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2.  「あなたの名前はなんですか?」「私は森に倒れていたからモリトです」

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 どうやらここは、日本じゃないらしい。
 言葉は通じてるけど。
 肉屋で暮らし始めて、外に出てみて、明らかに日本じゃないのがわかった。
 何というか、服装の感じが独特だなぁと思ったり、バザールみたいな市が屋外にあったり、看板の文字は全く読めない。
 字が全く読めないことについては、バルさんは「打ちどころが悪かったのかな? 大丈夫すぐ思い出すし、思い出さなくってもすぐ覚えるよ」と励ましてくれた。
 日本じゃないどころか、何かやばいかもしれんと思ったのは、バルさんに連れられておっかなびっくり服を買いに行った時だった。

「ドラゴン退治に行ってた騎士団の連中が帰ってきたぞー」

 周りがザワザワし始めて、行進してきた馬に乗った人たちは、ヨーロッパとかで博物館にあるような鎧を着ていた。その後ろから、荷車みたいなのに積まれて、どデカい山のような何かが運ばれてきた。テカテカしたワニみたいな肌の山……それは、空想の生き物として名高いやつだった。
 よくファンタジー映画とかで出てくるやつ。
 ああ、騎士団。
 ようやく漢字変換できて、ひえってなった。
 映画村、とかじゃないよな。

「今夜はドラゴン肉が振る舞われるらしいぞー」

 誰かがはしゃいだ声で言っていて、バルさんも「良かったな、もらって帰ろうか」とか言っていて、俺はキャパオーバーで倒れそうだった。
 晩ごはんに出てきた肉は美味しかった。美味しかったけど、俺は食べた後お腹を壊した。
 トイレといえば、最初にトイレに行った時は使い方がわからずバルさんを呼んでしまった。お腹を壊したのが初回のトイレだったら俺は漏らしてしまっていただろう。
 お腹を壊した俺をバルさんは心配して、トイレにまで薬を持ってきてくれた。

 俺は、認めざるをえなかった。ここは、日本ではないし、外国でもなさそうだ。

 俺はモリトと呼ばれる。
 バルさんに、記憶喪失とはいえ呼び名はないといけないなと言われた時に、とっさに本名の「杜人」という名を出してしまった。とりあえず、「森で倒れてたからモリト」と言ったら、とても可哀想なものを見るように微笑まれた。
 仮の名前と見せかけた本当の名前。
 俺の名前、山野辺杜人。
 日本じゃなくて、外国でもないここで、俺はどうしたらいいんだ。
 バルさんは、「思い出すまでいてくれて構わない」と言ってくれたので、しばらく肉屋にお世話になることにした。



 ここは、ユノス王国という、王様が治める国の、王都らしい。その外れの方なんだそうだ。
 遠くに見える高い塔みたいなものを指さしてバルさんがあれが王城だと教えてくれた。
 俺が口を開けて高い塔みたいなものを見ていたのがあんまりにもおかしかったのか、バルさんは声を上げて笑った。
 俺のおのぼりさんっぷりは、他の人にもわかったらしく、果物を売ってるおばちゃんにも「王都に来るのは初めてかい?」と笑いながら言われてしまった。
 王都どころかこんなとこ知らないよ、とは言えなかった。
 俺は笑いながらちょっと泣いた。

「ここだけの話、異世界から国に幸いをもたらしてもらうために呼んだ異世界人が辿り着く前に行方不明になったらしくてねぇ……騎士団の連中がこっそり探してるらしいよー。だから、ここらも最近は騎士がウロウロしてるのさぁ」

 おばちゃんは、俺にこっそりここだけの話と教えてくれた。
 多分来る人全員に言ってるやつだ。
 俺は内容にドキリとした。

 呼んだ、とは。
 幸いをもたらす、とは。

 その日はその後俺はずっと上の空だったと思う。
 呼ばれた異世界の人って、もしかして、俺じゃないかって。
 身ぐるみはがされたから、気づかれなかったけど、身ぐるみはがしたやつは今頃どう思ってるんだろう。
 こっちの人間からしたら、変な服だし、リュックにはパソコンまで入っている。
 まあ、起動できるかわからないし、起動してもロックはかけてるけど。
 あと、スーツの内ポケットのスマホも、電波あるかわからないけど、多分、あれを持って行って「私が異世界から来ました」とか何とか言えば多分王城で歓迎されたりするだろう。
 俺はそういうの無理だから、良かった。
 でも、服や荷物は返して欲しい。すごく大事にしてたわけでもないけど、俺の記憶が確かに俺のものだって、確認したい。

 何か、実家なんて全然帰ったりしなかったのに、急に味噌汁とか飲みたくなって、「俺は味噌汁なんていらないんだよ」なんて思ってたはずなのに、脳が口の中に味噌汁の味を思い出させたから、泣きそうになった。

 俺、帰れないじゃん。
 俺、ひとりじゃん。

 急に色んな思いがあふれてきて、バルさんに使ってくれと言われた部屋で泣いた。
 俺がベッドにうつ伏せにつぶれていると、バルさんがそっと来て、俺の頭を撫でた。泣いてる声が聞こえたんだな、心配させてしまったな、と思ったけれど、俺は顔を上げることが出来なかった。
 バルさんは、ゆっくり頭を撫でて、背中をトントンと優しくリズムを取ってたたく。
 俺はその日そのまま泣き疲れて眠ってしまったようだった。


 この世界で、俺が頼れるのはバルさんだけだった。



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