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最終章
舞踏会の出来事~3
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踊りが終わった。エリゼル王太子から熱い眼差しで見つめられていたが、つと、視線をはずされ、何事もなかったかのように殿下はジュリアに優雅な一礼をして、歩き去ってしまった。そのまま、王太子は用がすんだとばかりに舞踏会を後にしてしまった。まるで何事もなかったように。先ほどの自分たちの会話を知るものはほとんどいないはずだ。
取り残されたジュリアは、呆然としていたが、さっとホールのカーテン脇へと引っ込んだ。まだ胸がドキドキしてしまう。
殿下から愛の告白をされてしまった。どうしよう、と、不安げに視線を彷徨わせていれば、いそいそジュリア目指してやってくる令嬢達が目に入った。
「なんてお似合いだったのでしょう」
感激するように口にする令嬢もいれば、殿下ととてもお似合いですわ。と、うっとりとした様子で感激している令嬢もいた。皆、リリー嬢の友人のようだ。元老院は、と言えば、近くの年配の紳士と何やら話し込んでいた。
リリーも今日はフォルティス様と長い時間お喋りが出来ると楽しみにしてきたのだ。憧れの女性を目の前にして、リリーのテンションは、今日は一段と高い。
「フォルティス様、いえ、マクナム様とお呼びしたほうがよろしいかしら?本当に素敵でしたわ」
リリーが頬を染め嬉しそうにジュリアに纏わり付く。
「まだフォルティスで結構ですよ。リリー様」
(はうんっ。なんて、素敵なの。フォルティス様っ)
その微笑みが素敵で、リリー嬢も嬉しそうに笑った。今日のフォルティス様は、淡い水色の衣装を纏い、とてもよく似合っている。ドレス姿になると、すごく高貴な貴婦人のように見える。
彼女が、そっと頬を染めて潤んだ目で自分を見上げる姿が、とても可愛らしいなとジュリアは思った。
「リリー様のその花のような桃色のドレスもよくお似合いで可愛らしく見えますね」
とジュリアが微笑み返せば、他の令嬢もちょっと悔しそうで黙ってはいない。
「フォルティス様、舞踏会ではお姉様とお呼びしてもよろしくて?」
「あら、狡い。私もお姉様とお呼びしたかったのに」
「舞踏会では、騎士の職務を離れていますからね。お好きなように呼んでいただいて結構ですよ」
にっこりと微笑むジュリアに令嬢たちは確信した。
「ふふ、今日の舞踏会では、きっとお姉様に、紫月のお誘いが後を絶たなくてよ?」
したり顔で、一人の令嬢が言えば、他の令嬢達もそうだそうだと頷いた。一人の令嬢が心配そうにジュリアに言った。
「お姉様、決して、決して、心を決めた殿方以外の方をファーストネーム呼びしてはなりませんわ」
「ええ。うっかり、ファーストネームで呼んでしまったら、後々、俺の女呼ばわりされてしまって、実に厄介ですの」
「私もそれでどれだけつきまとわれて嫌な思いをしたことか」
「そうなのですね。気をつけます。ご忠告ありがとう」
そうして令嬢達が予言した通り、ジュリアの前には、花に群がる蝶のごとく、次から次へと貴族の子息達がやってきたのだ。
「アンリ・ルノーブル伯爵です。どうぞ、よろしくお願いします。どうか、アンリとお呼びください。アンリと」
「どうか私に貴女をエスコートする栄誉をお与えください。エドワードと呼んでいただければ、どこにでもお供させていただきますよ」
「ウィリアム・ノルマン子爵です。どうか、ウィリアムとお呼び下さい」
ジュリアは目の前の男達がどいつもこいつも同じことを口にするので、少しウンザリしてしまっていた。どうしてこう貴族の男達は、自分のファーストネームを連呼するのか。
(一旦、そいつの名前をファーストネーム呼びしたら、恋人認定されてしまうなんて。貴族社会、おそるべし・・・)
君子危うきに近寄らず、のはずが、危うい奴らがジュリアに勝手に近づいてくるのだから仕方が無い。拳で地面に沈める訳にもいかない。何しろ、相手は貴族なのだから。
仕方なく、ジュリアは、顔に貼り付けたような作り笑いを浮かべながら、根気よく対応しなければならなかった。
注意深く、絶対に、絶対に、相手のファーストネーム呼びをしないように、念には念をいれた。うっかり、その男のファーストネーム呼びをしたら、後々、大惨事につながりそうだ。
「ええ、ノルマン子爵様、どうぞ、お見知りおきを」
「どうか、ウィリアムとお呼びください」
しつこい男は、にっこりと美しい笑みを浮かべるので、ジュリアも負けてはなるものかと、嫌みな程に、相手の家名を連呼する。ジュリアの負けん気は相当なものなのである。
「まあ、そんなノルマン子爵家のご息子を名前でなどお呼びできませんわ。ノルマン子爵様」
「私の屋敷の庭はとても素敵なのですよ。ぜひ一度、お越しになられてはいかがですか?」
男はさらに熱い眼差しで迫ってくる。庶民育ちの女など軽いと思ったか。
(だから、しつこいって! お前の庭なんか絶対に見にいくか、この馬鹿者!)
脳筋ジュリアの心の声は残念ながら伝わらない。根性で家名で呼び続け、一人倒してはまた一人と、終わりのない剣術の鍛錬をしているような気にさえなる。
一体、これ、いつまで続くんだと、ジュリアもさすがに遠い目をして現実逃避に走りそうになった・・・いや、そんな現実逃避をしる間に、うっかり、相手の名を呼んでしまったら最悪だ。普段ならマークを盾にして、逃げる手もあるのだが、残念なことに、ここにはマークもいない。
庭を見るのも、ファーストネーム呼びをするのも、ジョルジュだけで沢山だ。
「ほ、ほ、ほ。モテモテじゃの。マクナム伯爵」
「黙って見てるだけだったら、からかわないでくださいな。元老院様」
「この老いぼれの出る幕じゃなかろうて」
「嫌がってるのがわかりませんか?」
「多少は天秤にかけて楽しんでも罰はあたらんぞ? 先ほども殿下に熱く言い寄られておったろうに」
呆れたように言う元老院にジュリアは言葉も出なかった。他の賓客と話し込んでいるように見えたのに、こちらの状況がバレバレだったとは。
すこし顔色を青くしたジュリアに、老人は言った。
「安心せい。他のボンクラどもは気がついてはおらんぞ」
「殿下にくどかれても困るのです」
「ほれ、また一人、お前さんにたかる蝶がやってきたぞ」
「元老院様、なんて不届きなっ」
「お前さんも、ほんに固いの。父親そっくりじゃ。男くらい天秤にかけるくらいの器用さをみせんか」
元老院が呆れたような顔をしていると、また一人、どこかの貴公子がジュリアの前にやってきた。
「カール・ルセーヌ侯爵と申します」
「おお、これはルセーヌ侯爵。評議員の時はどうも」
「元老院様、どうもお久しぶりです。我が姫のエスコートをされる貴方が実に羨ましい」
「ルセーヌ侯爵、初めまして」
姫ってなんだ? 不思議に思いながらも、ジュリアもとりあえずは礼をとった。
「初めまして・・・ではないのですがね」
ぼそっと呟く男の声はジュリアには聞こえなかった。
「お前さんの爵位継承の件で、ルセーヌ侯爵が強く周囲を押してくれたのだぞ」
「そうでしたか。ご協力、誠にありがとうございました」
ジュリアが礼を言えば、侯爵は、ここぞとばかりにポーズをとった。ジュリアの手をそっと取り、実に優雅な仕草で礼をとる。
それを眺めていた周りの令嬢も、ほうっと感嘆のため息をつく。ルセーヌ侯爵様もなんて素敵な方なのかしら。その中身がとても残念なことを知っているのは、マーク・エリオットのみだったのだが。
「どうか、カールとお呼びください。我が女神」
ルセーヌ侯爵は、決めポーズを作った。これで落ちない女はいないはず・・・だ。自分は決して醜男ではない。優雅な所作で、ジュリアの手をとり、その甲に唇を落とそうとした時だった。
「ジュリア、遅くなってすまなかったね」
ファーストネームで彼女を呼ぶ声は男らしく力強い。その声の主は端正な顔立ちに、すらっとした長身の男性だった。艶やかな黒髪は後に綺麗になでつけられ、端正で男らしい顔立ちが否応なく人の目を引く。
堂々とした彼の所作は、否応なく人の目を惹きつけ、そして、見る者を威圧する強さがあった。
王族と王族に準じる格の高い貴族だけが許される黒の長衣。胸元には見事な細工を施された青い宝石が存在感を際立たせていた。それはジュリアの瞳と同じ色をしている。紺碧の海と同じ青。そして、その男は、とても堂々としていて、溌剌とした覇気が全身からあふれ出ていた。彼が只者ではないことは誰の目にも明らかだ。
第17代公爵家当主 ジョルジュ・ガルバーニ
闇の王家とも呼ばれている名家中の名家の当主が、長い歴史の中で、初めて表舞台に姿を現した瞬間だった。
取り残されたジュリアは、呆然としていたが、さっとホールのカーテン脇へと引っ込んだ。まだ胸がドキドキしてしまう。
殿下から愛の告白をされてしまった。どうしよう、と、不安げに視線を彷徨わせていれば、いそいそジュリア目指してやってくる令嬢達が目に入った。
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リリーも今日はフォルティス様と長い時間お喋りが出来ると楽しみにしてきたのだ。憧れの女性を目の前にして、リリーのテンションは、今日は一段と高い。
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リリーが頬を染め嬉しそうにジュリアに纏わり付く。
「まだフォルティスで結構ですよ。リリー様」
(はうんっ。なんて、素敵なの。フォルティス様っ)
その微笑みが素敵で、リリー嬢も嬉しそうに笑った。今日のフォルティス様は、淡い水色の衣装を纏い、とてもよく似合っている。ドレス姿になると、すごく高貴な貴婦人のように見える。
彼女が、そっと頬を染めて潤んだ目で自分を見上げる姿が、とても可愛らしいなとジュリアは思った。
「リリー様のその花のような桃色のドレスもよくお似合いで可愛らしく見えますね」
とジュリアが微笑み返せば、他の令嬢もちょっと悔しそうで黙ってはいない。
「フォルティス様、舞踏会ではお姉様とお呼びしてもよろしくて?」
「あら、狡い。私もお姉様とお呼びしたかったのに」
「舞踏会では、騎士の職務を離れていますからね。お好きなように呼んでいただいて結構ですよ」
にっこりと微笑むジュリアに令嬢たちは確信した。
「ふふ、今日の舞踏会では、きっとお姉様に、紫月のお誘いが後を絶たなくてよ?」
したり顔で、一人の令嬢が言えば、他の令嬢達もそうだそうだと頷いた。一人の令嬢が心配そうにジュリアに言った。
「お姉様、決して、決して、心を決めた殿方以外の方をファーストネーム呼びしてはなりませんわ」
「ええ。うっかり、ファーストネームで呼んでしまったら、後々、俺の女呼ばわりされてしまって、実に厄介ですの」
「私もそれでどれだけつきまとわれて嫌な思いをしたことか」
「そうなのですね。気をつけます。ご忠告ありがとう」
そうして令嬢達が予言した通り、ジュリアの前には、花に群がる蝶のごとく、次から次へと貴族の子息達がやってきたのだ。
「アンリ・ルノーブル伯爵です。どうぞ、よろしくお願いします。どうか、アンリとお呼びください。アンリと」
「どうか私に貴女をエスコートする栄誉をお与えください。エドワードと呼んでいただければ、どこにでもお供させていただきますよ」
「ウィリアム・ノルマン子爵です。どうか、ウィリアムとお呼び下さい」
ジュリアは目の前の男達がどいつもこいつも同じことを口にするので、少しウンザリしてしまっていた。どうしてこう貴族の男達は、自分のファーストネームを連呼するのか。
(一旦、そいつの名前をファーストネーム呼びしたら、恋人認定されてしまうなんて。貴族社会、おそるべし・・・)
君子危うきに近寄らず、のはずが、危うい奴らがジュリアに勝手に近づいてくるのだから仕方が無い。拳で地面に沈める訳にもいかない。何しろ、相手は貴族なのだから。
仕方なく、ジュリアは、顔に貼り付けたような作り笑いを浮かべながら、根気よく対応しなければならなかった。
注意深く、絶対に、絶対に、相手のファーストネーム呼びをしないように、念には念をいれた。うっかり、その男のファーストネーム呼びをしたら、後々、大惨事につながりそうだ。
「ええ、ノルマン子爵様、どうぞ、お見知りおきを」
「どうか、ウィリアムとお呼びください」
しつこい男は、にっこりと美しい笑みを浮かべるので、ジュリアも負けてはなるものかと、嫌みな程に、相手の家名を連呼する。ジュリアの負けん気は相当なものなのである。
「まあ、そんなノルマン子爵家のご息子を名前でなどお呼びできませんわ。ノルマン子爵様」
「私の屋敷の庭はとても素敵なのですよ。ぜひ一度、お越しになられてはいかがですか?」
男はさらに熱い眼差しで迫ってくる。庶民育ちの女など軽いと思ったか。
(だから、しつこいって! お前の庭なんか絶対に見にいくか、この馬鹿者!)
脳筋ジュリアの心の声は残念ながら伝わらない。根性で家名で呼び続け、一人倒してはまた一人と、終わりのない剣術の鍛錬をしているような気にさえなる。
一体、これ、いつまで続くんだと、ジュリアもさすがに遠い目をして現実逃避に走りそうになった・・・いや、そんな現実逃避をしる間に、うっかり、相手の名を呼んでしまったら最悪だ。普段ならマークを盾にして、逃げる手もあるのだが、残念なことに、ここにはマークもいない。
庭を見るのも、ファーストネーム呼びをするのも、ジョルジュだけで沢山だ。
「ほ、ほ、ほ。モテモテじゃの。マクナム伯爵」
「黙って見てるだけだったら、からかわないでくださいな。元老院様」
「この老いぼれの出る幕じゃなかろうて」
「嫌がってるのがわかりませんか?」
「多少は天秤にかけて楽しんでも罰はあたらんぞ? 先ほども殿下に熱く言い寄られておったろうに」
呆れたように言う元老院にジュリアは言葉も出なかった。他の賓客と話し込んでいるように見えたのに、こちらの状況がバレバレだったとは。
すこし顔色を青くしたジュリアに、老人は言った。
「安心せい。他のボンクラどもは気がついてはおらんぞ」
「殿下にくどかれても困るのです」
「ほれ、また一人、お前さんにたかる蝶がやってきたぞ」
「元老院様、なんて不届きなっ」
「お前さんも、ほんに固いの。父親そっくりじゃ。男くらい天秤にかけるくらいの器用さをみせんか」
元老院が呆れたような顔をしていると、また一人、どこかの貴公子がジュリアの前にやってきた。
「カール・ルセーヌ侯爵と申します」
「おお、これはルセーヌ侯爵。評議員の時はどうも」
「元老院様、どうもお久しぶりです。我が姫のエスコートをされる貴方が実に羨ましい」
「ルセーヌ侯爵、初めまして」
姫ってなんだ? 不思議に思いながらも、ジュリアもとりあえずは礼をとった。
「初めまして・・・ではないのですがね」
ぼそっと呟く男の声はジュリアには聞こえなかった。
「お前さんの爵位継承の件で、ルセーヌ侯爵が強く周囲を押してくれたのだぞ」
「そうでしたか。ご協力、誠にありがとうございました」
ジュリアが礼を言えば、侯爵は、ここぞとばかりにポーズをとった。ジュリアの手をそっと取り、実に優雅な仕草で礼をとる。
それを眺めていた周りの令嬢も、ほうっと感嘆のため息をつく。ルセーヌ侯爵様もなんて素敵な方なのかしら。その中身がとても残念なことを知っているのは、マーク・エリオットのみだったのだが。
「どうか、カールとお呼びください。我が女神」
ルセーヌ侯爵は、決めポーズを作った。これで落ちない女はいないはず・・・だ。自分は決して醜男ではない。優雅な所作で、ジュリアの手をとり、その甲に唇を落とそうとした時だった。
「ジュリア、遅くなってすまなかったね」
ファーストネームで彼女を呼ぶ声は男らしく力強い。その声の主は端正な顔立ちに、すらっとした長身の男性だった。艶やかな黒髪は後に綺麗になでつけられ、端正で男らしい顔立ちが否応なく人の目を引く。
堂々とした彼の所作は、否応なく人の目を惹きつけ、そして、見る者を威圧する強さがあった。
王族と王族に準じる格の高い貴族だけが許される黒の長衣。胸元には見事な細工を施された青い宝石が存在感を際立たせていた。それはジュリアの瞳と同じ色をしている。紺碧の海と同じ青。そして、その男は、とても堂々としていて、溌剌とした覇気が全身からあふれ出ていた。彼が只者ではないことは誰の目にも明らかだ。
第17代公爵家当主 ジョルジュ・ガルバーニ
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