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最終話 〈2〉
しおりを挟む「ゔゔ……おお……おわ……」
枕を抱き込んでまで呻き始めた僕の横に付き添うマリーが、心配そうに握った手に力を込める。
「……精霊様の落とし子というのは大変なのね。精霊様のお声が聞こえるだけではなくその身に宿せるだなんて凄いことだとは思うけれど……」
「全然すごくない……今すぐ帰ってほしい……無数の目玉がついている六本足のウサギがそこにいますか? いま 尊き紫炎にて幸せとは円環の果て、ミリナスの声 ミリナスの声ゔぇぇ……僕は、ああもう本当に、うわあ……最悪……」
「ロバート、大丈夫……?」
「全然大丈夫じゃない。頭とか撫でてほしい」
身体が弱っているとき、人はとても素直になるものだ。
もう十六歳にもなるというのに半分泣きながら呟いた僕に、マリーは少し戸惑いながらも、そっとその白く美しい手で僕の頭を撫で始めた。
「うれしいよ……ありがとう……」
「そう。良かったわ」
「ウサギいる?」
「いない、と思うわ」
「良かった」
何が良かったのかはさっぱり分からなかったが、とにかく良かった、と思った。
「ああああ……辛い……やっぱり生まれてくるんじゃなかった……こんな酷いことに……」
「ロバート、そんなこと言わないで、お願いよ。貴方がいなかったら、私とても悲しいわ」
「わかってるよマリー、生まれてきてよかった、ほんとだよ。良かった」
うわ言のように繰り返し始めた僕を見て、マリーは少し困ったように口元に笑みを浮かべた。あんまり信じてはいない様子だった。
本当に、心の底からの本心なんだけども。僕は毎度、何をしてもあんまり本気だと信じてもらえない。何が悪いんだろうね。顔かな?
『精霊の落とし子』は、基本的に一千年に一度、一人生まれるか否かという頻度で現れる。
名を馳せているものがそう呼ばれていただけなので、実際にはもう少し数はいたのだろうけれど、それでもこの世界に落とし子が現れることは少ない。
別に、特別な方法で産まれるわけでも、生誕を妨げる何かがある訳でもないのに。
ごく簡単に、普通の人間と同じく生まれてくる彼らがこの世にあまり現れない理由は至極単純。『生まれる前の世界』の方がよほど楽しいのだ。
天界と呼ばれるそこは、全てが満たされている。
美味しい食べ物も、温かい寝床も、なんなら遊び相手さえいる。
面白半分に地上を眺めていたっていいし、知りたいことがあったら地上で遊んでいる精霊に聞けばいい。
わざわざ生身の肉体を持って、地上に降りるような理由なんて一つもないのだ。
それこそ、自分の体で冒険するのが楽しそう、だとか、『人間』と恋をしてみたい、だとか、そういう思惑でもない限り。
僕の場合は、後者の動機は最初はなかった。
そもそもそんな感情を抱くほど情緒が育っていなかったし、僕が眺めている時の地上には、まだマリーは生まれてなかった。
そもそも僕がマリーを好きになったのは、七歳の時だったし。
七歳の春。僕は高位貴族が集められた茶会でマリーと顔を合わせた。その頃のマリーはまだ淑女教育も始まっていなくて、快活で可愛らしい、普通の女の子だった。
有り体に言えば一目惚れだ。単純で、最も端的な恋だった。
この可愛らしい子と仲良くなりたい。
そう思ったので僕はマリーと交流が持てるように彼女の遊び相手に立候補した。
これがたとえば見目麗しい令息だったら警戒されていたかもしれないが、いかんせん僕の顔は素敵に素朴だったし、何より騎士団と魔道師団の交流についての思惑が多少働いていたので、僕は素直にマリーの友達になることができた。
おかしくなり始めたのはまさに、シャルロッテ公爵夫人が亡くなってからだろう。
ローヴァデイン公爵はもとより子供に興味があるようには見えなかったが、彼女の母親が身籠った息子と共に命を落としてからというもの、マリーには随分と辛く当たるようになった。
愛しい妻と跡取りを失ったのが余程ショックだったらしいけど、そんなのマリーの幸せのためには知ったこっちゃない話だ。捌け口を求めるにしても、もっとやりようがあっただろうに。
他家の問題に首を突っ込むことは、それこそ正当な逮捕状でもない限り難しい話である。
僕が勝手に会いに行ったことで、家庭内でのマリーの扱いが更に悪くなる場合だってあった。けれども、結果としては会いに行って正解だった訳だ。
放蕩息子っぷりを遺憾なく発揮して窓から入ってよかったよ、本当にね。
マリーに変なことを囁いたらしい精霊はまた気まぐれに何処か別の場所へ遊びに行ってしまったようで、ここ数年姿を見せていないようだ。
最初から変なことしないでくれれば良かったのに、と恨み言の一つでも言ってやりたい気分だったけれど、多分あの囁きがなかったらマリーは完全に心を押し殺してしまって、僕が自力で助けられるようになる頃には完全に手遅れになってしまったことだろう。
いくら落とし子だと言っても、肉体を持った存在になった時点で、別に何だって出来る訳ではないからね。
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