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18. 「ここに、俺が来なかったか?」

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 バルさんに、キスされている。
 俺はそれが思ったよりも嫌じゃなかった。それどころか俺は自分の唇を開いて舌でバルさんを誘った。
 バルさんは唇を離して俺を見る。俺が笑うとバルさんは苦い顔をして、「エッチだな」と言った。

「まあ、27年も生きてりゃね」

 俺のつぶやきに、バルさんはまた目を見開いた。

「27歳なのか?!」

 驚かせて悪かったよ、くたびれた会社員だったんだよ。

「こんなに可愛いのに27歳とか、信じられないな」

 いや、信じて欲しい。断じて5歳なんかではない。
 俺が複雑な気持ちでいると、バルさんはもう一度ちゅっとキスをしてきた。

「俺の方が年下なのだな。モリトは経験豊富なのか?」

 この間まで男としての尊厳を心配していた俺にそれ聞く。あ、余計なことを思い出してしまった。この間、男としての尊厳を確認した時のことを思い出して、俺は額を手の甲で擦って、腕で顔を隠そうとした。
 バルさんの手が、強い力で俺の腕を顔の前から引きはがす。いや、でかい肉切るの見て知ってたけど、力強過ぎる。というか、バルさんに腕を取られたら何だか腕の力が入らなくなった気がする。恥ずかしくて俺はバルさんを直視できなくて、目をきゅっと閉じた。

「そんな顔をしているところを見ると、経験豊富ということもなさそうだな」

 何だかニコニコしたバルさんが、俺の腕を手でつかんだまま、もう一度キスをした。今度は深く。腕をつかむ手の力がぐっと強くなって、俺はバルさんに捕らえられたままキスを交わした。俺の手の中から、さっき渡された飴玉が転げ落ちた。

「俺、バルさんに会いたくて、バルさんの幻覚見てるのかなもしかして」

 急に俺は不安になった。
 バルさんはぎゅうっと俺を抱き込んで、俺の頭を撫でた。俺はバルさんの腕の中で、安心しきって身を預けていた。

 ガチャッ、ガチッ……

 不意に音がして、俺は身をビクつかせた。
 鍵がかかっている扉をガチャガチャさせる音がする。
 そして、少し乱暴にノックが鳴った。

「おい、鍵をかけているのか?」
 
 バル殿下の声だ。俺は傍らのバルさんを見上げた。
 バルさんは窓の方に行きかけたが、俺はバルさんをつかんで離さなかったから、バルさんは諦めたように、俺が最初にトイレないかなって探した時に見た馬鹿でかい衣装部屋みたいなところに身を隠した。

「はい」

 俺は何食わぬ顔で鍵を開けてバル殿下の前に立ったつもりだったが、バル殿下は俺の顔を見るなり顔の中央にギュッとシワを寄せて、凄い顔で言った。

「ここに、俺が来なかったか?」

 俺はヒュッと息を飲んでしまった。

「い、今来てますよね?」

 声は少し震えていた。誤魔化せたかどうかわからず俺はバル殿下を見守った。

「賊が侵入しているらしいと報告があって……」

 バル殿下はそこで言いよどむ。そうだよね、賊は俺みたいなんだみたいな意味わからないこと言わないよね。

「賊は俺みたいなんだ」

「えええー?」

 俺は大きな声をあげてしまった。何言ってるのバル殿下。でも、これは声を上げるしかない。どういうことなのバル殿下。
 俺は思いっきり動揺してしまい、でも、これはバルさんを知ってても知らなくても動揺するよね、と自分を励ました。

「多分俺に似ている……と思う」

 バル殿下はそう言うと、俺の顔を見つめ、何かを言おうとした。バル殿下が俺の方に一歩近づいた。その足に、コツンとさっき落とした飴玉が当たる。

「ん? 何だ」

 バル殿下が拾おうとしたそれを俺は慌てて拾った。

「もらい物の飴、落としちゃったみたいだ」

 俺はポケットに飴を入れようとして、この服にポケットなんてものがついてないことを思い出した。
 ポケットのない服のどこに飴を入れるべきか。俺が迷っているうちに、俺の手の中の飴玉はバル殿下に取り上げられた。

「どこでこれを?」

 飴1つでそんな風に問い詰めてくるとか、小学生のお母さんかよ。そう思ったが、俺はさすがにそうは言わなかった。知らない人からもらったものを口にしちゃいけないって、小さい頃言われるやつだろう絶対。虫歯になるからと、飴を舐めさせてもらえなかったことを思い出した。

「ここに来る前、街でもらったんだ」

 返してほしくて手のひらを出すが、バル殿下は返してはくれなかった。

「5歳だからか?」

 バル殿下はいつぞや廊下で会ったミュージカルおじさんの甥っ子が5歳だった話題を持ち出した。

「ちょっとその話はなかったことにしてよ」

 俺はできるだけ軽く見えるようにバル殿下に返事しながら、飴を取り返そうと手を伸ばした。

「そういえば、あいつ俺とお前が恋仲だと勘違いしていたよな」

 そう言いながらバル殿下は俺の手首をつかんだ。

「お前も、俺を初めて会った時、肉屋と勘違いしてたな」

 バル殿下の声がどんどん低くなっていくように聞こえた。俺はソロソロと飴を諦めて手をおろそうとしたが、バル殿下は手首を離してはくれなかった。

「なあ、本当は俺のこと知ってるんだろう?」



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