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四話 〈1〉
しおりを挟む異変が起こったのは、入学から一年を過ぎ、二学年に上がってしばらくが経った頃のことだった。
「リエナ・エルフィン様、あなたの行いはあまりにも目に余ります。学園に通う者としてもう少し慎みを持って過ごし、学園内の風紀を乱さぬように心がけて頂かなければ。学園規定はお読みになっていらっしゃらないのかしら?」
凛とした声音で、しかしてあくまでも優しく指摘を口にするのは、アマリリス・クロスタレー公爵令嬢。その対面で小さく震えているのは今年から入学してきた特待生、リエナ・エルフィン伯爵令嬢だ。
儚げな薄水色の髪を持つ美貌の令嬢であるリエナ様は、十六歳という歳になってから新入生として入学してきた。
何でも生まれつき病弱で、十六歳になってようやく体調が落ち着いたために今年入学することになったそうだ。
当然、彼女は周囲の新入生よりも一つ年上ということになる。
優秀であるが故に同学年の中でも少し浮き始めてしまっていて、二学年の生徒の中からそんな彼女を気にかけるものがちらほらと現れたのが、此処ひと月のことだった。
話だけ聞けば、学園の生徒にふさわしい、他の模範となるべき心優しい申し出に思える。
けれども、彼女の周囲で手を差し伸べる者が揃って見目麗しい令息ばかりで、しかもその中には三学年の王太子もいるというのだから、話はこじれてしまっていた。
リエナ様も遠慮している様子ではあるけれど、既に一年生の中では完全に浮いてしまったためか、頼れるのが同い年の先輩しかしないようで、行動を改めるつもりはないようだった。
エルフィン伯爵家は薬学研究における名家であり、国内の奇病への治療法をいくつも見つけている功績もある。
伯爵の名誉を穢さないためにもあまり表立った問題にはしづらい様で、それがまた更に事態をややこしくしてしまっている。
故にアマリリス様は彼女へと手紙を出し、リエナ様と少人数で話し合える場を設けた上でどういうつもりでいるのかを尋ねることにしたようだった。
アマリリス様は入学と同時に、正式に王太子の婚約者となっている。リエナ様への助力のために顔を合わせる機会が減ってしまっているのは明らかで、このままでは外聞が悪い、と彼女自身が動くことにしたようだった。
学園内の諍いや揉め事は、基本的には学外に持ち出されることはない。学生のうちに感情面の制御や立ち振る舞い、自己解決の力をつけさせる面もあるため、よほどの大ごとにならなければ学外からの介入もない。
むしろ家の力ばかりを持ち出していれば、それこそ『自分の力では何も出来ない人間である』と吹聴しているようなものなので、ほとんどの生徒は家名に傷をつけぬよう、細心の注意を払って真剣に過ごすものだった。
だからこそ、今回のリエナ様の行いはあまりにも目に余ると判断されたのだ。
淑女としての教育を受けて学園に入学してきた令嬢にしては、行いが軽率すぎる。
「申し訳ありません、私が周りとは違って上手く馴染めないから、皆様は気を遣ってくださっているだけなのです……」
「勿論、それは理解しております。わたくしたちも、貴方が助けを求めるのならばいつだって手を差し伸べる所存ですわ。ですが、実際に貴方が深く関わっているのは令息ばかり。これでは心ない噂が広まってしまうのも致し方ないことだとは思いませんか?」
「それは……そうですが……」
眉を下げるリエナ様は心底申し訳なく思っている様子ではあったけれど、それ以上の言葉を──判断を自分でつけるつもりはない様子だった。
アマリリス様の翡翠の目が、やや剣呑な光を持って細められる。
彼女は公平で誠実で、そして素晴らしく聡明な令嬢であるけれど、何より規律を重んじ、己にも他人にも厳しい人でもある。
風紀を乱しているにも関わらず、すぐさま行動を改める様子のないリエナ様を快く思っていないのは確かだろう。
だが、この状況で怒りを露わにするのは良くない。
どうしようもなく嫌な予感が胸に走り、私はアマリリス様が口を開くより早く、彼女の脇から少しだけ前へと歩み出た。
「リエナ様! 私たちは、是非ともリエナ様と御友人になれないか、と思っているのです。
本来ならば二学年で編入してきてもおかしくないほどに優秀な方だとお聞きしておりますもの、そんな素敵な方が心ない噂で傷をつけられるのはもう見たくありませんの。
ですから、これからは私たちがリエナ様の手助けをできたら、と思うのですけれど、如何かしら?」
漠然とした焦燥を抱えつつも、出来る限り落ち着いて見えるように柔らかく言葉を紡ぐ。
アマリリス様とリエナ様の仲を拗れさせないようにと気を遣ってはいるけれど、嘘は言っていないつもりだ。
リエナ様は病弱ではあるけれど座学でも魔法実技でも極めて優秀で、その儚げな美しさと相まって、入学当初の評価は期待に満ちたものばかりだった。
だから、もしもこの状況が彼女の本意ではないというのならば、穏便に解決をしたい。
アマリリス様も同じように考えて、私を同席させたのだろう。学園内で彼女に意見ができるのは、教師を除けば王太子であるアルフレッド様か、同格の公爵家令息であるロバート、そして私くらいのものだから、万が一にも言い過ぎてしまわないように、私を側に置いたのだ。
そう思って、なるべく心からの言葉を選んだのだけれど、此方を見つめるリエナ様の目にはそれまでにはなかった仄暗い光が宿った。
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