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15. 「お似合いですよ」

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「この花、一本だけもらってもいいかな?」

 俺はドルにそっとたずねた。ドルは微笑んで、その花を手折って俺の髪に差した。

「えっ? そういう意味じゃなかったんだけど」

 髪に花を飾られてしまい、俺はキョトンとした。その顔を見てドルはプッと面白そうに笑う。

「お似合いですよ」

 からかわれたのだと知って俺はふくれてドルを小突いた。
 ゆるやかな時間だった。
 庭園は変わらずきれいで、俺は空を見上げた。
 ――――グリフォンがいないかと思って。
 景色や空を見るなんて、向こうでは久しくしていなかった。
 こちらに来たあの日も、俺は昼ごはんを食べる時間もないくらい忙しくて、会社の自販機で買ったパンも、結局食べる気になれなくて、自販機まで買いに行ったのだけが唯一の気分転換で、終電に間に合うようにってバタバタと会社を出たのに、終電に乗れなくて、タクシーにも乗れなくて、結局白線の上を歩いていた。
 あのまま、途切れるまで白線を歩いてみようと思ったのが、俺の意志ではなくて、こちらの干渉からのものだったのだとしたら、どこまでが、俺の意志だったんだろう。
 会社の窓の外を最後に見たのはいつだったんだろう。
 俺は、何も見えてなかったんだ。
 向こうの空も思い出せない。

「……」

 ふと、城の方を眺めると、俺の部屋の窓のところに人影が見えた。
 バル殿下が、眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
 俺は、手を振ってみた。
 バル殿下は、最初渋い顔で俺を見ていたが、俺がずっと手を振っているのを見て、可哀想に思ったのか、手を振り返してくれた。ロイヤルなお手振りにちょっと興奮した俺はバル殿下に手を振り返して、しばし三が日の皇室の一般参賀のベランダを見に行ったような気分を味わい、少し気分が上がった。
 ふと、バル殿下のお手振りが止まった。我に返って恥ずかしくなったのかなと微笑ましく思っていたら、窓を開けて身を乗り出したので、危ないと思い俺はバル殿下に注意しようとして、バル殿下が俺の奥をにらんで何か叫んでいるので、振り向いた。
 ドルが、俺に向かってナイフを振りかぶっていた。

「は?? え?? ドル??」

 俺は驚いて、一撃は何とか避けた。

「気づかないでくれたら良かったのに」

 ドルがそのままナイフを振り回す。俺はもうかわせないと、目をつぶった。

 キィン!

 ナイフの音がして、俺は刺されたかなんて思いながら目を開けた。
 目の前に、黒尽くめの男が立っていて、ナイフを刃物で受け止めていた。
 黒尽くめの男は、そのまま、ナイフを弾き飛ばすと、ドルに当て身を食らわせる。ドルは意識を手放した。

「えっ? えっ??」

 俺は目の前でその様子を見ていたにも関わらず、何が起こったかわからなくて、どうしたらいいかわからず、黒尽くめの男がドルを置いて、こちらを振り返るのを見守った。

「全く、放っておけない……」

 黒尽くめの男は、つぶやくようにそう言うと、俺に向かって手を伸ばしてきた。俺は何をされるのかと目をつぶった。
 男は俺の頭に大きな手を伸ばすと、ゆっくり頭を撫でた。

「目をつぶっちゃダメだ」

 そう声が聞こえ、俺の額に手とは違う感触があった。頭を撫でる手が降りてきて、頬を撫でて離れる。

「モリト、迎えが必要なら迎えにくる。待っていて」

 俺は目を開けた。
 そこには誰もいなかった。
 あの声は、あの手は、バルさんだった。


「大丈夫か?!」

 降りてきたバル殿下は俺を助けた怪しい黒尽くめの男を見ていただろうか。
 俺はぼんやりとバル殿下を見つめた。
 衛兵も、遠くから駆け寄ってくる。

「おい、大丈夫か?」

 バル殿下も俺を見つめた。

「だい……じょうぶ」

 俺がそう返すと、バル殿下は俺をギュッときつく抱きしめた。

「心臓が止まるかと思った。まさかサキドゥールがお前を殺そうとするなんて」

 殺そうとした?
 俺は、衛兵たちがドルを運んでいくのを見た。
 ドルは、俺をナイフで刺そうとしたのか。
 急に身体が震えて、俺は自分でそれを止めることができなかった。
 バル殿下はそんな俺を力強く支えると、部屋に連れて行ってくれた。

「今日はもう、ゆっくり休め。食事は俺がここに運んでくる」

 部屋に入ると俺はベッドにもぐりこんだ。
 一体何が起きたんだ。
 俺はギュッと目をつぶる。
 ドルとは仲良くなったと思っていた。あの瞬間まで、俺は全然気づかなかった。
 そして、あの、全身黒装束の男、あれはバルさんだった。

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