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しおりを挟む――――グロムは、建築の街だ。
王都を作る為に各地から呼び寄せられた職人達が住み着き、アクの強い彼等が千年かけて好き勝手に建設や増築を繰り返していった結果、街中が迷路のように入り組んでしまっている。
建てるならばまずグロムを知れ、とまで言われる程には、街全体が技術の結晶なのだ。
しかして、技術と技巧、美しさはあれど、グロムはひどく歩きづらい。
『(これは猫じゃないと通りづらいだろうなあ……)』
坂道を上がり、隣り合う家々の合間を跳び歩いて、俺は螺旋状の階段をたったか下りる。
細い塀の上を通りに出るまで歩いたなら、いつも俺がおやつを貰いに行っている出店に到着だ。
「あらぁ、ロルちゃん! 久しぶりね」
『んなん』
「三日くらい見ないから心配してたのよ~、どこ行ってたのかしらね」
うちより良いとこ見つけちゃった?と笑いながらお肉をお裾分けしてくれるおかみさんの足元で、切り分けられた鳥頭熊《プティッド》の前脚を齧る。
装飾品店を営む彼女の旦那さんは冒険者で、よく大型獣を狩ってきてはギルドに卸したものの余りをこうして餌用に取っておいてくれるのだ。
この辺りは一応、俺の縄張りとなっているから、他の奴らはあまり見ない。俺は仲良くしたって構わないんだが、どうも猫ってのはそうはいかんらしい。
猫として生活を始めて三ヶ月が経ったが、まだまだ知らないことだらけで難しいもんだ。
しかし、この三ヶ月は本当に幸福すぎて、夢なら覚めないでくれ、と何度も祈った。
まず昼前まで寝てても誰にも怒られないし、迷惑さえかけなければグロムの街の人たちは基本猫に優しい。
勿論、洗濯物を引っ掻いたり、店のものを勝手に食べたりしたやつは怒られてたが、それでも打たれたりしてるやつは見たことがない。
仕事に追われることもない。強いて言うなら鼠を駆除するのが役割のようだが、あれはあれで、追いかけるのが楽しい仕事だし、浄化魔法があるので食べるのに抵抗も無い。
トイレだけちょっと困るけど、まあ、記憶を持って生まれ変わった俺が悪いのでそこは割り切った。
とにかく、前世の比じゃないくらいに楽しい。
活気に溢れるグロムの街は大抵どこかしら増築中で見ていて飽きないし、飯は旨いし、街の人たちは俺みたいなのにも声をかけて可愛がってくれる。良いことづくめだ。
ロル、というのは靴下を表す言葉らしく、黒い毛並みに四つ足の先だけが白い俺にはそんなあだ名がついた。元の名前に似ているので響き的に違和感はない。靴下に名前が似てんのは、まあ、そっかー、とはなるけど。
装飾品店のおかみさんと、魚屋のおじさん、縄張りの端に住む五階建ての奇抜なアパートに住む画家見習いのお姉さん、それから商店街の近くに暮らす八人家族の末っ子ちゃんなんかが、俺のことを特によく可愛がってくれる。
何処を通るかはその日の気分だ。
何せ、俺はもう仕事に縛られてはいない。あちこちから上がってくる整備の不満に応えて予算を動かす必要もないし、日々起こる街中での喧嘩で大怪我する馬鹿の為に休日出勤しなくてもいいし、寝る前に明日の仕事で悩まなくたっていい。
スケジュールが分刻みだった時代は終わったのだ。
まあ、なんとなく、大体早朝に起きて飯食って、昼過ぎまで寝て散歩して寝て、夜になったら飯を食う、みたいなルーティンは出来てる。
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