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卒業
その4 卒業 11
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「ワシにはあんまりようわからんけど」
僕は言った後、視線を彼女から柵の向こう側の市街の方に移した。
「その先は言わない方が良いんじゃないかな」
僕は言った後、再び視線を彼女の方に戻した。
「恐らくじゃけど、久々原さんが言おうとしとる事は、多分今ワシが聞きたくない事じゃ」
僕はそこまで言った後、次の言葉がすぐには出て来なかった。
「ワシが久々原さんと2人で話をするんはたぶん今日が最初で最後じゃろう。じゃけんワシは今この場所でアンタの辛そうな顔は見とうはないんじゃ」
僕はようやくそこまで言った後、気分が昂ってしまい思わず天を仰ぎ大きく息を吐いた。
「ワシにとっては今目の前におる久々原さんだけが、久々原さんの全てじゃけん。他には何にもありゃあせん」
僕は言った後、出来る限りの笑顔を作って彼女に向けた。
「刀根クン」
彼女はそれだけ言った後、黙って僕を見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「わかった。ありがとう」
彼女は言って小さく微笑んだ。
少し泣き出しそうな顔にも見えたけれど彼女が笑ってくれさえすれば、それで充分だった。
彼女の父親、山北棚原組の当時、若頭補佐だった久々原勇次がこの鷹野に久々原組の看板を出す事で山北棚原組、つまりは丸石組は念願の鷹野進出を果たす事が出来た。
しかし組長の久々原勇次は組の発足当初は刑務所の中で長い刑期を務めていたはずだ。
彼はその世界では有名で語り草にさえなっている〈山北戦争)と呼ばれる抗争中に起きた(夜汽車事件)の実行犯の一人だった。
いずれにした所でそれは僕らが生まれる前に起きた僕らには全く関係が無い筈のずっと昔の出来事だった。
僕らは夕暮れの迫る中、見納める様に市街を柵際から眺めた。
「ここを出て行く前に最後に刀根クンとちゃんと話をする事が出来て本当に良かったわ」
久々原が言った。
「ワシも久々原さんのお陰でずっと心の中に残っとったモンが一つ無うなったわ」
僕が答えた。
夕日に照らし出された神手川に架かった鉄橋を客車を牽いて走るデイーゼル機関車が長い汽笛を鳴らしながら渡って行くのがシルエットになって見えた。
「東京に行っても元気で頑張ってな」
彼女が微笑んで言った。
「久々原さんもお元気で」
僕も笑って答えた。
僕らはもうすぐ卒業を迎え、その後はしれぞれ新しい場所で新しい生活を始める事になっている。
そうなれば恐らくもう再び会う事は無いだろう。
だけど僕は今すぐ隣にいる彼女の横顔を見ながら今日彼女とこの場所から同じ景色を見ていた事はずっといつまでも忘れる事がないだろうと思った。
僕は言った後、視線を彼女から柵の向こう側の市街の方に移した。
「その先は言わない方が良いんじゃないかな」
僕は言った後、再び視線を彼女の方に戻した。
「恐らくじゃけど、久々原さんが言おうとしとる事は、多分今ワシが聞きたくない事じゃ」
僕はそこまで言った後、次の言葉がすぐには出て来なかった。
「ワシが久々原さんと2人で話をするんはたぶん今日が最初で最後じゃろう。じゃけんワシは今この場所でアンタの辛そうな顔は見とうはないんじゃ」
僕はようやくそこまで言った後、気分が昂ってしまい思わず天を仰ぎ大きく息を吐いた。
「ワシにとっては今目の前におる久々原さんだけが、久々原さんの全てじゃけん。他には何にもありゃあせん」
僕は言った後、出来る限りの笑顔を作って彼女に向けた。
「刀根クン」
彼女はそれだけ言った後、黙って僕を見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「わかった。ありがとう」
彼女は言って小さく微笑んだ。
少し泣き出しそうな顔にも見えたけれど彼女が笑ってくれさえすれば、それで充分だった。
彼女の父親、山北棚原組の当時、若頭補佐だった久々原勇次がこの鷹野に久々原組の看板を出す事で山北棚原組、つまりは丸石組は念願の鷹野進出を果たす事が出来た。
しかし組長の久々原勇次は組の発足当初は刑務所の中で長い刑期を務めていたはずだ。
彼はその世界では有名で語り草にさえなっている〈山北戦争)と呼ばれる抗争中に起きた(夜汽車事件)の実行犯の一人だった。
いずれにした所でそれは僕らが生まれる前に起きた僕らには全く関係が無い筈のずっと昔の出来事だった。
僕らは夕暮れの迫る中、見納める様に市街を柵際から眺めた。
「ここを出て行く前に最後に刀根クンとちゃんと話をする事が出来て本当に良かったわ」
久々原が言った。
「ワシも久々原さんのお陰でずっと心の中に残っとったモンが一つ無うなったわ」
僕が答えた。
夕日に照らし出された神手川に架かった鉄橋を客車を牽いて走るデイーゼル機関車が長い汽笛を鳴らしながら渡って行くのがシルエットになって見えた。
「東京に行っても元気で頑張ってな」
彼女が微笑んで言った。
「久々原さんもお元気で」
僕も笑って答えた。
僕らはもうすぐ卒業を迎え、その後はしれぞれ新しい場所で新しい生活を始める事になっている。
そうなれば恐らくもう再び会う事は無いだろう。
だけど僕は今すぐ隣にいる彼女の横顔を見ながら今日彼女とこの場所から同じ景色を見ていた事はずっといつまでも忘れる事がないだろうと思った。
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