夕日と白球

北条丈太郎

文字の大きさ
上 下
30 / 45
新たなる野球部

バッテリー間の秘密

しおりを挟む
 夏の大会で敗退した小船中学野球部は秋季大会へ向けて練習を始めた。キャプテンであるタンピンの方針はやはり守備力の強化であった。そして走塁技術の向上、スタミナ強化のための走り込みなど地味な練習を続けた。むろん打撃練習も行ったが、ほかの練習に比べると練習時間は少なめであった。部員たちは主な練習を終えると素振りやトスバッティングなどを各自でやった。
「どうやってもバッティングには波が出るんだ。でも守備と走塁には波もクソもねえんだ!」
 タンピンは練習中に何度もそう言った。タンピンを信じる部員たちは納得して練習に集中した。
 一方、バッテリーを組む太陽と夜空は制球力の向上のみを命じられていた。全体練習に加わるのは走り込みの際だけであった。太陽は軽々と走り込みをこなしたが、夜空は走り込みで皆に遅れた。夜空はキャプテンに怒鳴られたが自分のペースで走り込みを続けるだけだった。
 ……夜になると夜空は近所の寺院へ行き、太陽が来るのを待った。寺院の駐車場は広く、夜間照明のおかげで明るかった。そこで夜空と太陽の二人はバッテリー練習を毎晩のように行っていた。
「太陽は気付いてるだろ? 俺って走るのがダメなんだ。足が遅いのもあるけどさ、長距離走もダメなんだよな。その点キャッチャーは助かるよ。試合で一番走らなくていいポジションだからな。でもな、俺は走るのが嫌ってわけじゃねえんだ。そこだけはわかってくれ太陽」
 夜空は言い終わると太陽に近づいた。そして太陽だけに聞こえるよう、ミットを自分の口元に当てた。太陽はきょとんとしたが、夜空は小声で言った。
「……俺はな、生まれつき心臓が弱いんだ。誰にも言うなよ。お前だけ知っててくれればいい」
 そして二人はバッテリー練習を再開した。太陽がカーブを投げたとき、夜空は笑った。
「おい太陽! 変化球禁止だろ! アハハ! これも秘密だな! 俺は黙ってるぜアハハ!」
 やがて夜間照明は消され、二人はそれぞれの家に帰った。
しおりを挟む

処理中です...