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4章 子供たち
4-5 影Ⅲ
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(……ここは?)
目を覚ましたリムネロエは、辺りを見渡した。
薄緑の円形の床は、ざらりとした手触りだ。床の淵に沿うように並ぶは10本以上の柱。その1本1本が、月明かりのようにぼんやり発光している。
天井は影のように揺らぎ、存在が不確かだ。
床には他にも子供がいる。泣いている者、呆然としている者。まだ気を失っている者もいて、その中に姉の姿を認めた。
ヒュレアクラと念話を試みると、何か――おそらく結界に阻害されつつも少しは話せた。どうやらここは海底神殿の中央、地下深く。助けに向かってくれているようだが、難航しているらしい。
念話をやめた時、不意に気配を感じた。あの得体の知れない種族の気配。天井から染み出るように、それは姿を現した。
「そう警戒せず、眠っていれば良いものを」
「ぼくたちを、どうする気だ」
声が震えていた。悪い予感によって。
きっと良い答えは返ってこない。
「儀式の贄となってもらう。……子供には分かりにくいか。簡単に言うと、死んでもらうことになる」
予感は的中した。
(ぼくがしっかりしないと……皆を守らないと!)
剣に手をかける。
「ぼくは何としても儀式を邪魔する。邪魔されたくなければ、ぼくと戦え!」
時間を稼がなければ。
民を殺させはしない。
「良いだろう。時間はたっぷりあるからな」
(こいつ、侵入者に気付いていない……? それか、ここまでたどり着けないと思ってる?)
どちらにしろ、運が良い。
「先に、聞いておきたいことがある。本当は何の種族だ」
声の震えは止まっていた。
「……〈影〉とでも呼ぶが良い」
言うや否や、〈影〉は距離を詰めてきた。
瞬時に剣を抜き放ち、迫る棘を打ち払う。
〈影〉は体から茨を出した。しなる茨が幾本も、影を伝って襲い来る。
前、下、上、横、後ろ。突然現れ超高速で、数多の棘ごと絡みつこうと。
最初は避けたり斬ったり出来た。しかし茨は速度を増して、縦横無尽に駆け巡る。
下から出てきた茨を転がって躱した時、上から降ってきた茨が直撃。当たった茨の一撃が、防御魔法を削り取る。
「くっ」
走り回っても距離をとっても意味が無い。茨はどこからでも現れるのだ。
だんだん〈影〉も本気になってきたのだろう。
避けきれなくなってきた。幾度もかすり、少しずつ防御魔法が薄くなっていく。
「……!」
横から迫った茨を避けて、後ろに跳ぶとそこにも茨。
とうとう防御魔法が消えた。
前から茨が伸びてくる。剣で受けつつ横に跳ぶと、上下からも茨。転がって何とか躱したところに前からの茨がなお迫る。即座に立ち上がり、茨に剣を合わせた。斬ろうとした。
ふっと、前からの茨が消える。
「っ、しまっ……」
前のめりにバランスを崩したところに、後ろから、茨が。
避けられない。
「リムネロエ!」
ミューレの声と共に、体を衝撃が走る。押し倒されたと理解したのは、先ほどまで体のあった場所を茨が駆け抜けた後だった。
「お姉さま、いつの間に起きて……? お姉さま⁉」
「く、ぅ……っ、大丈夫よ、このくらい」
ミューレの背中には裂傷。茨の棘にかかっていた。
「リムネロエ、ごめんね……こんな姉で、ごめん……」
「え……?」
服に透明のしずくが染みる。それがミューレの涙だと、遅れて気付いた。
「わたし、何も知らずに好き放題して……全部、あなたたちに押し付けてた……」
「もしかして、ぼくの言ったこと聞いてた?」
こくりと頷くミューレ。その背後に影が迫る。
咄嗟にミューレをかばおうとした。
が。
「2人も同時に殺しては、儀式に支障が出てしまう」
〈影〉は困ったように言う。
「離れてくれないと戦いにくい」
(じゃあ、このままこうしてれば時間が稼げる……?)
そう思ったが、甘かった。
「戦うのはやめだ。そろそろ邪魔者を消して、儀式を始めよう」
〈影〉は呟いて、リムネロエへと手を伸ばす。
触れてはいない。しかし、それは着実にリムネロエを縛っていく。
不可視の茨。
びっしり付いた棘がリムネロエの体に食い込み、血をこぼれさせる。
「う……あ……」
ぎしりと音がして、呻き声が漏れた。ミューレは何が起こっているか分からず茫然としていた。
「にゃー!」
場違いな声が響く。〈影〉は驚き手を止めた。
「……? 〈飼い猫〉?」
駆け込んできたケットシーを見て、〈影〉は呟いた。
それを無視して、ケットシーはリムネロエに駆け寄る。
「大丈夫かにゃー⁉」
「っ、……うん、大丈夫」
苦し気な声を出すリムネロエ。その頭を労るようにしっぽでなで、ケットシーは言った。
「あとは任せろにゃー。安心して寝ていろにゃー」
この場にケットシーだけが来たのは、ヒュレアクラがリムネロエの危機を悟ったからだ。小さな体躯を活かし、人間が通れない近道で、先に来た。
ケットシーだけ来たところで、戦うことは出来ない。それでも、話し合うことは出来る。
「やっぱり、〈飼い猫〉だ!」
〈影〉は嬉しそうに言った。旧友との再会を喜ぶような声だ。
実際、〈影〉とケットシーは旧友と呼べる関係性であった。
「ここに来る途中で、全部思い出したにゃー。お前、どうしてこんなことしているにゃー。人間に危害を加えるようなやつじゃなかったはずにゃー」
ケットシーは、〈影〉を睨みつける。詰問するように。
「聞いてくれ、〈飼い猫〉。必要な犠牲なんだ。魔力量が多い子供の、血肉と新鮮な魂。これが、儀式に必要なんだ」
「……何の儀式にゃー。そんなものが必要な儀式なんて、やめてしまえにゃー」
この質問に〈影〉は答えず、代わりに語り始めた。
「自分はどうやら妖精の島の地中で長く眠っていたようでな。目覚めたのは、まあ、最近だ。妖精の島に古代の神剣が持ち込まれ、それがまき散らす力の影響で、目覚めることができた」
「……あの剣かにゃー」
ケットシーは呟いた。今、轍夜が持っている金色の剣。それが古代の神剣だったのだ。
「まずは悪魔に協力を仰いだ。自分の不死性を代償にして」
「にゃー⁉」
〈影〉はケットシー同様不死身であった。
「何のためにゃー⁉ そんなに力が必要だったのかにゃー⁉」
「そう。必要なんだ。それから、あちこち巡って呪具を集めた。これも儀式に必要だからだ」
「にゃー……」
ケットシーは口を挟むのを諦め、溜息を吐いた。
「その後、自分の力を補うために感情を食べた。普通より強引な食べ方をしたから、気絶させてしまったけど……さらうのに都合が良かった」
「……贄にするためにさらったのは分かったにゃー。けど、目的がさっぱり分からないにゃー」
「神を……〈海神〉を、復活させる」
「……!」
ケットシーは目を丸くした。
古代、世界には100柱ほどの神が存在していた。多くの神は下界の神殿で暮らしており、〈海神〉はこの海底神殿に住んでいた。ケットシーは、その神の飼い猫だった。〈影〉もまた、〈海神〉と共に暮らしていた。
今は唯一神が世界を支配している。最高神が他の神を滅ぼし、唯一神となったのだ。滅ぼされた神の力は数多の欠片となって飛び散り、呪具となった。
全ての呪具が神の力をもとに生まれた訳ではないが、呪具の半数以上はこうして生まれたのである。
「……〈海神〉の力を宿した呪具を集めたのかにゃー……でも、そんなことをしても、神は復活しないにゃー!」
通常、神は滅ぼされても数年経つと復活する。復活しないのは、最高神が天を支配し、復活を阻害しているからだ。
「分かっている。この儀式は、神を復活させる儀式ではない。この身に〈海神〉の力を宿し、天に昇るための儀式だ」
「馬鹿にゃー! 最高神に消されて終わりにゃー!」
この馬鹿な旧友の目を覚まさせなければならない。ケットシーはそんな使命感に襲われていた。
目を覚ましたリムネロエは、辺りを見渡した。
薄緑の円形の床は、ざらりとした手触りだ。床の淵に沿うように並ぶは10本以上の柱。その1本1本が、月明かりのようにぼんやり発光している。
天井は影のように揺らぎ、存在が不確かだ。
床には他にも子供がいる。泣いている者、呆然としている者。まだ気を失っている者もいて、その中に姉の姿を認めた。
ヒュレアクラと念話を試みると、何か――おそらく結界に阻害されつつも少しは話せた。どうやらここは海底神殿の中央、地下深く。助けに向かってくれているようだが、難航しているらしい。
念話をやめた時、不意に気配を感じた。あの得体の知れない種族の気配。天井から染み出るように、それは姿を現した。
「そう警戒せず、眠っていれば良いものを」
「ぼくたちを、どうする気だ」
声が震えていた。悪い予感によって。
きっと良い答えは返ってこない。
「儀式の贄となってもらう。……子供には分かりにくいか。簡単に言うと、死んでもらうことになる」
予感は的中した。
(ぼくがしっかりしないと……皆を守らないと!)
剣に手をかける。
「ぼくは何としても儀式を邪魔する。邪魔されたくなければ、ぼくと戦え!」
時間を稼がなければ。
民を殺させはしない。
「良いだろう。時間はたっぷりあるからな」
(こいつ、侵入者に気付いていない……? それか、ここまでたどり着けないと思ってる?)
どちらにしろ、運が良い。
「先に、聞いておきたいことがある。本当は何の種族だ」
声の震えは止まっていた。
「……〈影〉とでも呼ぶが良い」
言うや否や、〈影〉は距離を詰めてきた。
瞬時に剣を抜き放ち、迫る棘を打ち払う。
〈影〉は体から茨を出した。しなる茨が幾本も、影を伝って襲い来る。
前、下、上、横、後ろ。突然現れ超高速で、数多の棘ごと絡みつこうと。
最初は避けたり斬ったり出来た。しかし茨は速度を増して、縦横無尽に駆け巡る。
下から出てきた茨を転がって躱した時、上から降ってきた茨が直撃。当たった茨の一撃が、防御魔法を削り取る。
「くっ」
走り回っても距離をとっても意味が無い。茨はどこからでも現れるのだ。
だんだん〈影〉も本気になってきたのだろう。
避けきれなくなってきた。幾度もかすり、少しずつ防御魔法が薄くなっていく。
「……!」
横から迫った茨を避けて、後ろに跳ぶとそこにも茨。
とうとう防御魔法が消えた。
前から茨が伸びてくる。剣で受けつつ横に跳ぶと、上下からも茨。転がって何とか躱したところに前からの茨がなお迫る。即座に立ち上がり、茨に剣を合わせた。斬ろうとした。
ふっと、前からの茨が消える。
「っ、しまっ……」
前のめりにバランスを崩したところに、後ろから、茨が。
避けられない。
「リムネロエ!」
ミューレの声と共に、体を衝撃が走る。押し倒されたと理解したのは、先ほどまで体のあった場所を茨が駆け抜けた後だった。
「お姉さま、いつの間に起きて……? お姉さま⁉」
「く、ぅ……っ、大丈夫よ、このくらい」
ミューレの背中には裂傷。茨の棘にかかっていた。
「リムネロエ、ごめんね……こんな姉で、ごめん……」
「え……?」
服に透明のしずくが染みる。それがミューレの涙だと、遅れて気付いた。
「わたし、何も知らずに好き放題して……全部、あなたたちに押し付けてた……」
「もしかして、ぼくの言ったこと聞いてた?」
こくりと頷くミューレ。その背後に影が迫る。
咄嗟にミューレをかばおうとした。
が。
「2人も同時に殺しては、儀式に支障が出てしまう」
〈影〉は困ったように言う。
「離れてくれないと戦いにくい」
(じゃあ、このままこうしてれば時間が稼げる……?)
そう思ったが、甘かった。
「戦うのはやめだ。そろそろ邪魔者を消して、儀式を始めよう」
〈影〉は呟いて、リムネロエへと手を伸ばす。
触れてはいない。しかし、それは着実にリムネロエを縛っていく。
不可視の茨。
びっしり付いた棘がリムネロエの体に食い込み、血をこぼれさせる。
「う……あ……」
ぎしりと音がして、呻き声が漏れた。ミューレは何が起こっているか分からず茫然としていた。
「にゃー!」
場違いな声が響く。〈影〉は驚き手を止めた。
「……? 〈飼い猫〉?」
駆け込んできたケットシーを見て、〈影〉は呟いた。
それを無視して、ケットシーはリムネロエに駆け寄る。
「大丈夫かにゃー⁉」
「っ、……うん、大丈夫」
苦し気な声を出すリムネロエ。その頭を労るようにしっぽでなで、ケットシーは言った。
「あとは任せろにゃー。安心して寝ていろにゃー」
この場にケットシーだけが来たのは、ヒュレアクラがリムネロエの危機を悟ったからだ。小さな体躯を活かし、人間が通れない近道で、先に来た。
ケットシーだけ来たところで、戦うことは出来ない。それでも、話し合うことは出来る。
「やっぱり、〈飼い猫〉だ!」
〈影〉は嬉しそうに言った。旧友との再会を喜ぶような声だ。
実際、〈影〉とケットシーは旧友と呼べる関係性であった。
「ここに来る途中で、全部思い出したにゃー。お前、どうしてこんなことしているにゃー。人間に危害を加えるようなやつじゃなかったはずにゃー」
ケットシーは、〈影〉を睨みつける。詰問するように。
「聞いてくれ、〈飼い猫〉。必要な犠牲なんだ。魔力量が多い子供の、血肉と新鮮な魂。これが、儀式に必要なんだ」
「……何の儀式にゃー。そんなものが必要な儀式なんて、やめてしまえにゃー」
この質問に〈影〉は答えず、代わりに語り始めた。
「自分はどうやら妖精の島の地中で長く眠っていたようでな。目覚めたのは、まあ、最近だ。妖精の島に古代の神剣が持ち込まれ、それがまき散らす力の影響で、目覚めることができた」
「……あの剣かにゃー」
ケットシーは呟いた。今、轍夜が持っている金色の剣。それが古代の神剣だったのだ。
「まずは悪魔に協力を仰いだ。自分の不死性を代償にして」
「にゃー⁉」
〈影〉はケットシー同様不死身であった。
「何のためにゃー⁉ そんなに力が必要だったのかにゃー⁉」
「そう。必要なんだ。それから、あちこち巡って呪具を集めた。これも儀式に必要だからだ」
「にゃー……」
ケットシーは口を挟むのを諦め、溜息を吐いた。
「その後、自分の力を補うために感情を食べた。普通より強引な食べ方をしたから、気絶させてしまったけど……さらうのに都合が良かった」
「……贄にするためにさらったのは分かったにゃー。けど、目的がさっぱり分からないにゃー」
「神を……〈海神〉を、復活させる」
「……!」
ケットシーは目を丸くした。
古代、世界には100柱ほどの神が存在していた。多くの神は下界の神殿で暮らしており、〈海神〉はこの海底神殿に住んでいた。ケットシーは、その神の飼い猫だった。〈影〉もまた、〈海神〉と共に暮らしていた。
今は唯一神が世界を支配している。最高神が他の神を滅ぼし、唯一神となったのだ。滅ぼされた神の力は数多の欠片となって飛び散り、呪具となった。
全ての呪具が神の力をもとに生まれた訳ではないが、呪具の半数以上はこうして生まれたのである。
「……〈海神〉の力を宿した呪具を集めたのかにゃー……でも、そんなことをしても、神は復活しないにゃー!」
通常、神は滅ぼされても数年経つと復活する。復活しないのは、最高神が天を支配し、復活を阻害しているからだ。
「分かっている。この儀式は、神を復活させる儀式ではない。この身に〈海神〉の力を宿し、天に昇るための儀式だ」
「馬鹿にゃー! 最高神に消されて終わりにゃー!」
この馬鹿な旧友の目を覚まさせなければならない。ケットシーはそんな使命感に襲われていた。
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