17 / 25
17. 「俺は、鯉は唐揚げが好き」
しおりを挟む俺が食べ終わって冷めた食事を持て余していると、控えめなノックの音がした。
「はいっ!」
俺は学生時代に授業で先生に当てられた時みたいな声を上げてしまった。
「急にすまなかった」
扉を開けて入ってきたのはバル殿下で、さっきとは服を変えている。何かの用事があって着替えたのだろうか。
バル殿下は後ろ手に扉を閉めると、鍵をかけた。
俺が「ん?」と不思議に思っていると、近づいてきたバル殿下にハグされた。
ふわっと肉屋のにおいがして、俺は顔をまじまじと見た。
「もしかして、バルさん……?」
俺は恐る恐る聞く。
「すまなかった!」
バルさんは俺に謝る。
「俺がモリトの荷物を隠していたせいで、モリトに不信感を抱かせてしまった……結果がこの有様で、本当に俺はどう侘びていいのか……」
俺がバルさんの真摯な言葉に呆気にとられていると、バルさんは俺の手に何かを握らせた。
飴玉だった。あの日、ポケットいっぱいにもらっていたやつ。
「これが木箱のそばに落ちていて、俺は全てを悟った。明日ちゃんと話をしようと、そう思っていた夜、モリトが出て行ってしまって、俺は焦った」
バルさんは「手短に、だが全て隠さず話す」と言い出した。俺は、すべてを聞くのは怖かった。俺がかぶりを振るとバルさんはまた俺にハグして背中を撫でた。
「俺は殿下の影武者だった」
バルさんの第一声に、俺は顔をギュッとした。隠し子とか実は双子とか想像してたけど、何かそれよりもヤバそうな感じだった。
「当時、バル殿下は第二王子の母上から執拗に命を狙われていた」
俺は、ゴクリとつばを飲み込んだ。恐ろしい話が始まってしまった。
この部屋の窓から落ちたとかドルが言ってた人のことだろう。
バル殿下とドルはお母さんが違うのかな。
どろどろした話になりそうだ。
「それで、危なそうな時は俺が身代わりをするという生活が始まった。その生活は続き、第二王子の母上が亡くなって、その生活は終わった。俺は死ななかったが、葬られるところだった。しかし、俺を哀れに思った殿下の乳母が、出入りの肉屋に俺を託して、代わりの屠殺体で俺の死を偽装した。それで俺は肉屋をやっている」
何か一瞬にして色々なものが端折られた。屠殺体って何? ……えっ、怖い。
それで俺は肉屋をやっているって、端折られてる。
手短に話すと言っていたが、手短過ぎだ。しかも、めちゃめちゃ怖い。
「俺は、影武者をする都合上、色々なことを知ってしまった。その一つが、モリト、君を呼び寄せる話だった。俺は影武者をすることで自由を奪われたから、そんな思いを他にする人があってはならないと、君を呼ぶ儀式が失敗するようにした……だが、君はそのままこちらに落ちてしまった。俺の失敗のせいで、中途半端に落ちてしまった君の面倒を見ようと、俺は……」
そこで、バルさんは言いよどんだ。突然首を振る。
「すぐに話せなかったのは、全て話して君が殿下と結婚する方がいいと思うのではないかと心配になったんだ。……俺は、君を拾って、君に恋をしてしまった……!!」
は?
唐突に鯉が出てきた。
「俺は、鯉は唐揚げが好き……」
思わず俺はつぶやいた。
「バルさんが、俺に恋? 冗談でしょ、ずっとバルさんは俺のこと子ども扱いして……俺の方が歳上なのにってずっと思ってて……」
俺は信じられなくて困っておろおろとバルさんの顔を見ていた。真剣な熱いまなざしに、ぐっとなって、俺はうつむいた。
「俺、バルさんは俺のこと子どもだと思ってると思っていた……」
「実際子どもだと思っていた。俺よりだいぶ小さくて、こちらの世界のことを全くわからないで、あれもこれも不思議そうにして、まるで無垢な子どもで。それなのに惹かれてしまう自分が怖かった」
バルさんが、俺の頬を手で挟んで、ぐいと上向かせる。
「ちょっ……バルさん乱暴過ぎ……」
俺が見た先には、熱を持った目で俺を見るバルさんがいる。
これはキスされるやつ。
俺は、目を閉じた。
「目をつぶっちゃダメだ。キスしたくなるから」
バルさんはそう言いながら俺にキスした。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる