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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動

旅立ち~1

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「ジョルジュ、道中、どうか気をつけて」

旅支度を終えたジョルジュに、ジュリアは寂しそうに声をかける。結局、ジョルジュはブロージアとの交渉に赴くことになり、マクナム領から直接、交渉地、ダリージオという都市に向うのだと言う。

「出来るだけ早く、こちらの問題を解決して、追いかけるから心配しないで」

後ろ髪を引かれるようにして出発したジョルジュに、ジュリアは慰めるように言う。

「ジュリア様は、私どもが念には念をいれてお守りいたします。どうぞ、ご安心を。ガルバーニ卿」

騎士メディシスが、力強く頷きながら口を開く。ジョルジュの後には、ビクトール・ユーゴとガルバーニ領の騎士たちも旅立ちの準備を終えて待機していた。

「君を一人残していくのは、かなり心残りなんだが・・・」

ジョルジュがとても名残惜しそうに言う。マクナム領での問題を解決してから、ジュリアは追って、ジョルジュの滞在するダリージオで落ち合うことになっていた。



そして、一週間後、まだ夜も明け切らない頃、ジュリアは静かに旅立ちの準備をしていた。

「あ、そうそう。これを忘れないようにしないと・・・」

紙の上にサラサラと何かを書き、マクナム領騎士団長メディシス宛と書き加える。目立つように執務室の机の上に置き、馬を連れて、そっと屋敷の門を出た。

目指すは、マクナム領の外れの酒場だ。当然、酒場はまだ開いていいないが、領地を出るにはこの道が一番いい。

静かに馬を走らせれば、目的地に馬にのった男たちが数名、ジュリアを待っていた。

「おう、ジュリア、久しぶり!」

「団長、ご無沙汰してますっ」

そこには、マークを始め、懐かしいチェルトベリー騎士団の部下達がいた。二人とも、騎士服ではなく、普通の旅人の格好をしている。ジュリアが指示した通りに二人はやってきたのだった。

「団長、お怪我はいかがですか?」

一番年下であるデイルが挨拶もそこそこにジュリアに訊ねる。ジュリアは、もうチェルトベリー騎士団の団長ではないのだが、デイルにとっては今でもジュリアは敬愛する「団長様」なのだ。

「ああ、まあ、一応は回復してる。心配無用だ」

デイルは、無邪気な顔でニコニコしながらジュリアを見つめた。

「隠密ミッションって、最高っす。俺、久しぶりに団長と一緒だし、団長から直々に指名されたなんて、俺、嬉しくて、ワクワクします」

「ああ、遠い道のり、済まなかったな」

ぺこりと頭をさげたデイルを横目に、マーク・エリオットが横で口を挟む。

「それでさ、なんで俺らを呼びつけた訳?急に呼びつけられてもなあ」

「ああ・・・だって、ダリージオまで一緒に来て欲しかったから」

ジュリアは一瞬、間を置いて、気まずそうに視線を逸らす。

「・・・マクナム領の騎士たちが、あまりにも生真面目過ぎるから、息がつまっちゃって・・・」

「道すがら、マクナム騎士団の話を聞いたけど、あいつら、お前を無茶苦茶、崇拝してるそうだよな。いや、すでに崇拝というか、もう神レベルのあがめ祀り方だぞ?」

ジュリアもマークと同じようにため息をついて、肩を落とす。

「そういうのやめて、って言っても聞かないんだ。生真面目というか、几帳面と言うか・・・」

「・・・それで、普通の旅人を装って、ダリージオまで行くつもりと」

「だって、ほら、女の姿だとすぐに身元がバレるし、どういう訳か、やたら目立し・・・」

ジュリアが歯切れ悪そうに言う。自分が、領地を見回りに行くと、どういう訳か、領民がみんなゾロゾロとついてくるし、市井で買い物をしようと立ち寄れば、自分の周りに人だかりの山が出来る。

その度に、人々が「マクナム様」、だの「リチャード様」だのと呟くものだから、ジュリアは一時たりとも息を抜くことが出来ないのだ。それも、マクナム領に限ったことではなく、リチャード・マクナムの一人娘というだけで、人の注目を浴びる。

「エリゼル殿下だって、こんなに注目はされないのに・・・」

ジュリアは不満げな顔をする。

「そりゃさ、マクナム様は英雄だったんだから、熱狂的なファンがいたとしても不思議ではないよな」

旅先でもきっと同じだろうな、とマークは言う。

「マクナム将軍は、国民的英雄だったからなあ。お前の身元がバレていれば、どこでも、そうなるのは仕方がないさ」

「マーク、そんな人ごとみたいに言わないでくれ」

今だって、いろんな人間に追い回されてウンザリしているんだから。とジュリアは肩を落とす。その最たる例は、マクナム騎士団の面々だった。

「マクナム騎士団の連中も、忠誠心に厚すぎて・・・」

ジュリアは何かを思い出したのだろう。がっくりと肩を落としながら、ため息をつく。

「それで、隠密に行動しようって訳か」

ジュリアは少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。

「まあ、人数が少ない分、移動も早く出来るしな」

「それはそうと、お前、本当にその格好で行く気か?」

「ああ、そうだけど?」

それの何がいけないのかと言いたげなジュリアに、マークはがっくりと項垂れ、額に手を当てる。

目の前のジュリアは男の服を着ていた。詰め襟のシャツに、長いズボン。そして、地味な色の外套を羽織っていた。それに、長い髪を後に一つにくくり、民族調のデザインの青い紋様の入った髪飾りで止めていた。北方の放牧民の男たちは、こんな風に髪を長く伸ばし、後で括っているのだ。

長い長剣を腰に携えているが、冒険者風、もしくは、さすらいの旅人と言った風情だろうか。

「だからと言って、男装してくる奴あるか・・・!」

脱力したマークに、ジュリアは無邪気な笑顔を向ける。

「ほら、女だと身元がバレるからさ。男のカッコをしたら目立たないかもしれないと思って」

頭を抱えるマークの横で、デイルが無意味にジュリアを褒め称える。

「団長、漢らしく、よくお似合いです!」

マークは、がっくりと脱力しながら、どうしても、もう一つの質問が聞きたくて口を開いた。チェルトベリー領で、ジュリアから届けられた手紙を開いた時、自分の目がおかしくなったんじゃないかと二度見した部分だ。

「それで、なんでよりにもよって、デイルを指名してきたんだ?」

デイル・アーカンゾー 

チェルトベリー子爵領騎士団の一番若手で、一番、空気が読めなく、そして一番、弱い騎士である。

騎士団の中でも、最下位に賊し、要領と愛嬌だけで騎士団の猛者を躱してきた若輩者だ。

「俺とデイルだけじゃ、戦力的には不十分だろう。他の護衛はなくていいのか?!」

「だって、自分がいるし、マークだっているじゃないか」

「お前なあ、自分で自分の護衛になってどうすんだ!」

ちょっと目くじらを立てたマークに、ジュリアはにっこりと笑って言う。その笑顔が実に美男子だったので、マークも一瞬、ジュリアが本当は男だったんじゃないかと思ったほどだ。

そんな自分に情けなくなり、マークは、またがくりと肩を落としそうになる。

どう考えても足手まといにしかならなさそうな若手を、なんでわざわざ指名してくるのか。チェルトベリー騎士団の中にも勇猛果敢で出来る騎士たちは沢山いると言うのに。

そんなマークにジュリアは無邪気に口を開く。

「・・・ほら、道中は楽しいほうがいいじゃないか」

「そうっすよ。俺がいたほうが絶対に楽しいっすよ」

ニコニコと笑うジュリアと、デイルの前で、マークは脱力した。これからの道中、頭の痛いことになりそうだと覚悟した。

「ここでウダウダしてても仕方がない。マクナム騎士団がお前を追っかけて来る前に、早々と出発したほうがよさそうだな」

「そうこなくっちゃ」

ジュリアはうきうきしながら、馬に乗る。三人は、元気よくマクナム領を出発したのである。

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