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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動

想定外~2

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「おい、デイル、ほら火をおこしたぞ」

「ああ、エリオットさん、すんません」

三人は、野営の準備をテキパキと進めていた。いや、実際には、二人だ。マークが火をおこし、デイルは調理担当だ。ジュリアは当然、団長だったのだから、何もしなくていい。

実際は、ジュリアがあまりにも不器用なので、二人はむしろ何もしてもらわないほうが有り難いと言う本音は別にしておいて・・・

すでに日はとっぷりと暮れてしまっていた。串に刺した肉を火であぶり出す。香ばしい香りを立ちこめさせながら、じゅうじゅうと肉が焼ける様子を、三人は楽しそうに眺めていた。

「だ・・いや、ジリア様、お召し上がりください」

デイルが、皿の上に肉をのせ、ジュリアに差し出す。

「ああ、デイルありがとう」

ジュリアが皿を受け取り、豪快に肉にかぶりつく。その横に置いてあったエールをこれまた漢らしく、ぐいっと飲み干す。

「やっぱり、デイルが焼いた肉は美味いな」

マークも、その横で料理に舌鼓をうつ。

そんなマークに、ジュリアは、そうだろう?という視線を向ける。

「こいつは、戦闘もからっきしだし、調子ばっかりいい奴だと思っていたが、料理だけは美味いんだ」

そのために連れてきたようなものだとジュリアは笑う。

「・・・まあ、悪い選択ではないと思うがな」

「そりゃそうだ。だって、マークが作った料理なんて、最悪だからな」

へらっと笑うジュリアの横で、デイルが得意げな顔をする。

「そうっすよ。俺のように料理が美味い男は騎士団の中で貴重な人材でしょ!」

そんなデイルの額をマークがぺしっと叩く。

「あ、いてえ、何すんですか!」

「ヘラヘラ笑うな。そんな暇があったら、剣技を磨け」

「まあ、マーク、そんなに目くじらたてなくっても」

あくまでもジュリアはデイルの肩を持つ気らしい。横目で溜息をつくマークを尻目に、ジュリアは真面目な顔でデイルに言う。

「ただ、騎士団にいる以上、剣が上達しないと命に関わる。ここにいる間に稽古をつけてやってもいいけど?」

「い、いえいえ。滅相もない。ジリア様のお手を煩わせるなんて・・・」

「じゃあ、俺が稽古をつけてやる。帰る頃にはいっぱしの騎士になってもらうと困・・・」

ジュリアが咄嗟にマークの言葉を遮った。

「しっ、マーク。何か物音が聞こえるぞ」

その聞き慣れた音を三人が聞き逃すはずがない。それは、確かに微かではあったあ、剣が交わる音だった。

その途端に、三人は騎士の厳しい顔に戻り、咄嗟に横に置いていた剣を掴む。急いで、たき火の炎を足でもみ消し、剣をするりと引き抜き、木の陰に隠れた。統制の取れた騎士団の騎士達の行動は素速い。

木陰に隠れたジュリアとマークは、剣を構えながら、お互いに視線を交す。マークが、声のする方向を同定して、指でジュリアとデイルに示す。

その方向から、確かに剣が交わる音と共に、誰かが地面に激しく突っ込む音も聞こえた。誰かが、剣で戦っているようだった。

(賊か?)

マークがジェスチャーでジュリアに合図を送ると、ジュリアはマークに頷いた。

(どうもそうらしい。回り込んで、賊を捕らえるか)

デイルとマークは、剣を手に賊の左右から挟みうちにして、正面からジュリアが切り込む作戦に出ることにした。

二人がそれぞれの方向に散り、木陰に消えたのを確かめ、ジュリアは正面からその方向へと進む。
そして、思った通り、賊とおぼしき者たちが、旅人を襲っているのを確認した。

「お前達、それが盗賊行為だと分かってのことなんだろうな?」

ジュリアは木陰から姿を現すと同時に、盗賊に声をあげた。

襲われていた旅人は男ばかりのグループだったが、一人の若い男を守るかのように戦っている。

一瞬、ジュリアの登場にぎょっとした盗賊たちは、ジュリアが一人だと思ったのだろう。にやけた笑いをジュリアに向けた。

「綺麗な顔して、いい度胸してるじゃないか。兄さんよぉ。同じ北の旅人どおし、仲良くってか?ひひ、おもしれえ」

そんな盗賊に、ジュリアは、にやりと度胸のある好戦的な笑みを向けた。

「今なら、見逃してやるが、どうする?怪我しないうちに逃げたほうが身のためだぞ」

ジュリアの蒼い瞳が、猛々しい光を放つ。王立騎士団で働いていたジュリアに、ただの盗賊がかなう訳がないのだ。

「君、危ないから引っ込んでいなさい!」

木の下で、男たちに護られるように囲まれていた若い男が、顔色を変えてジュリアに警告する。

「大丈夫。治安を乱すものは、この領地では許されん」

「へ、兄ちゃん、いい度胸してんな。じゃあ、兄ちゃんから血祭りに上げさせてもらうぜ」

盗賊の数人がジュリアへと剣を振り上げ襲い掛かってくる。

馴染みのある感覚が久しぶりだったので、ジュリアは嬉しくなってにやりと笑う。ジュリアの視線の端には、すでに盗賊の背後に回ったマークとデイルの姿が見えた。背後から襲うなど、正当なマクナム騎士団から言えば、あり得ない汚い手であるが、辺境の騎士団では、それもよし、なのだ。

─ だって、勝てばいいのだから。

「多勢に無勢だ。怪我をする前に逃げなさい」

旅人を護っていた警護の人間が警告を発した。そんな男たちに、ジュリアは、ふふと薄く笑う。

「ぞうぞご心配なく」

「何をちゃらちゃら言ってやがんだ。お前みたいなのは一発で地面に沈めてやる」

そう言い放った男は、一発でジュリアに沈められた。

「ぐおっ」

「き、君は一体、どういう腕を・・・」

旅人の護衛が驚いた声をあげた瞬間、彼らの背後から姿を現したのはマークとデイルだった。

「まあ、加勢はそいつだけじゃないけどな」

賊は三方から囲まれ、じりじりと中央へと寄せ集められていた。

「おい、俺達も賊を囲め!」

旅人が護衛に命令を出せば、彼らもジュリアに加勢した。そして、囲まれ盗賊は既に逃げ場を失った。

「残念だな。お前達。タイミングが悪かったな」

ジュリアは、相手を軽く睨み付けながら、じりじりと間合いを詰める。

「あ、アニキ、こいつら、ただの旅人じゃねぇ。プロの傭兵だ」

誰に囲まれたのか、ようやく気づいた盗賊は血の気が失せた顔をしていたが、もう遅い。

「俺達の夕飯時を邪魔したんだ。お前達、覚悟しとけよ」

マークの言葉には、凄みがある。そこからの展開は、もう赤子の手をひねるよりも簡単だった。



そうして、数十分後、たき火を囲んで、食事にありついている集団がいた。ジュリアと、旅人の一団だ。

三人がたき火をしている場所に旅人たちも陣取り、彼らが持ってきた食料を融通してくれた。エールと肉しかないジュリアたちの食卓と違って、旅人たちが持ってきた食料はバラエティーに富む。

果物や、野菜、それにふかふかのパンやスープなどもあっと言う間に、三人の前に出された。その手際のよさに、ジュリアは目を丸くして眺めているしかない。

そうして、豪華な食事を堪能しながら、いかつい護衛の男が感心したように口を開く。

「驚きました。あっと言う間に、賊を退治してしまった腕前には感服です」

その木訥な物言いの中に、自分への尊敬の響きが込められているのを、ジュリアは好ましい気持ちで聞いていた。

「こいつは・・・ファレスは、滅多に相手を褒めないんだが、珍しいこともあるものだね?」

商人風の若旦那が言えば、ファレスと呼ばれた護衛は、心外だと言わんばかりの顔をする。

「ジーク様、私は、相手の能力を適切に評価しているだけですよ」

さっき、護衛に護られていた男は、ジークと名乗った。そんな旅人たちに、ジュリアは何気なく訊ねる。

「あなた方も、ダリージオへと向っているんですか?」

「・・・ええそうです。途中の崖崩れで迂回路を余技なくされておりますが」

ジークの口調は、旅人には不釣り合いなくらい丁寧だ。その様子から、彼が育ちのいい男であると、ジュリアは見抜いていた。

「手助けいただいて、本当に感謝します。我々だけでは、いくら盗賊とは言え、あれだけの人数を対応するのは難しかったでしょう」

「いや、怪我がなくてよかったですね。今、道中は、迂回路をいく旅人を狙って盗賊が多発しているようですから」

そう言ったのは、マークだった。道の情報はマークが一番詳しいのだ。

「そうですか。それは大変ですね。私もこんな状況を予想しておらず、護衛の人数を最小限で旅に出てしまって」

「昨今、この辺りの治安情勢はすっかり悪化してしまったそうです」

そんなジュリアたちにジークは驚いた顔をする。

「それを知っていながら、たった三人で野宿されているのですか?」

「ええ。まあ、私たちは大丈夫なので」

腕に対する自信を彼らは感じ取ったのだろう。ジークがこう提案してきたのだ。

「目的地が同じであれば、その・・・、ぜひ我々と同行していただきたいのですが」

「それはまたどうして?」

「我々は、実はこの辺の情勢に詳しくなくて。もし地理に精通している方が同行してくださると心強いのです。もちろん、護衛として雇われてくださいませんか? 報酬は、弾みます」

ジュリアは、旅人の一団を眺めながら考えていた。足止めを喰らっている間に、マクナム騎士団は、着実に自分達との距離を縮めていることだろう。

奴らが探しているのは、ジュリア・フォルティス・マクナム伯爵だ。マークとデイルの三人より、旅人の一向の中に男装して紛れているほうが見つかりにくいのではないか。

そのアイデアがとても素晴らしいことに気がついて、ジュリアは即決した。

「ええ、そうですね。では、護衛として同行させていただいてもよろしいでしょうか?」

「じゃあ、契約成立だね。よろしくね。ジリア殿」

ジークと名乗った男は、整った顔立ちの上に、穏やかな笑みを浮かべて手を差し伸べた。

がっしりとジークとジュリアは握手し、旅の幸先を祈った。




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