悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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[ダニエル視点] 後①

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 一週間が経った。
 約束通り、サンクの日の放課後に第六闘技場へと向かう俺は、始まる前から疲労感に溢れつつも、普段と変わらずミミィの後ろに付き従っていた。

「……なあ、本当にそんな馬鹿げた理由だったのか?」
「ええ、そうよ。笑ってしまうでしょう? 全く、正義感に溢れた愚か者って一番面倒よね」

 うんざりしながら問いかける俺の手元にあるのは、この一週間でミミィが集めた『ペルグラン男爵家』の情報を纏めた書類だ。
 木製のボードに留められたそれらに書かれているのは、何ともくだらない『誤解』と稚拙な『策略』の報告である。

 結論から言えば、ノエル・ペルグラン男爵令嬢は正真正銘、心の真っ直ぐな御令嬢であり、同時にあまりにも乗せられやすいお人好しの阿呆だった。

 ノエル嬢は孤児院から引き取られ、特待生として我が校に編入した訳だが、彼女と時期を同じくしてもう一人、新入生の中にも『ペルグラン家』の男爵令嬢がいる。
 名をロザリー・ペルグラン。ノエル嬢が言っていた『ロザリー』というのが彼女であり、一応はノエル嬢の義妹ということになる。

 このロザリー嬢がくせ者だった。くせ者、というか愚か者だった。

 見目麗しい御令嬢だが身体が弱く、男爵家で蝶よ花よと育てられたせいで儚げな見た目に反して酷く傲慢に育ってしまった彼女は、何とその底なしの欲を抑えきれず、『王太子の婚約者になりたい』と願ってしまったらしい。
 特待生の上に編入生であるノエル嬢を橋渡しとして数々の有力貴族の令息とも懇意にしているばかりか、義姉を隠れ蓑にして第一王子と逢瀬を重ねても居るのだという。
 話だけ聞けば男好きの碌でもない女でしかないのだが、どうもネコの被り方が異常に上手く、関わった令息たちだけではなく義姉であるノエルもロザリーを『病弱で健気な麗しい令嬢』だと信じ込んでいるらしい。それこそ、ロザリーが黒と言えば白も黒になる勢いで。

 その生粋の悪女が今回の事態にどう関わってくるのかと言えば、答えは単純だ。
 どうやらこのロザリー・ペルグラン、王太子アルフォンスの『婚約者』をミミィだと勘違いしていたらしいのだ。
 どうしてそんな勘違いが起きたのかは理解に苦しむが、第一王子でありながら外交の関係で他国へ婿入りすることになっているアルフォンス王子の婚約がギリギリまで伏せられていることと、俺が公爵令嬢であるミミィの婚約者としてはあまりに知名度が低いことから、何かしらの情報の行き違いがあったのだろう。いや、それにしたって、少し調べれば分かることなのだが。

 ロザリーは勘違いしたまま、アルフォンス王子とミミィの婚約を破棄させるつもりでノエル嬢を焚き付け、彼女は孤児院から拾われた恩もあり、盲目的に溺愛していた義妹に言われるがままミミィに決闘を申し込んだ――――というのが今回の事態の発端だ。

 勿論、ノエル嬢としては本当に、『悪』を断罪するつもりで来た。彼女の正義感に嘘は無く、だからこそ尚更たちが悪い。
 正義は己にあると信じている彼女は、決闘で決着をつけるまでは此方の言葉を一切聞き入れる気が無かったのだ。

 だから、何の意味も結果も成さないと分かっていながら、ミミィは今日、わざわざ闘技場に向かっているという訳だ。

「全く、くだらない勘違いで私の手を煩わせるなんて、これだから田舎者は嫌ね。そのまま孤児院に引きこもっていれば良かったのに」

 悪態染みた台詞を吐くミミィの足取りは、言葉に反してひどく軽い。公の場で、自身に楯突いた相手を甚振れるのが嬉しくてならないのだろう。行動は兎も角ノエル嬢の『正義』が本物であるように、此方の『悪辣』も正真正銘、本物なのである。
 ノエル嬢には悪いが、ミミィの憂さ晴らしに付き合って貰うしか無い。ほんの少し哀れになり、思わず天を仰ぎ、ノエル嬢が五体満足で帰れるように祈ってしまった。




 第六闘技場の客席は、半分程が埋まっていた。廊下で聞きつけていた生徒は二クラス程度だったと思うが、少なくとも学園の半分が観戦に来ているように思える。
 一体何処からこんなに話が広まったんだ。というか、ここまで大事になっているなら教師が止め――――ないか。ミミィのやることに口を出す者など、もうこの学園には残っていない。

「お待ちしていましたよ、ミシュリーヌ・シュペルヴィエル様。当日までに闇討ちもあり得るかと警戒していましたが、流石に貴方もそこまで堕ちてはいなかったようですね」
「あら、どうして闇討ちなんてする必要があるの? 折角、公衆の面前で貴方を叩き潰せるというのに、わざわざ自分の手でその機会を台無しにするなんて意味が分からないわ」
「いつまで余裕ぶっていられるか、見物ですね! さあ、杖を取りなさい!」

 学園規則による決闘は、原則として魔法、または剣術を使用した一騎打ちとなる。
 闘技場内のみで使用できる『障壁を生じさせる魔石』を身につけ、相手の頭部の上に表示される『ポイントを換算したゲージ』を先に空にした方が勝者だ。
 高火力魔法を放っても互いに怪我をすることなく勝敗を決められるので安全性が高く、実技授業の試合でも使用されている対戦方法である。
 ちなみに、魔石は決闘終了後に自壊してしまう為、使用する生徒は買い取る形で使用料を払うこととなる。一個二〇〇ケトス。平均的な学生の食費で一週間分くらいといった所だ。

 特待生ということもあり魔法には自信があるのか、ノエル嬢は長杖を手にしている。
 魔法樹から削り取った杖は、長ければ長いほど魔力補助の力が強まり、威力が上がる。あまり長すぎても取り回しに困るから、まあ、身の丈より頭一つ分くらい大きいものが主流だ。
 上部に魔石を埋め込んだオーソドックスな作りの杖を構えるノエル嬢に対し、ミミィは迷うことなく腰元の剣を引き抜いた。

「貴方程度を相手にするのに杖なんていらないわ」
「剣、ですって? あ、貴方ッ、馬鹿にするのもいい加減にして下さい!」
「いいから掛かってきなさい。未だに名乗りもしない無礼者にはこれで充分だと言っているのよ」

 魔法適正が高すぎるノエル嬢は許された時間の全てを座学と魔法実技の鍛錬に費やしているのか、剣術の授業に顔を出したことは無い。それ故にミミィの実力を知らないのだろう。
 そもそも女子生徒で剣術を取っているのは学年の十分の一にも満たないし、ミミィが出席するようになってからは更に半分に減った。女子同士で組まされる分、模擬戦の相手になりやすいからだ。

 障壁が怪我は防いでくれるとは言え、痛覚はそれなりに残る。
 ノエル嬢のトラウマにならないと良いが、と若干目を逸らした俺が会場の隅に移動すると同時に、はっとしたように姿勢を正したノエル嬢が口を開いた。

「これはとんだ失礼を! ノエル・ペルグランと申します! この度、ミシュリーヌ・シュペルヴィエル様の悪行を食い止める為、婚約者様との婚約破棄、並びに一般生徒への被害防止の為に決闘を申し込みます! よろしくお願いします!」
「条件が増えているじゃない、お馬鹿さんね、本当」

 背を正し、はきはきとした声で宣言するノエル嬢に、ミミィは小さく噴き出した。
 ノエル嬢を叩きのめす思いには微塵も変化はないようだが、ミミィはあれで案外、愚直な人間が嫌いでは無い。多分、ノエル嬢のこともそれなりに憎からず思っている、ような気がする。

 それよりもミミィが苛立っているのは、観戦席に座るロザリー嬢の方だろう。
 姉の横暴を止めたい、などとは言っていたがその実助長するように根回しをしていた彼女は、未だに王太子の婚約者が他国の王女であることを知らない。どうやら大分思い込みが激しいようである。

「え、えー、では、双方の要望を賭けてノエル・ペルグランとミシュリーヌ・シュペルヴィエルの決闘を開始します。両者、異論はありませんね? 構えて!」

 どうして俺がこんなところに、早く終わってくれ、と言わんばかりに青ざめた顔で宣言した審判が、開戦の鐘を鳴らした。

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