上 下
25 / 25

25.  「……その花は」

しおりを挟む



 重くて湿っぽい扉の向こうには、目を凝らすと薄っすらと白い塊が見えた。
 バル殿下が灯をかかげる。
 すると、ぼうっと光る灯の中で、白い塊は、ゆっくりと動いて、サラサラと流れるようにアッシュグレーの髪が床に落ちて、微かな声で「モリト……」と俺を呼んだように聞こえた。
 俺は、二の句も継げずに、地面に這うようにうずくまるドルを見つめていた。
 突如、ドルは顔をあげて、無邪気にニコッと笑った。

「今日はおかあさまはいらっしゃらないのか?」

 まるで大人びた子どものような喋り方だった。
 さっき俺の名前を呼んだよな。その声とは雰囲気がガラッと変わったドルは少し拗ねたように言う。

「ぼく……あ、いけない、私がいい子じゃないから、おかあさまはきてくださらないのか?」

 俺は、バル殿下の方を見る。
 バル殿下は静かに首を振った。

「最初は、フリなのかと思ったのだが、正気でいる時間もあって、そういう風になってしまっているのだと医者も……」

 俺は、ドルの前にかがんだ。
 ドルが首を傾げる。

「俺はモリト。俺のこと覚えてるよね。おかあさんの好きなお花を一緒に見たんだけど」

 首を傾げてこちらを見る瞳は、本当に少年のようで、不思議な気持ちになった。ドルは俺の顔をじぃっと見て目をパチパチとまたたかせた。

「あなたと見たことがあったっけ? 庭園にあるんだ。おかあさまがとても気に入っている花。ぼく……私もお気に入りなんだ」

 無邪気に微笑むドルは、どう見ても青年のはずなのに少年にしか見えない。まるできつねにつままれているようだ。ここに閉じ込められているとはとても思えない。湿って暗いイメージとは全くかけ離れている。

「見に行こうか」

 俺が思わず言うと、バル殿下が首を振る。

「モリト、ダメだ。ここから出すことはできない」

 俺の言葉はすぐに否定された。

「バル殿下……」

「そんな顔をしてもダメなものはダメだ。それだけのことをしたんだ。わかるだろう」

 バル殿下がギュッと眉間にしわを寄せて、息を吸った。

「じゃあ、せめて庭から花を……あの何か水色からピンクにグラデーションがかかってるやつ……」

 俺が言った途端、バル殿下が深い息をはいて持っていた灯が揺れる。

「……知らないのか」

 小さな声だったが、その部屋の中にバル殿下の声は響いた。

「えっ?」

 俺は聞き返した。俺がこの世界のことを知らないために、その何かがバル殿下を困らせている。

「……その花は、猛毒なんだ」

 絞り出すようにバル殿下が言った。
 まさか、と俺は絶句した。もしも、だから好きだったのだとしたらと考えて、首を振る。

「キレイな花なのに……」

 誰も何も言わなかった。
 猛毒の花を愛でていたドルの母親。
 俺は魔女のような姿を想像してしまう。背筋に冷たいものが走った。

「おかあさん、好きだって言ってたから、おかあさんのお茶にお花入れてあげたの」

 ドルがにっこり笑って、俺とバル殿下に言った。

「えっ?」

 俺はつい間抜けな声をあげてしまう。
 ドルの顔が無表情になった。

「人を苦しませる前に、死ねて良かった……」

 バル殿下の持つ灯が震えているのが、影が揺れるのでわかる。
 バル殿下の顔は、見ることができなかった。
 ここはとても冷える。
 俺はもう、ここから離れて、バルさんのところに戻りたくなった。

「花の名前、知ってる?」

 ドルが言った。
 バル殿下が「構うな」と俺に声をかける。

「なんていうの……??」

「サキの花だよ。アハハ……ハハハハ……」

 その声はやたら響いて、バル殿下が俺を引っ張って扉から出すまでこだましていた。



「すまない。まさか、こんなことになるとは……」

 バル殿下は、薄暗い廊下を俺の手を引いて早足できた道を戻っていく。

「俺、ドルを許そうと思っていたんだ」

 バル殿下が、ため息とも相槌とも言い難い声をもらす。

「だけど、なんだかもうよくわからないんだ」

 俺が、そう言うと、俺の手を取っているバル殿下の手の力が強くなる。

「お前が、ドルに会ったらそうしようと思っていたことはわかっていた。だが……」

 バル殿下はその後沈黙したまま、部屋までの道を急いだ。



「バルさん!!」

 部屋に入ると、俺は辺りも構わずバルさんを呼んだ。
 バルさんは、いなかった。
 俺は途方に暮れて、扉の外でこちらを見ているバル殿下を振り返った。



しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

兎騎かなで
2022.10.31 兎騎かなで

こんにちはカナエさん、応援しにきました(*´ω`*)
鳥貴族のお話とか、森で倒れていたからモリトとか、ちょっとした場面にクスッと笑えておもしろかったです!

バルさん、優しくていい人ですね、なんで保護してくれたのかが気になります^ ^

松本カナエ
2022.10.31 松本カナエ

ありがとうございますー!!

感想ってこんな感じなんですね!
鳥……貴族はどこまでは書いていいかなって何回も直して、わけわからなくなりかけた部分だったので、嬉しいですー!
バルさんは肉切り包丁ぶん回して戦う人のいい肉屋さん的なイメージです。

なかなか更新できなくてビックリですが、頑張って更新します!

解除

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。