想っていたい。涙がするりと頬を伝う。
 それでもこの体温を拒めない程度にはとても寂しくて……。
 シスルが落とした唇の優しい感触に、祈るように吹き込まれる甘い睦言に、あの日粉々に砕け奥底にしまわれた恋心が、甘やかに震えたような気がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...