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2. いぬってどうするの?
しおりを挟む車の揺れめっちゃ響く。
俺は車酔いしたことがないのが自慢だったんだけどな、と思いながら吐き気を我慢していた。
(気持ち悪い……)
俺はハッハッと短い息をしながら自然に出るベロを何とか引っ込めて口を閉じようとしたが、犬の勝手がわからないもので、口は閉じることができず、犬ってそういうこと出来ないのかなと考えても仕方ないことを考えることで気を逸らそうとしたがダメだった。
よだれダラダラでビニール袋の中のタオルに頭を擦りつけながらベロを出してくったりしている俺をミラー越しに見たたかはしは、「ダメだな」と呟き、車を近くの駐車場に停めた。
もう俺は吐き気を我慢するのも限界で、後部座席が開いた瞬間にゲロってしまった。
(たかはし、車汚したくないって言ってたのに……申し訳ない)
頭を持ち上げた瞬間にこみ上げたものは、ビニール袋の外にぶちまけられている。
怒られるかな。
恐る恐る見上げたたかはしは、キュッと眉間にしわをよせていたので怒られると思って身をすくめたが、たかはしの手は俺の背中をそっとなでて、吐いてしまって汚い俺をゆっくり抱き上げて、車の座席の背に引っかけられていたティッシュを取って俺の口を拭いてくれた。
そうしてしばらく背中を擦ってくれて、ようやく落ち着いてきた俺に「歩くか……」と声をかけた。
犬の習性なのか、「お散歩好き!」みたいな気持ちになって、しっぽがパタパタ揺れる俺を、あきれたように見つつ、たかはしは背中をトントンしながら抱っこして歩き出す。
あれ、俺のこと降ろさないのかな?
抱っこされてトントンされて、程よい夜の暗さと、たかはしの心音に眠気が襲って来る。
連日の残業もあったし、突然こんなことになって、しかも初めて車に酔った。
めちゃめちゃ疲れた。
寝ちゃダメだ、と思いつつ、まぶたが重くなり、俺の意識はそこで途絶えた。
俺が目を覚ますと、知らない部屋のベッドの上だった。
病院にしてはオシャレでシックな部屋で、俺は目を擦ろうとして、犬の手を見つめた。
「ワフゥ……(肉球だ……)」
結局元には戻ってない。
少しガッカリして、辺りを見渡す。
本棚にビッシリ本が並んでいて圧巻。本棚の本のラインナップは、俺の部屋と似てる。珍しいかも。あ、俺が読みたかった本がある。
俺の部屋は、もっと狭いけど、本棚の本に共通点があったからちょっと安心してしまった。
俺の身体には申し訳程度にタオルがかけてあり、いい匂いがした。柔軟剤かな。でもちょっと珍しいさっぱりして酸味のある柑橘系のキリッとした匂い。
犬の嗅覚が鋭いからか、俺はその匂いをクンクン嗅いで、タオルを甘噛みしてしまう。
あ、どうしよう。
(おしっこしたい……)
俺はソワソワしてベッドの上でしっぽを追いかけてクルクル回る。
(えっ、どうしよう。犬でもトイレでおしっこできるのかな?)
とりあえず、ベッドから降りようと、ベッドの下を覗くが、ポメから見たら結構高い。
でも、犬とかって結構柵とか飛び越えてるし、いけるよな。
俺は恐る恐るベッドから飛び降りてみた。
前脚を出すのを忘れていた。
ドチッ、と顔から着地してしまう。
地味に痛い。
そして、ヤバイ。
尿意が限界だ。
ベッドから降りてみたものの、部屋のドアを開けられない。これじゃトイレには行けない。
まあ、トイレに行ってもトイレでできるかわからないけど。
でも、つらいものはつらい。
「キャウン! キャン!! キャンキャン!(ちょっと! おーい、誰かいないですかー!)」
大きい声で誰か来ないか呼ぶ。声じゃないけど。
ガチャ、とドアが開いて、たかはしが入って来た。
「おー、起きた」
「キャウン! キャンキャン!(トイレ行きたいんだけど、どうしよう!)」
一生懸命たかはしの周りをうろついて訴える。
「何か訴えてるのはわかるんだけど、やー、全然何言ってるかわからん……あと、キャンキャンうるさい……」
たかはしに伝わらないのがもどかしくて、限界の俺はたかはしの脇をすり抜けてトイレを探しに廊下に出た。
それっぽいドアの前でクルクル回り、「キャウン!」と吠える。
たかはしは、ゆっくり俺を追いかけてくると、首を傾げた。
不思議そうな顔でドアを開けてくれたので、俺はそこに飛び込む。
が、しかし、やはりというか何というか、トイレの便器が高過ぎて、無理そう。
前脚で立ち上がってジャンプしたらいけるんじゃないかと思って、やってみたら、便器の中に落ちた……べチャンと落ちた。
めちゃめちゃへこむ。
立ち直れない……無理。
たかはしは、呆れの混じった顔で、「何やってるんだ」と言いながら俺を素手で便器から引き上げ、手拭き用のタオルで拭いて、そのままバスルームに運んだ。
腕まくりをしてたかはしがシャワーを出す。俺を洗ってくれる手つきは優しい。
俺は盛大に泡だらけになって、ブルブルッと身体を震わせてしまった。
「うわっ」
たかはしが飛んで来た泡に声を上げて、俺はしまったと思った。たかはしの顔や服が泡まみれになってしまった。
「仕方ないな……」
たかはしは、一瞬考えると、自分の服を脱ぎだした。
「キャウ……?」
たかはしは、俺が首を傾げて見ているのに気づいて、「濡れたからな、もう、俺もそのままシャワー浴びるわ」と言うと、全部脱いでバスルームの扉を少し開いて洗濯機に服を放り込んだ。
コンビニ店員の筋肉をなめていた。
とても整っている。
全部脱ぐとたかはしは、「服気にせず洗ってやれるな」と笑って、俺の泡をさらに泡立て、シャワーのお湯で泡を流し始めた。
俺に気を使ってシャワーが直接当たらないように手に当てながら流してくれる。俺はたかはしの顔を見ようとしたが、角度的に、膝と「立派なモノをお持ちで」としかコメント出来ない膝の間しか見えなくなった。すまん、と目を伏せる。すっかり負けた気分になってしまったが、人に洗われるのは何だか気持ちいい。
すっかりキレイに洗われて、俺は満足して身を震わせた。
「こら!」
たかはしは、飛んで来た水分に声を上げる。
キレイに洗われて満足した俺は、すっかり忘れていた尿意を思い出した。
思い出したらすぐしたい。
だが、さっきトイレに登ろうとして失敗した結果を思い出し、俺はしょんぼりした。いっそさっきシャワーを全開でかけられている時にしれっと誤魔化しながらしてしまえばよかった。
俺が、プルプルソワソワしているのを何となくたかはしも悟ったらしく、チラッとさっき落ちた便器の方に視線を送った俺を見て、たかはしは「トイレか?」と言う。
何だか意思疎通出来てきたなと思っていたが、たかはしは少し考えると、「流すからそこの排水口のとこでしちゃえよ」と俺に頷く。
急に俺は何だか恥ずかしくなって、首を振った。
「ほらほら」
たかはしは排水口の方に俺をぐいぐい押した。
「ベッドに漏らさなくてえらかったな」
不意に頭を撫でられて、その瞬間、俺はショワワーとおしっこをしてしまった。
何という屈辱。
おもらししなくて褒められたのは、幼稚園までだ。
俺がプルプルしてるのに、たかはしは何ごともなかったようにシャワーで流すと、少し考えた後、俺の性器を覆ってシャワーが直接当たらないようにしながら流してくれた。ちょっと手が触れて、俺はびっくりして一歩後退りしてしまう。
バスルームの扉を開くと手を伸ばして、たかはしはタオルを取る。
少し考えた後、自分の身体を拭き始めたので、あれ、俺どうすればいいのかなって、たかはしを見上げていると、自分の濡れたとこを拭き終わったたかはしはそのタオルで俺を拭き始めた。
(自分を拭き終わったタオルで俺を拭くのかよ……)
俺はちょっと不満に思ったが、まあ犬だしそうだよな、と心の中で苦笑した。
タオルはベッドでかけてもらっていたのと同じ匂いがして、柔らかくて気持ちいい。
濡れてぺっしょりしていた毛がじょじょに戻っていく。
(俺の毛洗ったらほわほわじゃない?)
何かいいな。
ほわほわの毛に、俺はご機嫌になってドヤ顔でお座りして、顎を上にあげた。
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