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「あ、ロルが寝てる。あそこ好きね」

「ねえ、海沿いにできたカフェ行かない?」
「パフェが美味しいんだっけ? いいよー、行こ行こ」

「はー、仕事サボりてえ……親方厳しすぎだろ」
「何言ってんだ、親方がお前の年の頃には、工具飛んで来るなんてザラだったんだぞ。怒鳴られるだけで済んで有難いくらいに思っとけ」
「そういうのもう古いっすよ~」
「命にも関わんだから厳しくて当然だろ」

「やだもー、今月ピンチすぎるのにヒール折れたんだけど! 最悪!」
「あたし、めっちゃ安く直してくれるところ知ってるよ」
「ほんと? どこ!?」
「んっとねー、」

「にしても、魔族大陸《ローカストス》は大丈夫なんかね」
「あー……こっちにまで来たりしなきゃ良いけどな……」

「王女様と勇者様の結婚式っていつだっけ」
「年明けって言ってなかったかなあ」

 猫の耳というのは割と便利で、聴こうと思えばある程度の距離なら明瞭に聞き取れる。
 広場内で交わされる会話は半分寝ている状態でも充分聞こえてきていて、俺はここでみんなの世間話を聞くのが案外好きだった。

 魔族大陸《ローカストス》は基本的に他人の悪口とか貶し合いが好きだったりするもんだから、世間話も聞いてて気持ちの良いもんじゃなかったし。

 あ。そう、それだよ。さっき、なんか、誰かの口から『魔族大陸《ローカストス》』って出てなかったか?
 むくりと起こした体で辺りを見回すも、耳に拾った声は既に広場には無い。昼休憩も終わったからみんな仕事へ戻って行っていて、人波に紛れたその声を探すのはちょっと骨が折れた。

『(ローカストスに何かあったのか……? いや、まあ、魔王が死んだんだから何かあるだろうけど……、こっちに伝わるまでのことが起きてんのかね)』

 寝起きでぼんやりしている頭で考える。
 もしかして跡継ぎが決まっていないのだろうか。いや、確かに俺のもとに嫁いでくれる魔族令嬢はいなかったから子供はいないけれど、その辺は四天王組がなんとかする筈だろ。
 エレジルは論外として、アールンは先の戦いで死んで、株分けした体が育っていないから魔王には立候補出来ないよな、ヴェラノイアのところは子供いたよな? 俺より使えるとか自慢してたし。まあ実際俺より攻撃魔法強かったし、ヴェラノイアの息子とか良いと思うけど。うーん、ノペは無性体だから子供いなかったよな。

 正直日々の業務に追われている中で跡継ぎのことまで考える余裕なんてなかった。最後の十七年は完全に虚無の中で仕事してたし。
 うーん……分からん。さっぱり分からん。
 そもそも俺がこんなところで考えたとしてもどうにもならんしな。猫だし。

 その辺りは魔王城の奴等がなんとかしてくれるだろ。たぶん。きっと。

 くぁ、とあくびを一つかまして伸びをした俺は、再び居心地の良い場所を探ってから、石像の上で丸まって目を閉じた。

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