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ご挨拶

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猫プロでは「待機室」と呼ばれる四畳半ほどの一室で、犬井はまだ呆けていた。
「私がアーニャ、こっちがターニャ。覚えてくださいね、犬井さん」
そう言って微笑む黒髪美女「アーニャ」の口元は艶かしい。
「アカンな、こいつも一発でアーニャに惚れたわ、どいつもこいつもなあ」
茶髪の「ターニャ」がプリプリ怒りながら早口でまくし立てている。
犬井は言葉もなかったが、とりあえず二人の美女の名を覚えた。
「犬井は何年目やねん? えらい若そうな感じやけど、バイトか?」
ターニャの茶色っぽい瞳が真っ直ぐに犬井の顔を見つめてくる。
「すみません犬井さん、ターニャこそ犬井さんに興味津々なようで」
「アホかアーニャ、余計なこと言うなや。ウチは犬井に聞いとんねん」
「いえ、社員です、一応。まだ駆け出しですけど……」
「そっか。えらい会社に入ってしもたな。しかも先生の担当ってなあ……」
「ターニャ、それ以上は……」
アーニャが制すると、ターニャは黙り込んだ。
「犬井さんは先生には挨拶されたことありますの?」
「いえ、まだです。きょ、今日はご挨拶と泊り込みということで……」
「あらそうですの。今日、先生はペン入れが不調でご機嫌斜めですわ」
どことなく暗い雰囲気のアーニャの表情に犬井は思わずたじろいだ。
「そやねん。でも若い新人担当が来たっつうたら気分変わるかもしれんよ」
「あ、あの。ご挨拶の際に注意することとかありますか?」
緊張が高まってしまった犬井は、ひとまずアドバイスを求めた。
「……特にありませんけど。言葉使いには気をつけたほうがいいでしょう」
「そやね、自分のことは『僕』言うたほうがええで。俺とかアカンで」
「そうですね、そういう言い方で首になった人がいましたね……」
「そうや、とりあえず自分は『下僕』やと思うとけば間違いないわ」
「それから先生の容姿について聞かれたら、うまく逃げてください」
(……? 逃げる?)
「半端にほめてもアカンし、けなすのは論外や。難しいねんホンマに」
「……あの、単行本に載っている写真。美人だと思うんですが」
「……えっ? ああ、あの写真ですか。あれは」
「あんなあ犬井。アレが先生のワケないやん。わからんか?」
(著者近影って、ウソだったのか……)
犬井が考え込むと、目の前のアーニャが妙にそわそわしていた。
「犬井は鈍いなあ、アレはアーニャの写真やで。見ろアーニャ照れとる」
そうしていよいよ、犬井は応接室にて先生に挨拶することになった。
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