蘇生チートは都合が良い

秋鷺 照

文字の大きさ
上 下
24 / 39
4章 子供たち

4-5 影Ⅲ

しおりを挟む
(……ここは?)
 目を覚ましたリムネロエは、辺りを見渡した。
 薄緑の円形の床は、ざらりとした手触りだ。床の淵に沿うように並ぶは10本以上の柱。その1本1本が、月明かりのようにぼんやり発光している。
 天井は影のように揺らぎ、存在が不確かだ。
 床には他にも子供がいる。泣いている者、呆然としている者。まだ気を失っている者もいて、その中に姉の姿を認めた。
 ヒュレアクラと念話を試みると、何か――おそらく結界に阻害されつつも少しは話せた。どうやらここは海底神殿の中央、地下深く。助けに向かってくれているようだが、難航しているらしい。
 念話をやめた時、不意に気配を感じた。あの得体の知れない種族の気配。天井から染み出るように、それは姿を現した。
「そう警戒せず、眠っていれば良いものを」
「ぼくたちを、どうする気だ」
 声が震えていた。悪い予感によって。
 きっと良い答えは返ってこない。
「儀式の贄となってもらう。……子供には分かりにくいか。簡単に言うと、死んでもらうことになる」
 予感は的中した。
(ぼくがしっかりしないと……皆を守らないと!)
 剣に手をかける。
「ぼくは何としても儀式を邪魔する。邪魔されたくなければ、ぼくと戦え!」
 時間を稼がなければ。
 民を殺させはしない。
「良いだろう。時間はたっぷりあるからな」
(こいつ、侵入者に気付いていない……? それか、ここまでたどり着けないと思ってる?)
 どちらにしろ、運が良い。
「先に、聞いておきたいことがある。本当は何の種族だ」
 声の震えは止まっていた。
「……〈影〉とでも呼ぶが良い」
 言うや否や、〈影〉は距離を詰めてきた。
瞬時に剣を抜き放ち、迫る棘を打ち払う。
 〈影〉は体から茨を出した。しなる茨が幾本も、影を伝って襲い来る。
 前、下、上、横、後ろ。突然現れ超高速で、数多の棘ごと絡みつこうと。
 最初は避けたり斬ったり出来た。しかし茨は速度を増して、縦横無尽に駆け巡る。
 下から出てきた茨を転がって躱した時、上から降ってきた茨が直撃。当たった茨の一撃が、防御魔法を削り取る。
「くっ」
 走り回っても距離をとっても意味が無い。茨はどこからでも現れるのだ。
 だんだん〈影〉も本気になってきたのだろう。
 避けきれなくなってきた。幾度もかすり、少しずつ防御魔法が薄くなっていく。
「……!」
 横から迫った茨を避けて、後ろに跳ぶとそこにも茨。
 とうとう防御魔法が消えた。
 前から茨が伸びてくる。剣で受けつつ横に跳ぶと、上下からも茨。転がって何とか躱したところに前からの茨がなお迫る。即座に立ち上がり、茨に剣を合わせた。斬ろうとした。
 ふっと、前からの茨が消える。
「っ、しまっ……」
 前のめりにバランスを崩したところに、後ろから、茨が。
 避けられない。
「リムネロエ!」
 ミューレの声と共に、体を衝撃が走る。押し倒されたと理解したのは、先ほどまで体のあった場所を茨が駆け抜けた後だった。
「お姉さま、いつの間に起きて……? お姉さま⁉」
「く、ぅ……っ、大丈夫よ、このくらい」
 ミューレの背中には裂傷。茨の棘にかかっていた。
「リムネロエ、ごめんね……こんな姉で、ごめん……」
「え……?」
 服に透明のしずくが染みる。それがミューレの涙だと、遅れて気付いた。
「わたし、何も知らずに好き放題して……全部、あなたたちに押し付けてた……」
「もしかして、ぼくの言ったこと聞いてた?」
 こくりと頷くミューレ。その背後に影が迫る。
 咄嗟にミューレをかばおうとした。
 が。
「2人も同時に殺しては、儀式に支障が出てしまう」
 〈影〉は困ったように言う。
「離れてくれないと戦いにくい」
(じゃあ、このままこうしてれば時間が稼げる……?)
 そう思ったが、甘かった。
「戦うのはやめだ。そろそろ邪魔者を消して、儀式を始めよう」

 〈影〉は呟いて、リムネロエへと手を伸ばす。
 触れてはいない。しかし、それは着実にリムネロエを縛っていく。
 不可視の茨。
 びっしり付いた棘がリムネロエの体に食い込み、血をこぼれさせる。
「う……あ……」
 ぎしりと音がして、呻き声が漏れた。ミューレは何が起こっているか分からず茫然としていた。

「にゃー!」

 場違いな声が響く。〈影〉は驚き手を止めた。
「……? 〈飼い猫〉?」
 駆け込んできたケットシーを見て、〈影〉は呟いた。
 それを無視して、ケットシーはリムネロエに駆け寄る。
「大丈夫かにゃー⁉」
「っ、……うん、大丈夫」
 苦し気な声を出すリムネロエ。その頭を労るようにしっぽでなで、ケットシーは言った。
「あとは任せろにゃー。安心して寝ていろにゃー」

 この場にケットシーだけが来たのは、ヒュレアクラがリムネロエの危機を悟ったからだ。小さな体躯を活かし、人間が通れない近道で、先に来た。
 ケットシーだけ来たところで、戦うことは出来ない。それでも、話し合うことは出来る。

「やっぱり、〈飼い猫〉だ!」
 〈影〉は嬉しそうに言った。旧友との再会を喜ぶような声だ。
 実際、〈影〉とケットシーは旧友と呼べる関係性であった。
「ここに来る途中で、全部思い出したにゃー。お前、どうしてこんなことしているにゃー。人間に危害を加えるようなやつじゃなかったはずにゃー」
 ケットシーは、〈影〉を睨みつける。詰問するように。
「聞いてくれ、〈飼い猫〉。必要な犠牲なんだ。魔力量が多い子供の、血肉と新鮮な魂。これが、儀式に必要なんだ」
「……何の儀式にゃー。そんなものが必要な儀式なんて、やめてしまえにゃー」
 この質問に〈影〉は答えず、代わりに語り始めた。
「自分はどうやら妖精の島の地中で長く眠っていたようでな。目覚めたのは、まあ、最近だ。妖精の島に古代の神剣が持ち込まれ、それがまき散らす力の影響で、目覚めることができた」
「……あの剣かにゃー」
 ケットシーは呟いた。今、轍夜が持っている金色の剣。それが古代の神剣だったのだ。
「まずは悪魔に協力を仰いだ。自分の不死性を代償にして」
「にゃー⁉」
 〈影〉はケットシー同様不死身であった。
「何のためにゃー⁉ そんなに力が必要だったのかにゃー⁉」
「そう。必要なんだ。それから、あちこち巡って呪具を集めた。これも儀式に必要だからだ」
「にゃー……」
 ケットシーは口を挟むのを諦め、溜息を吐いた。
「その後、自分の力を補うために感情を食べた。普通より強引な食べ方をしたから、気絶させてしまったけど……さらうのに都合が良かった」
「……贄にするためにさらったのは分かったにゃー。けど、目的がさっぱり分からないにゃー」
「神を……〈海神〉を、復活させる」
「……!」
 ケットシーは目を丸くした。
 古代、世界には100柱ほどの神が存在していた。多くの神は下界の神殿で暮らしており、〈海神〉はこの海底神殿に住んでいた。ケットシーは、その神の飼い猫だった。〈影〉もまた、〈海神〉と共に暮らしていた。
 今は唯一神が世界を支配している。最高神が他の神を滅ぼし、唯一神となったのだ。滅ぼされた神の力は数多の欠片となって飛び散り、呪具となった。
 全ての呪具が神の力をもとに生まれた訳ではないが、呪具の半数以上はこうして生まれたのである。
「……〈海神〉の力を宿した呪具を集めたのかにゃー……でも、そんなことをしても、神は復活しないにゃー!」
 通常、神は滅ぼされても数年経つと復活する。復活しないのは、最高神が天を支配し、復活を阻害しているからだ。
「分かっている。この儀式は、神を復活させる儀式ではない。この身に〈海神〉の力を宿し、天に昇るための儀式だ」
「馬鹿にゃー! 最高神に消されて終わりにゃー!」
 この馬鹿な旧友の目を覚まさせなければならない。ケットシーはそんな使命感に襲われていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...