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 ――――魔族大陸《ローカストス》がいよいよをもって崩壊寸前である、という情報を俺が得たのは、とある若い雄猫と知り合いになってからのことだ。

『あっ! アニキ! 待ってくだせぇ!』
『……その兄貴ってのやめてくれよ、エイミー』

 基本、顔見知りでもない猫同士は殆ど目も合わせずにそれとなく距離を取る。
 俺は猫としてもちょっと異質な分、グロムの街の猫からは特に距離を取られていたのだが、この茶色の毛並みを持つ猫――エイミーには、怪我をしている所を助けてからというもの、妙に懐かれてしまっていた。

 エイミーなんて可愛い名前(大抵は雌の猫につけられる)で呼ばれている彼は、くりくりとした目にちょっと垂れ気味の耳という名前に見合った可愛らしい顔立ちだが、言葉遣いはこの通り、何処の魔族の下っ端だ?というような感じだ。
 最初は驚いたが、これはこれで可愛いので見ていて飽きない。まあ、兄貴呼びはちょっと勘弁して欲しいが。

『アニキ、ローカストスのこと気にしてたっすよね? オレ、ちょっと小耳に挟んだことがありやして』
『ふむ、ベラちゃん情報か。あの子は元気か? 怪我とかしてないか』
『そっす! 今回も無事に戻ってきたんで心配ないっすよ! まあ、オレとしちゃベラには危ない任務とかついてほしくないんすけど……仕事なんでしゃーないっすね』

 装飾品店のおかみさんから貰った干物を分けてやりつつ、エイミーの話に耳を傾ける。
 この男、どうやら伝声鴉の彼女がいるらしいのだ。異種族恋愛、ということになるのだが、本人(?)達が幸せならば、俺から口を出すようなことは何も無い。
 悲しいことに縄張り付近では変態として遠巻きにされているらしいが、別にエイミーが気にしている様子は無いし、たまに見かける二人は相思相愛で幸せそうだし。

 人間相手には情報を漏らさないように徹底教育を施され、幾つか戒めの魔法もかけられている伝声鴉だが、情報漏洩の咎に動物は含まれていない。
 俺は元は魔王だが、少なくとも今は猫だから、俺が知ってもベラの不利益になるようなこともない。人と猫が言葉を交わす術もないしな。

『あっち、大分ヤバいらしいっすよ。じょーか街も荒れ放題みたいで、少しでもイイ感じの土地を取り合ってドンパチやってるみたいで』
『……なんだってそんなことに。上の奴らは何をやってるんだ?』

 魔族は元々好戦的な種族であるとはいえ、自身の生命や生活を保つ為ならばある程度は協力し合って過ごせる筈だ。
 現に俺が魔王をやっていた頃は比較的安定していて――まあ悪く言えば平和ボケしていて――裕福などとは口が裂けても言えなかったが、ある程度の水準の暮らしは出来ていた筈だ。
 それがどうして、一年も経たずに崩壊の危機に陥ってる? 勇者から聞いた話で危ういことは知っていたが、滅ぶにしても、十年やら二十年やら、そんくらいはかかるもんだと思っていたんだが。

『なんかー、前のマオウひとりに仕事?集めすぎてたとかで、前までやってたやつらが仕事のやりかた忘れちゃってんですって』
『……マジかよ、そんなん有り得るのか?』
『ありえてっからそうなってんじゃないすかね! オレにはむずかしーことさっぱり分からねえんすけど、マオウがやってる仕事が多すぎて誰も次のマオウやりたがんねーらしくて、それでさらに荒れてるっぽいっすね!』
『はあ、成る程なあ……、よかれと思ってやってたんだが……結果的に成長の芽を摘んでたってことか……』

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