悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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[ミシュリーヌ視点] 後②

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「おはようございます、ミミィ様! 本日も良い天気ですね!」
「おはよう、ノエル。貴方は今日も朝から元気ね」
「それだけが取り柄ですので!」
「特待生様が何か言ってらっしゃるわ。嫌味かしら?」
「元気と頭脳と魔法適性が取り柄ですので! ではまた、午後の実習授業でお会いしましょう!」

 はっとして付け足したノエルは、挨拶代わりに挙手敬礼をして、やはり元気に走り去って行った。
 ノエルとは一年前の決闘後からの付き合いだ。予想通り頭の螺子が何本か抜けているけれど、基本的には善良で扱いやすい『良い子』である。だからこそロザリーなんて女に良いように扱われてしまった訳だけれど、あの女に関しては一年前の時点で既に手は打ってあるから問題は無い。

 ノエル・ペルグランという人間にとっては、『民の生活がより良く、素晴らしくなること』こそが正義であるいうことは少し話せば分かった。
 私の活動は小さな目で見れば数多くの諍いがあり、他者を虐げているように見えるけれど、大きな目で見れば皆の助けになる。当然私に利益があるからこそそうしている訳だし、刃向かってきた者を完膚なきまでに叩き潰すことほど面白い娯楽はないと思っているけれど、それでも、結果的には『民の生活がより良く、素晴らしくなること』のひとつである。
 決闘を終え、ロザリーのくだらない勘違いを諭し、誤解を解いた上で私の活動によって齎された利益に付いて語り聞かせた結果、ノエルは大げさな謝罪と共に私の『活動』を受け入れた。
 「ミシュリーヌ様は未来を見据えておられるのですね! 私のような若輩者にはまだまだ理解が及ばなかったようです……」と頭を下げるノエルを懐柔し取り込んだのが、決闘の一週間後の話だ。
 一年が経った今では、放課後に城下町のカフェに共に行くことすらある。友達、というには少しおかしいけれど、下僕という程支配下に置いている訳でもない、少し不思議な関係ね。

 ダンからは『あんな大規模戦闘かましておいてよく仲良くなれるな』みたいな顔で見られてしまったけれど、男同士だって戦いで友情を深めるのだから、女同士でもそれが起きたって不思議じゃないでしょう?
 それにあの子、目を離すと直ぐに騙されるから少し面倒を見てあげないといけないような気がするし。

 ノエル、一年前に私に負けてから騎士団にまで通うようになってしまったのよね。お陰で変な癖がついているけれど、就職先は宮廷魔導師団なのに大丈夫なのかしら。王国騎士団と宮廷魔導師団は先代の頃から折り合いが悪くて、予算会議の時はいつも御父様が胃を痛めていたわ。可哀想に、ノエルが入団したらもっと大変な事になるわね。

「ミミィは案外面倒見がいいよな」
「案外? 十年も婚約者の面倒を懇切丁寧に見続けた私が、案外面倒見がいい、で済むと思って?」
「いや、だってお前、割とスパルタで突き放すことあるだろ」
「その方が覚えが良いのだもの。面倒を見ていることに変わりは無いでしょう」
「剣術指導で真剣勝負になった時なんて、死ぬかと思ったんだぞ、俺は」
「死ななかったのだからいいじゃない」

 笑いながら告げれば、ダンはこれ以上何か言うのを諦めたかのように口元に苦笑を浮かべて目を閉じた。
 ここで諦めたということは、ダン本人も『まあいいか』と思っているということだ。確かに、実際死なずに済んで、それなりの腕になったのだから良いか、と思っている。
 手加減しているとは言え私と互角に渡り合えて、『それなり』だなんて笑ってしまうわよね。頭は悪くないはずなのに、どうしてこうお馬鹿さんなのかしら。こういう点ではノエルと似ている気もしなくもない。

 そうなると、もしかして私は私で思っているよりもノエルのことが好きなのかしら?
 此処まで来て気づくなんて、相変わらず感情に鈍くて少し照れてしまうわね、なんて幼い頃の自覚について思い出していた私と、その横でぼんやりと窓の外を眺めていたダンの前に、突如薔薇の香りが広がった。

 魔法の気配を察知したダンが私の腕を引いて僅かに下がる。ついでとばかりに身体を預けると、肩を抱くようにして支えられた。
 明滅する黄色い閃光に目を眇めると同時に、薔薇の花びらと共に人影が現れる。

 驚いたわ、転移魔法じゃない。確かエルミネイトで開発中の新しい魔法よね。輸送経路を魔術で補強しようとしているらしいけれど、今現在はあまり実用的とは言えない新技術。
 興味はあったけれど、今は国内整備の方に気を取られていてあまり気に留めていなかった転移魔法を直に見られるなんて、中々嬉しい一日の始まりね。
 多分、この先はちっとも嬉しくない始まりなんでしょうけど。

 嫌な予感と共に、目の前に現れた金髪碧眼の男を眺めていた私に、男は一つに括った長髪を見せつけるかのように靡かせ、端整な顔立ちを崩さぬまま、芝居がかった様子で片目を瞑ってみせた。

「ごきげんよう、シュペルヴィエル公爵令嬢。わたくし、エルミネイトで服飾店を営んでおります、ランベルト・キエザ・ジョヴァンバッティスタと申します。シュペルヴィエル様のお噂はかねがね伺っておりまして、お目にかかれて光栄です」
「ごきげんよう、ジョヴァンバッティスタ様。随分と派手な登場ね」
「美しいでしょう? ジョヴァンバッティスタ家にとって、美とは強さ! 美しさこそが力なのです、妥協は致しません。それこそ、初めてお会いする御令嬢の前では、特にね」

 確かに、言動は兎も角、彼の身に纏う衣服から魔法の発動、魔力操作に至るまで『美』があった。
 鮮やかな刺繍が施された外套を羽織り、奇抜な彩りをスタイルの良さでまとめ上げ一つの美として成立させている。彼以外がこれを着て、この言動を取れば一瞬で奇人変人の類いと切り捨てられるだろうが、長身の仕草のひとつひとつが美しいものだから、『そういうもの』と納得しかける強さがあった。
 今度の製品の参考程度にはしてもいいかもしれないわね。

「それで? ご用件は何かしら、登場に見合った案件だといいのだけど」
「勿論! このランベルト・キエザ・ジョヴァンバッティスタの名にかけて、決して詰まらない用件などではありませんとも!」

 大仰な仕草で両手を広げたランベルトは、そのまま広げた手の先を此方側へと差し向けると、高らかに宣言した。

「ダニエル・グリエット殿! どうかミシュリーヌ嬢を賭けてわたくしと決闘をして頂きたい!」

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