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第二部 婚約者編 女伯爵の華麗なる行動
マクナム領で~1
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その後、ジュリアのリハビリは順調に進んだ。
元から体が資本である騎士の仕事をしていたから、ガルバーニ家のお抱え医師が目を丸くするほど驚異的な回復を見せた。
そうして、医師のお墨付きを得て、ジュリアとジョルジュの二人は、マクナム領へと向う。長い道のりを経て、ようやくマクナム伯爵家へと到着した。
「ようこそ、お待ちしておりました。ジュリア様、公爵様」
馬車の扉が開くと、まずはジョルジュが馬車から降り、丁寧な仕草で次に続くジュリアの手を取る。ジョルジュに手を取られながら、馬車から一歩足を踏み出したジュリアは、思った以上に沢山の人が出迎えに来ていたことに驚いた。
白亜の館とも言える優雅なマクナム伯爵家の門扉には、新しい領主を一目見ようと沢山の人間が押しかけてきていた。領民は、門の外で列をなし、マクナム領の騎士達は門の中で一糸乱れぬ姿で整列し、新しい主の到着を待っていた。
ジュリア・フォルティス・マクナム伯爵。
長いこの国の歴史の中で、おそらく最初で最後の女性当主。そして、王立騎士団団長であり、英雄でもあったリチャード・マクナム卿のたった一つの落とし子。
騎士たしは馬車から降りてきたジュリアを認め、さっと片膝をついて、胸に手をあてながら、全員が頭を垂れる。
「皆さん、頭を上げて下さい」
透き通った声が騎士たちの耳に響く。顔を上げた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、よく見知った顔。それはリチャード・マクナム様の若き日の姿のままだ。
女性だからだろうか。思春期のリチャード様に、とてもよく似ていた。
きゅっと引き締まった口元は、目つき、瞳の色、すべて、彼を女性として再現したのかと思うほど、静かに佇んでいた女性は彼にそっくりだった。
騎士たちは、ザビラ奪還の際に、一度、ジュリアに会っているが、領民達は戦場で突然逝ってしまった主を思い出し、涙ぐむものもいれば、感極まって静かにため息を漏らす者もいた。
みんなが、リチャード様のことを思い、懐かしんだ。失った主が自分達にとってどれほどのものだったのか、まざまざと思い出し、そして、目の前の女性は確かにマクナム様のご令嬢なのだと実感した。
そして、マクナム領の騎士達は、その後に立っている長身の男が誰だか思い至り、微かに驚きの表情を見せる。
ジョルジュ・フランシス・ガルバーニ公爵。
この国の影の王家とも呼ばれる実力者であるが、公の場に出ることは、まずないと言っても過言ではない。しかし、この男は不可能と言わしめた難攻不落の要塞ザビラに攻め入り、彼女を救ったのだ。
その長身の男は黒いローブを纏い、ぴたりとジュリア様の後に立っている。
(なぜ、ガルバーニ公爵が)
騎士達は、まだジュリアとジョルジュが婚約したことを知らない。そういえば、確か、マクナム伯爵の地位をジュリア様が継承した時に、その後見人を務めていたのが、ガルバーニ公爵だったと遅まきながらに思い出した。
◇
(えーっと、この空気は一体・・・)
馬車から一歩足を踏み出した瞬間、声なき驚きが静かに群衆の間に広がっているのを感じ取り、ジュリアは、あまりにもシリアスなムードに、何事かとぴたりと歩みを止めた。
チェルトベリー領の騎士達は、田舎の辺境な騎士だけあって、ある意味、くだけた感じの連中が多かったのであるが、こんなに張り詰めた空気を持つ騎士団をジュリアは初めて見た。
皆が自分の一挙一同に注目している。ジュリアは、何かまずいことでもしでかしたのだろうかと自分の胸に問うが、何も見当たらない。
ただ、ジョルジュと一緒に馬車から降りただけだ。
「ジュリア様、お疲れにございましょう」
騎士の中から進み出てきたのは、騎士団長のメディシスだった。
「出迎え、感謝いたします。メディシス殿」
ジョルジュが穏やかに口を開くと、メディシスに案内され白亜の館へと通された。
◇
その翌日の夕刻、マクナム伯爵家では、盛大な宴会が催されていた。もちろん、大きなテーブルの中央に座るのは、当然、領主であるジュリアとジョルジュだ。
暖炉には、景気よく蒔がくべられ、暖かな熱を放っている。テーブルの上には、一級品の酒に、豪華な食事が豪勢に振る舞われている。
テーブルには、新しい女性領主を一目眺めようと、早速、近隣諸侯の貴族達がつめかけていた。当然、新しい領主の品定めをしたいようだ。
宴会が進むにつれ、ほどよく酒が入り活気に満ちた議論が交されていた。
「なるほど。それで、グランドールとブロージアの間では国交がないと」
その内容は領主の集まりらしく、昨今の外交問題についてが主な話題だった。その話題は、当然、最近、グランドールとブロージアの間に引かれていた結界が消失したことへと移る。
「・・・それで、マクナム伯爵はその件について、どうお考えかな?」
そう言い出したのは、マクナム領より二つほど領地を挟んだ場所にある子爵位を持つ男だった。男たちが囲むテーブルの中で、ジュリアだけが唯一の女である。当然、招待されたホストに対して、無礼な真似をする者はいない。あからさまな挑発行為こそないものの、その話題を切り出した男は、まだ若く女であるジュリアを歓迎するような気持ちは毛頭ない。
口元には微笑みを浮かべてはいるが、狡猾な男だった。隙あらば、他の領地をかすめ取ろうとする難癖があるので有名な男だ。
そういう場面は、ジュリアにはほとんど経験がない。どちらかというと気が短いジュリアは根っからの騎士団長なのだ。言葉で言い含めるより、剣で一戦交えるほうが向いている。所謂、拳で語り合うほうをジュリアは好む。
「そうですね。結界が消滅後は、一度、二国間で交渉をすると聞いております。向こうからの出方次第で、こちらの対応もかえていくべきなのでしょうね」
もう老人と言ってもいいほどの年齢の子爵は、口の端をあげる。
「では、ブロージアから、宗教について問われたらどうされますか?」
「宗教・・・」
ジュリアはテーブルの上の沢山の人間の視線を浴びて、低い声で呟いた。信仰心というものが政治の上で要となっているのは知っているし、近隣諸国がどのような宗教を信仰しているのかも知っている。
ほとんどの国が同じような神を信仰しているのだ。しかし、国境を閉ざしてしまったブロージアの信仰については、ジュリアはほとんど何も知らないに等しい。
「さよう。ブロージアとの交渉ごとの一つに、宗教改革がございますぞ。もしかして、伯爵様とあろうものが、ご存知ないなんてこと、ございませんでしょうなあ」
顔の上に白々しい愛想笑いを浮かべる子爵の口調には、ジュリアに否と言わせる雰囲気はない。その問題は、諸侯の中では、よく知られている事実のようだと、ジュリアは周囲の人間の顔から察する。
にわか貴族であるジュリアは、それについては全く白紙なのだ。
(あ・・・まずい。知らないって言えない雰囲気だ)
何気ない風を装い、口元に誤魔化しの薄ら笑いを浮かべてみるものの、知らないものは知らないのだ。
背中に変な汗が、つーっと流れる。
「それに関しては、議論するのは、まだ時期尚早ではないでしょうかね」
── 低く力強い声がジュリアの耳に入る。隣の席にいたジョルジュが、やんわりと助け船を出してくれたのだ。
「ガルバーニ卿、それはどのような理由で?」
狡猾な子爵は興味をそそられたようで、テーブルにやや身を乗り出して聞く。
ジョルジュは端整な顔にゆったりした笑みを浮かべて、周囲の貴族を見渡した。
「前回の交渉時からは、随分、ブロージアの状況が変わってきているようなのですよ」
他の諸侯達もテーブルに身を乗り出すように聞き耳をたてた。国の中で最も権威のあるガルバーニ公爵の見解は、おそらく女王陛下よりも影響力がある。
「では、公爵様はその交渉に出席されるのですか?」
ジョルジュが柔らかな苦笑を浮かべる。
「出席するもなにも、交渉地は我がガルバーニ家の領地ですからね。もう何世代前から、そう決まっているのです」
「今回も、公爵家が交渉ごとを仕切ることになられるのでしょうか?」
「ええ。そうなると思いますよ。ブロージアの国境線に接しているのは、我が公爵家の領地が一番、広いものでね」
ジュリアに高圧的で嫌味な笑いを向けていた子爵も、感心したようにジョルジュの言葉に耳を傾けていた。たったそれだけの会話で、男たちの尊敬を集めてしまうジョルジュは、やはり凄い。ジョルジュの穏やかだが、毅然とした口調が男たちの信頼を勝ち得てしまうのだ。
ジュリアは、静かにスープを口に含みながらも、彼のスタイルに脱帽する。
「誰がその交渉のテーブルにつくかと言うのが、もっぱらの話題なのです」
テーブルについていた別の男がジョルジュに興味深々な様子で視線を向けた。その目には野心の光がこもっていた。上昇志向の強い男なのだろう。その交渉の権利のほとんどをジョルジュが握っていると知り、自分を売り込もうと言う魂胆が丸見えだった。
他の貴族達も、誰が交渉役として選ばれるのか、とても興味を引くようだ。
「公爵家の方々にとっては、いつものお仕事の一つでしょうが、我々にとっては、ブロージアとの交渉権出来るのは、非常に名誉なことなのですよ。ガルバーニ卿」
「当然、ガルバーニ家が主導権を握ることは当然のこととして、他に誰が交渉につけるか、まだご存じないのでしょうか? ガルバーニ家であれば、宮廷内の話はお耳に入られているのでしょう?」
ジョルジュは、あくまでもそっけない顔をしていた。そんなこと、一度も考えたことないかのように、何気ない様子で口を開く。
「殿下が誰を選任するかお決めになることなので」
ジョルジュは一瞬、間をおいてから、また言葉をつなぐ。
「あのブロージアの王も、今では世代交代しているから、今の王はもう少しましな男だと言う話は聞いていますが、ブロージアの王族は代々気むずかしい家系だと聞いております」
何気ない様子でジョルジュは語るが、男たちはあのブロージアを相手に正々堂々と渡り合えるジョルジュは尊敬に値するらしい。
「エリゼル殿下も、それについてはとても苦心されておられますよ」
一筋縄ではいかない相手なのだとジョルジュは言外に滲ませる。そうして、ジョルジュは少し肩をすくめて、この話は終わりにしようと言外に雰囲気を滲ませた。
「私はつまらない交渉ごとの話はもう十分だと思いますが、皆さんはいかがですかな?」
「さように。今日は、マクナム伯爵の帰還を祝いに我らが駆けつけたのですからね」
若い伯爵がやんわりと言う。
「では、マクナム伯爵の前途を祝って、皆さん、グラスを掲げて」
ジョルジュが率先して、グラスを持てば、全員がグラスを掲げた。
── そう。今日の主役は、マクナム伯爵であるジュリアなのだから。
◇
これで、ストーリーの前段階は終わり。これから本筋へと入ってゆきます!
元から体が資本である騎士の仕事をしていたから、ガルバーニ家のお抱え医師が目を丸くするほど驚異的な回復を見せた。
そうして、医師のお墨付きを得て、ジュリアとジョルジュの二人は、マクナム領へと向う。長い道のりを経て、ようやくマクナム伯爵家へと到着した。
「ようこそ、お待ちしておりました。ジュリア様、公爵様」
馬車の扉が開くと、まずはジョルジュが馬車から降り、丁寧な仕草で次に続くジュリアの手を取る。ジョルジュに手を取られながら、馬車から一歩足を踏み出したジュリアは、思った以上に沢山の人が出迎えに来ていたことに驚いた。
白亜の館とも言える優雅なマクナム伯爵家の門扉には、新しい領主を一目見ようと沢山の人間が押しかけてきていた。領民は、門の外で列をなし、マクナム領の騎士達は門の中で一糸乱れぬ姿で整列し、新しい主の到着を待っていた。
ジュリア・フォルティス・マクナム伯爵。
長いこの国の歴史の中で、おそらく最初で最後の女性当主。そして、王立騎士団団長であり、英雄でもあったリチャード・マクナム卿のたった一つの落とし子。
騎士たしは馬車から降りてきたジュリアを認め、さっと片膝をついて、胸に手をあてながら、全員が頭を垂れる。
「皆さん、頭を上げて下さい」
透き通った声が騎士たちの耳に響く。顔を上げた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、よく見知った顔。それはリチャード・マクナム様の若き日の姿のままだ。
女性だからだろうか。思春期のリチャード様に、とてもよく似ていた。
きゅっと引き締まった口元は、目つき、瞳の色、すべて、彼を女性として再現したのかと思うほど、静かに佇んでいた女性は彼にそっくりだった。
騎士たちは、ザビラ奪還の際に、一度、ジュリアに会っているが、領民達は戦場で突然逝ってしまった主を思い出し、涙ぐむものもいれば、感極まって静かにため息を漏らす者もいた。
みんなが、リチャード様のことを思い、懐かしんだ。失った主が自分達にとってどれほどのものだったのか、まざまざと思い出し、そして、目の前の女性は確かにマクナム様のご令嬢なのだと実感した。
そして、マクナム領の騎士達は、その後に立っている長身の男が誰だか思い至り、微かに驚きの表情を見せる。
ジョルジュ・フランシス・ガルバーニ公爵。
この国の影の王家とも呼ばれる実力者であるが、公の場に出ることは、まずないと言っても過言ではない。しかし、この男は不可能と言わしめた難攻不落の要塞ザビラに攻め入り、彼女を救ったのだ。
その長身の男は黒いローブを纏い、ぴたりとジュリア様の後に立っている。
(なぜ、ガルバーニ公爵が)
騎士達は、まだジュリアとジョルジュが婚約したことを知らない。そういえば、確か、マクナム伯爵の地位をジュリア様が継承した時に、その後見人を務めていたのが、ガルバーニ公爵だったと遅まきながらに思い出した。
◇
(えーっと、この空気は一体・・・)
馬車から一歩足を踏み出した瞬間、声なき驚きが静かに群衆の間に広がっているのを感じ取り、ジュリアは、あまりにもシリアスなムードに、何事かとぴたりと歩みを止めた。
チェルトベリー領の騎士達は、田舎の辺境な騎士だけあって、ある意味、くだけた感じの連中が多かったのであるが、こんなに張り詰めた空気を持つ騎士団をジュリアは初めて見た。
皆が自分の一挙一同に注目している。ジュリアは、何かまずいことでもしでかしたのだろうかと自分の胸に問うが、何も見当たらない。
ただ、ジョルジュと一緒に馬車から降りただけだ。
「ジュリア様、お疲れにございましょう」
騎士の中から進み出てきたのは、騎士団長のメディシスだった。
「出迎え、感謝いたします。メディシス殿」
ジョルジュが穏やかに口を開くと、メディシスに案内され白亜の館へと通された。
◇
その翌日の夕刻、マクナム伯爵家では、盛大な宴会が催されていた。もちろん、大きなテーブルの中央に座るのは、当然、領主であるジュリアとジョルジュだ。
暖炉には、景気よく蒔がくべられ、暖かな熱を放っている。テーブルの上には、一級品の酒に、豪華な食事が豪勢に振る舞われている。
テーブルには、新しい女性領主を一目眺めようと、早速、近隣諸侯の貴族達がつめかけていた。当然、新しい領主の品定めをしたいようだ。
宴会が進むにつれ、ほどよく酒が入り活気に満ちた議論が交されていた。
「なるほど。それで、グランドールとブロージアの間では国交がないと」
その内容は領主の集まりらしく、昨今の外交問題についてが主な話題だった。その話題は、当然、最近、グランドールとブロージアの間に引かれていた結界が消失したことへと移る。
「・・・それで、マクナム伯爵はその件について、どうお考えかな?」
そう言い出したのは、マクナム領より二つほど領地を挟んだ場所にある子爵位を持つ男だった。男たちが囲むテーブルの中で、ジュリアだけが唯一の女である。当然、招待されたホストに対して、無礼な真似をする者はいない。あからさまな挑発行為こそないものの、その話題を切り出した男は、まだ若く女であるジュリアを歓迎するような気持ちは毛頭ない。
口元には微笑みを浮かべてはいるが、狡猾な男だった。隙あらば、他の領地をかすめ取ろうとする難癖があるので有名な男だ。
そういう場面は、ジュリアにはほとんど経験がない。どちらかというと気が短いジュリアは根っからの騎士団長なのだ。言葉で言い含めるより、剣で一戦交えるほうが向いている。所謂、拳で語り合うほうをジュリアは好む。
「そうですね。結界が消滅後は、一度、二国間で交渉をすると聞いております。向こうからの出方次第で、こちらの対応もかえていくべきなのでしょうね」
もう老人と言ってもいいほどの年齢の子爵は、口の端をあげる。
「では、ブロージアから、宗教について問われたらどうされますか?」
「宗教・・・」
ジュリアはテーブルの上の沢山の人間の視線を浴びて、低い声で呟いた。信仰心というものが政治の上で要となっているのは知っているし、近隣諸国がどのような宗教を信仰しているのかも知っている。
ほとんどの国が同じような神を信仰しているのだ。しかし、国境を閉ざしてしまったブロージアの信仰については、ジュリアはほとんど何も知らないに等しい。
「さよう。ブロージアとの交渉ごとの一つに、宗教改革がございますぞ。もしかして、伯爵様とあろうものが、ご存知ないなんてこと、ございませんでしょうなあ」
顔の上に白々しい愛想笑いを浮かべる子爵の口調には、ジュリアに否と言わせる雰囲気はない。その問題は、諸侯の中では、よく知られている事実のようだと、ジュリアは周囲の人間の顔から察する。
にわか貴族であるジュリアは、それについては全く白紙なのだ。
(あ・・・まずい。知らないって言えない雰囲気だ)
何気ない風を装い、口元に誤魔化しの薄ら笑いを浮かべてみるものの、知らないものは知らないのだ。
背中に変な汗が、つーっと流れる。
「それに関しては、議論するのは、まだ時期尚早ではないでしょうかね」
── 低く力強い声がジュリアの耳に入る。隣の席にいたジョルジュが、やんわりと助け船を出してくれたのだ。
「ガルバーニ卿、それはどのような理由で?」
狡猾な子爵は興味をそそられたようで、テーブルにやや身を乗り出して聞く。
ジョルジュは端整な顔にゆったりした笑みを浮かべて、周囲の貴族を見渡した。
「前回の交渉時からは、随分、ブロージアの状況が変わってきているようなのですよ」
他の諸侯達もテーブルに身を乗り出すように聞き耳をたてた。国の中で最も権威のあるガルバーニ公爵の見解は、おそらく女王陛下よりも影響力がある。
「では、公爵様はその交渉に出席されるのですか?」
ジョルジュが柔らかな苦笑を浮かべる。
「出席するもなにも、交渉地は我がガルバーニ家の領地ですからね。もう何世代前から、そう決まっているのです」
「今回も、公爵家が交渉ごとを仕切ることになられるのでしょうか?」
「ええ。そうなると思いますよ。ブロージアの国境線に接しているのは、我が公爵家の領地が一番、広いものでね」
ジュリアに高圧的で嫌味な笑いを向けていた子爵も、感心したようにジョルジュの言葉に耳を傾けていた。たったそれだけの会話で、男たちの尊敬を集めてしまうジョルジュは、やはり凄い。ジョルジュの穏やかだが、毅然とした口調が男たちの信頼を勝ち得てしまうのだ。
ジュリアは、静かにスープを口に含みながらも、彼のスタイルに脱帽する。
「誰がその交渉のテーブルにつくかと言うのが、もっぱらの話題なのです」
テーブルについていた別の男がジョルジュに興味深々な様子で視線を向けた。その目には野心の光がこもっていた。上昇志向の強い男なのだろう。その交渉の権利のほとんどをジョルジュが握っていると知り、自分を売り込もうと言う魂胆が丸見えだった。
他の貴族達も、誰が交渉役として選ばれるのか、とても興味を引くようだ。
「公爵家の方々にとっては、いつものお仕事の一つでしょうが、我々にとっては、ブロージアとの交渉権出来るのは、非常に名誉なことなのですよ。ガルバーニ卿」
「当然、ガルバーニ家が主導権を握ることは当然のこととして、他に誰が交渉につけるか、まだご存じないのでしょうか? ガルバーニ家であれば、宮廷内の話はお耳に入られているのでしょう?」
ジョルジュは、あくまでもそっけない顔をしていた。そんなこと、一度も考えたことないかのように、何気ない様子で口を開く。
「殿下が誰を選任するかお決めになることなので」
ジョルジュは一瞬、間をおいてから、また言葉をつなぐ。
「あのブロージアの王も、今では世代交代しているから、今の王はもう少しましな男だと言う話は聞いていますが、ブロージアの王族は代々気むずかしい家系だと聞いております」
何気ない様子でジョルジュは語るが、男たちはあのブロージアを相手に正々堂々と渡り合えるジョルジュは尊敬に値するらしい。
「エリゼル殿下も、それについてはとても苦心されておられますよ」
一筋縄ではいかない相手なのだとジョルジュは言外に滲ませる。そうして、ジョルジュは少し肩をすくめて、この話は終わりにしようと言外に雰囲気を滲ませた。
「私はつまらない交渉ごとの話はもう十分だと思いますが、皆さんはいかがですかな?」
「さように。今日は、マクナム伯爵の帰還を祝いに我らが駆けつけたのですからね」
若い伯爵がやんわりと言う。
「では、マクナム伯爵の前途を祝って、皆さん、グラスを掲げて」
ジョルジュが率先して、グラスを持てば、全員がグラスを掲げた。
── そう。今日の主役は、マクナム伯爵であるジュリアなのだから。
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これで、ストーリーの前段階は終わり。これから本筋へと入ってゆきます!
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