後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第8話 手を出した人物

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 饅頭姫は相変わらず、干している野菜が少しずつ駄目になって行くことに気がついてないようで滑稽だ。


 そんな時だ、またあの薄い色の衣が洗いに出されたのだ。おそらく染め直すつもりでその前にもう一度洗うつもりなのだろう。
 また泥をつけたらどうなるだろう、淡い色の衣に泥汚れはひどく目立つ。
 前回は、怒らなかったが今回は?
 野菜が駄目になっていることに気がつくのはもうすぐだろう、自分の女官が使えないと認識すればいい。

 ばれないと思っていた。
 その声をきくまでは。



◆◇◆◇



 衣は女官が交代で見張るようになっていた。
 だから、ほんの少し女官に席をはずすように私が言えば、きっとここを逃すまいとやってくるに違いないと踏んでいた。
 女官の衣を野菜の処理をするときに普段のが汚れては困ると拝借していたのが役に立った。
 下女は琳明の衣を汚すのに、琳明付きの女官がいないかは警戒していても、知らぬ顔の女官には警戒を怠ったのだ。

 後は口惜しいが、泥をつけられるその時を待つ。
 他の女官が他の妃とはいえ妃の衣が汚されるのを止めに入ろうとするのを、しぃーっと口元に指をやり止める。
 私の顔をみた、女官がぎょっとした。

 女官は下女と違い、自分の妃の立ち位置というのを重要視する。そのため上も下も妃の顔を覚えていないといけないからだ。
 ましてや、琳明はここ最近他の妃の衣の噂を仕入れるためにも女官たちに接触をはかっていた。
 女官の中には自分の主人の物を汚され、憤っている者もいた、犯人はコイツだったのかと……
 それもすべて、琳明の顔をみたら黙り知らぬ顔をした。


 その時はやってきた。下女はしたたかに他の下女や女官の反応を見ながら衣に近づく。他の女官は琳明が黙っていろとやったものだから動けないとはしらず。
 他の女官が一言もとがめもしないものだから、薄紅色の衣に一歩また一歩近づきとうとう泥で汚れた手を衣につけたときだ。
 ようやく琳明は声をあげた。
「私の衣に何ようです?」
 琳明の声は商売で人を呼び込んでいるだけあって、よく通った。
 目の前で明らかに汚された衣とその衣の主である妃の登場に周りはとんでもない場面に出くわしたと言わんばかりに空気が張り詰めた。
 ざわざわとした声は一つも聞こえず、ここにいる他の下女も女官もことの成り行きがどうなるのか一言も声を発することなく見つめた。



 緊迫している場面で口を開いたのは、下女だった。
「以前とても汚れていたから、また汚れが残っていないかみてあげようとおもって」
 女官の衣をまとっているからまだ誰かわからないのだろう。
 しれっと嘘をつく。
「汚れなどなかった。だって私がその衣が汚されないか見張っていたんですもの。もう一度聞く、私が王から賜った衣に何ようです?」
 再度、意図が伝わるようにいいなおす。衣を駄目にした下女はそれでも文句をつけてきた女が誰かわからないようで不思議そうな顔をしている。
 そりゃそうだ、琳明のように女官の衣を拝借して着る妃などこれまでたった一人も後宮にはいなかったのだ。

「琳明様」
 洗い場で騒ぎが起こったことで、持ち場を離れた衣がどうなったか慌てて確認しにきた小蘭が衣の前で向かい合うようにして下女と立っていた私に対して名を呼んだ。
「りん…め……い」
 ようやく私の衣を駄目にした下女は、目の前にたっている女官は他の妃つきの女官ではなく、衣の主だと知ったのだ。
 顔があっという間に真っ青になる。
 そりゃそうだ、下級妃賓とはいえ王から賜った妃の持ち物に手をかけたのだから。
「捕まえなさい」
 琳明はすぐにそう指示をだす。
 ピーンと張った緊張間の中誰も動けない。
「聞こえないの? さっさと捕まえなさい」
 再度、琳明がこの場にいる自分より身分の低いものに先ほどの下女を捕まえよと命令を出す。

 他に妃がいないこの場では、下級妃賓の中でも一番下とはいえ琳明が一番偉かったのだ。
 2回目の指示で女官や下女達が一斉に、衣を駄目にした下女に向かって走り出す。


 洗い場の騒々しさに駆け付けてきてみれば。洗い場の中心で、たった一人の女官の指示に従い、沢山の女達が迷うことなくたった一人の下女へと向けて命をはたすべく動く姿は異様だった。
 女官も下女もお互い、良い主につくべく蹴落としあいをするのが日常茶飯事だった。
 「なんだあれは……」
 そう呟いたのは、後宮の秩序を管理する宦官、玲真レイシンだった。



 数人の女官と下女に取り押さえられた下女を立ったまま見下ろして琳明は再度質問をする。
「私の衣を駄目にしたのはなぜか?」と。

 人を使う立場の言葉というのは、使われる身には驚くほどストンと入るものだ。
 その場にいた女官、下女は女官服を着ていても琳明の指示に逆らえる空気ではないことを敏感にひしひしと感じ取っていた。


 いったいこの下女はどうなってしまうのかと皆が言葉に出さずとも思っていた時だ。
 このピリピリと緊迫した空気を裂くように、パンパンと手を2回叩く音がしてそちらに視線がうつった。

 琳明もこの張りつめた空気が、たった2度の手をたたくことで変わったのを悟った。
 そして、この場を琳明から取り上げた人物に視線を移した。


「下女とはいえ、後宮にいる間はすべて王のものだ。下女がしたことはその衣をみればわかるが、矛を私に免じて治めてくれないか?」
 ひょうひょうとしているが、その言葉には逆らえない重みがある。
 みたことがない男だ、何者? 琳明は怪訝な顔を向ける。
「玲真様」
 女官達はたちどころに頬をあからめ頭を垂れた。

 女官が達が妃と王以外に頭を垂れている。玲真? 誰だろう……?
 万が一高官であってはまずいと、誰かはわからないけれど、琳明も遅れながらも肩膝をつき頭を垂れた。

「楽にしてかまわない」
 玲真と呼ばれる男は、そういって歩いてくる。この騒動の中心人物である琳明の元に。

「君が今回の騒動で女官すらも掌握していたようだね。名は?」
 クイっと顎を持ち上げられ顔をのぞきこまれる。男のくせにぞっとするほど美しい顔だった。
 商人でもある琳明にとって、美しくても感情の読みとれない相手ほど嫌なものはない。

「李 琳明にございます」
「……ほう」
 名を名乗ったことで、女官ではなく、一応妃であることがわかったのだろう。
 玲真は琳明の名をきいて口角をほんの少しだけあげて笑うと、すぐに顎にを持ち上げた手は離れた。
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