悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

文字の大きさ
上 下
8 / 27

[ミシュリーヌ視点] 前②

しおりを挟む

「ルーシェ、あなたがあけても かまわないのよ」
「滅相もございません。私のような下級魔法しか扱えない使用人が使える代物ではありませんので」
「『うんめいのひと』がわかったら うれしいのではないの?」
「それは……嬉しく思いますが、私のような者には運命などという大層な相手は、」
「ねえ、まえから おもっていたのだけど。その『わたしのような』というのは やめてちょうだい、ふゆかいよ」

 美しい球状のオルゴールを前にまごつくルーシェを見上げれば、彼女は困ったように眉を下げ、謝罪の言葉を口にした。
 別に謝って欲しかった訳ではない。溜息を吐きつつ、金の装飾が施された白いオルゴールに触れる。

「あなたが じぶんのかちを どうおもっていようと かってだけれど、わたしのそばで はたらくかぎりは わたしのしょゆうぶつなの。わたしはつかえるものしかそばにおきたくないし、わたしが こうしてあなたを つきしたがえているというのは、ようするに あなたにかちがあって そうしているのよ。
 だから、かってにあなたのはんだんで あなたをおとしめるのはやめてちょうだい」

 己の探究心に振り回されていた状況を正しく理解した際、私にはルーシェ以外の侍女を選ぶ権利もあった。彼女より優秀な者は山ほど居る。それでも私がルーシェを選んだのは、私が自分の暴力的なまでの探究心に振り回されている間、付きっきりで相手をしてくれたのがルーシェだけだったからだ。
 自分よりも遙かに物覚えがよく知識を吸収していく幼児の相手をするのは、殆ど苦行に近い物が在る。雇われている以上は当然の義務ではあるが、人の心はそう簡単に感情を割り切ることはできない。
 それでも、ルーシェは少しも分からない学術書を必死に読み解き、少しでも私の役に立つようにと働き続けた。自己評価が低く芯が弱そうに見えるが、誰も彼もが投げ出しかけた仕事を成し遂げたのだ。彼女には、選ばれるだけの価値がある。

「……承知しました、今後は気をつけます」
「そうね、きをつけて。わたし、おなじことを にどもいうのは きらいよ」

 釘を刺せば、眉を下げて微笑んだルーシェは僅かに困惑を滲ませつつも頷いた。それと同時に、手の平で触れていたオルゴールが微かに熱を帯びる。
 魔法回路に問題がないことは感じ取っているから、危険性は無い。そのまま導かれるように魔力を注げば、淡く輝き出したオルゴールが上に乗せた手を持ち上げるように開き始めた。

 脇に立つルーシェの握り締めた手に力が籠もる。その目が期待に輝いているのを見て、やっぱり買い取ったのは正解だったわね、などと考えていた所で、開いたオルゴールから軽やかな音色が流れ出した。
 本来オルゴールに組み込まれている真鍮の筒と櫛歯が耳触りの良いメロディを奏でる後ろで、僅かに別の物音が響いている。徐々に近くなるそれがはっきりと聞こえるようになった頃、旋律が止んだ。

『…………なんだろう、これ』

 そうして私は、後に私の婚約者となる男――ダニエル・グリエットと出会ったのだ。



    ◇◆◇

 私としては、例えオルゴールに認められたとしてもこんな小道具が勝手に選んできた者が『私の望んだもの』であることを簡単に認めるつもりは無かった。
 与えられた物から最善を選び取るのは当然の権利だが、『最善』を与えられてただ満足するなんて性に合わない。
 このオルゴールが選んだ相手が本当に『最も望む相手』なのか見極める必要がある。選ばれたという相手が真実『そう』だというのなら、行商人には次回は少し色をつけて代金を払ってやってもいい。

 想像よりも余程冷めた思いでオルゴールの奥へと語りかけた私は、気紛れに一時間ほど言葉を交わし、そこで『ダニエル・グリエット』が一般的な同年代の貴族令息よりも余程優れた知能と、柔軟な思考を持っていることを察した。
 口数こそ少ないが、此方の言うことを一度で殆ど全て正しく聞き取り理解する。分からないことは自分で『どこが分からなかったか』を把握した上で質問をしてくる。加えて、私と同い年。成る程、確かに試すには悪くない相手だ。

 ダニエル・グリエットという名を聞き、代を重ね領地経営が上手くいかなくなり始めている伯爵家を思い浮かべながら次の約束を取り付け、オルゴールを閉じる。

「まあ、わるくないわね」

 珍しく、心の底からそう思っていた。完全に侮っていたオルゴールが、少しばかり価値のある物に見えてくる。
 小さく鼻を鳴らして紅茶の用意を言いつけた私に、ルーシェは口元に微かな笑みを浮かべながら腰を折って答えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

みんなの憧れの女騎士様と一線超えまして!?

黒水玉
恋愛
「私の処女を奪った責任をとってもらおうか?」 冴えない文官のディルスは、のっぴきならない事情でみんなの憧れの女騎士様、ミレイ・ローゼンバールと一線を超えてしまう。 彼女は由緒正しき侯爵家のご令嬢。その処女を奪ったとあれば、どんな罰を受けるか知れない。 焦ったディルスはすぐさまその場から逃亡した。名前も名乗っていない。彼女は意識朦朧としていたし、お互いのためにもなかったことにさせてもらおう。 そんな考えを胸に身を隠していたディルスだが、ある日彼の元にミレイが訪ねてきて……!? よくある設定を男女逆でやってみました。 地味で内気な主人公(男)と、ハイスペック騎士(女)です。 ※最中は男女逆じゃないです。 こちらの作品は他サイトにも投稿しています。

婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!

まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。 笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン! でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

【完結】予定通り婚約破棄され追放です!~せっかく最強賢者に弟子入りしたのに復讐する前に自滅しないで!?~

桃月 
恋愛
 レミリアは前世の記憶を持つ悪役令嬢だった。  前世で大人気だった乙女ゲーム『ラブマリ』の世界に転生してしまったマリロイド王国公爵令嬢レミリアは、卒業式での断罪を避けようとあらゆる努力を重ねるが、どういうわけか冤罪に冤罪を重ねられ、結局は断罪コース。  よりにもよってヒロインが選んだのはレミリアの婚約者、王太子アルベルト。ヒロインがこのルートを選んだということは、レミリアは国外追放だ。 「レミリア・ディーヴァ! 君との婚約は破棄させてもらう! 君の醜悪さには耐えられない!」 「この国の未来の聖女への数々の所業、とても許されるものではない! よって国外追放とする!」  案の定の展開に、これまでの努力を思うとガックリと力が抜けないわけではなかった。  そして同時にこう思った。 (もうどーでもいいわ!)  この時のためにしっかり保険は掛けていた。 「真実の愛だけで国を守れると思うなよ!!!」  そう捨て台詞を吐いて向かったのは大賢者ジークボルトのいる隣国ベルーガ帝国。 「先生! 私あの国潰します!」 「どうぞどうぞ」  いつの日か私を蔑ろにしたあいつらに一矢報いる為に、イケメン師匠とイケメン兄弟子と共に、今日も今日とて修行の日々だ。  だが、レミリアが手を下す前だというのに故郷のマリロイド王国は勝手に滅亡へ向かっていく。 「ちょっとちょっと! 私がやるまで滅びないでよ!?」  滅ぼしたいほどムカついているけれど、いざそうなると躊躇われる。それが故郷。 「もう君は自由だ。好きに生きていいんだよ?」  そんな師匠の言葉を間に受け、本気でやりたいように生きる、そんなレミリアの自由な物語。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

処理中です...