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第550話 瑠夏の順調だったはずの人生

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普通の人生だった、普通に順調で、幸せになれるはずだった

職場で出会った人に必死にアプローチされて結婚して幸せだった

この人との子供は楽しみと考えていたのだけど子供が出来なかった

私も、夫も、子供が欲しかった

遊んでる子供や、ベビーカーにのってる赤ちゃんについつい目で追っちゃう


やっぱり赤ちゃんは見ていて可愛いし、愛おしい


お義母さんに「子供はまだ?」と言われるようになって検査を受けることにした

まだ結婚して三年、気が早いとは思っていたが夫が昔インフルエンザで高熱が続いたことがあったそうだ

だから二人で病院に行って・・私が不妊の原因だった

どう頑張っても私に子供ができることはない








眼の前が真っ暗になった







夫は「養子でもいいじゃないか」「ペットを飼おう」なんて言っていたがやはり自分の子供が欲しかったんだとその目を見てわかってしまった

それに夫は良家の長男、お義父さんもお義母さんも義理の妹も離婚を言い出すようになって肩身が狭かった

それからの生活は暗いものになってしまって、結婚生活は破綻した

お互いに言葉に詰まることが増え、居ても苦しいだけになってしまった

一緒にいて何も言わなくても心地よかったはずなのにいつしか目も合わさずに居る


呼吸するのも辛かった


結婚を続けようという彼だったが、お互いに一緒にいるのが苦痛だった

お義母さんと義理の妹の「3年子なしは去れ」「親無しをもらってやったっていうのに、あーあ」などという嫁いびりを見ても言い返せずに固まって、私を守ろうとはしてくれなかった

私は夫を愛していた

このままお互いが不幸になるよりも夫が誰か別の人を見つけて幸せになってほしかった

別の人に妊娠してもらうという選択肢もあるにはあったが、それは私が不幸になるし多分引きずって夫も不幸になる、姑たちへの対応を見れば明らかだった


・・・・幸い看護師の資格があればどこでも働ける


だから離婚して働いて、働いて、ただ働いて仕事に没頭してた

私だって子供が欲しい、我が子を抱いてみたい

だけどそれはかなわないし、親も事故で亡くなっていない私にはそれを話せる相手も居ない

どうしようもないことはどうしようもない

だけど、だから前向きに考えることにした

病院での仕事は人を助けることに繋がっているし、誰かのためになれるとがんばれた

だけどそうして、いつもどおりの生活のはずなのに、どこか窮屈で息が詰まって、それでもそれしか私にはなくて頑張り続けた


だけど、患者さんにいつもの一言を言われて大泣きしてしまった


病院では高齢者が多い、そして高齢者には家族が居て、子や孫がいる

医者も看護師も「うちの子の結婚相手に」なんて言われるの本当によくある話だ

いつものように言われて「私不妊で離婚したんですよ」と言ってしまって、それ以上は求められることはなく、本当にすまなさそうにされて糸が切れてしまった

少し休暇をもらったが、私は看護師の中でも手術室の助手を得意としていた


だから必要とされて戻った

できるだけ患者と関わらない形で働いたが、やはりストレスは溜め込まないほうが良いとふと目についたバーに入った


「・・・・・」

「・・・・・」


バーの人は何も言わなければ無口だったがその空気が心地よくて、通い始めた


「美味しかったです」

「ありがとうございます」


お酒も結婚するまでは大好きだったし、このバーは小さいお店ながらお酒にはこだわりがあって、おつまみやデザートまで自作で作っていて・・その味が好きだった

始めは何も言わずにただゆっくりお酒を口に含んで味わい、ただ食べていた

相手は私の事情も知らない、そんな関係が心地よかった


通っていくうちにぽつりぽつりと話す機会が増えた

話題なんて何でも良かったが、声をかけて返してもらえるのが嬉しくて、少しずつお互いを知っていった

父親がクリーニング屋をここでやっていた、姉がいて両親と折り合いが悪くてでていってしまった、水と食材にはこだわっていて自分の舌で全部確かめている、付き合っている女性は居ない、こういう店をするのがずっと夢だった、燻製してるおつまみは自作、実はコーヒーも作るのが得意

質問するのはもっぱら私

お店をやっている男性が、客としてくる女性にあれこれ聞くのはよくないのだろう

自分のことを男性に打ち明けるのははしたなくないかなと自分でも思ったが、もう我慢するのは嫌だった


そのうち惹かれて、でも不妊だからと諦めて、客として通っていた
 

愚痴を聞いてもらったり世間話をするのが好きだった


何も話さず食べて飲んで帰るときもあった


「いーじゃん、ちょっとだけ!な?!いいだろう!!なあっ!!!!!」

「・・や、やめてください」

「たっちゃんとちょーっとのむだけじゃん!一杯だけ一杯だからさぁ!」

「一杯飲んで、その後は皆で気持ちイイコトするだけだって!ギャハハハハ!!!」


隠れ家的な飲み屋だがお店には様々な相手が来る

バーテンの小林さんはネットで調べても出てこないようなお酒を何処かから仕入れて出していたりして、ここでしか飲めないようなお酒を出してくれる

ただ、あまり高いものではないから、珍しいもの好きの酒好きはちらほら見る

バーだけあってそこそこお値段はするけどここでしか食べれないようなものも出てきて隠れた名店って感じがする

若者がここの酒が良いんだよって来ることや、競馬で勝ったというおじさん、給料日の後にだけ来る会社員、隠居したというおじいさん、酒豪のおばさん、色んな人が来る

ただ・・・やはりいい人ばかりではない

柄の悪い、金髪に剃り込み、パンチパーマ、下着が少し見えている下げたズボンにチェーン


「あの女ヤリ捨ててやったら泣きついてきてな!」

「ひっでー、ウケるゥー!」


目を合わさないようにしたがそれでもどこに出しても恥ずかしい下品な連中だ

クラシックの少し流れる、ゆったりした空気が台無しの下品な話を大声でしている


「今日は帰った方がいい、タクシーを呼びましょうか?」

「いえ、大通りまで直ぐなんで」


店を出て少し歩けば大通りだ

タクシーを呼ぶまでもなくだいたいタクシーはいる

直ぐなのだからと油断したのがまずかった


「いたいた!おいねーちゃんこの後一緒に飲もうぜ!!」

「・・・・・」


私が出た後に追いかけてきてからまれてしまった

鼻にピアスをして、首筋にタトゥー、大きな金のネックレス、どう見ても近寄りたくない酔ったチンピラ集団―――・・さっき店にいた連中だ

無視して去ろうとしたのに、手を掴まれてしまった


「何をしてる!警察呼んだぞ!!」

「なんだぁおまえぇ?てめぇにゃカンケーねぇだろうがっ!すっこんでろや!!・・・・ってバーのにーちゃんかよ?金なら払ったろうが!!アァン!!!」


割って入った小林さん

お店は一人でやっているのだからいまお店には誰にもいない事になっちゃう

馬鹿なことを考えている間に喧嘩になりそうだった


「瑠夏さん、下がってください」

「あぁん?この女の男かよゴルァっ!!!」

「あぶないっ!」


ひときわ大きな男が私の手を離して小林さんに向かっていってしまった


バジンッ!!


「ひゅーたっちゃん容赦ね~!」

「すげぇ音したよ!!すげぇ音!!!」

「動画撮っときゃよかった、ねね!もう一発お願いしますよ!」


小林さんがどうなったのか男の影で見えなかった

耳の後ろまで冷たさが這い上がってきた

怖い、こんな男に殴られたら大怪我をしてもおかしくないし鈍い音がした


「・・・・・たっちゃん?」


動かない二人に金髪の男が近付いて肩を触れるとたっちゃんなる人が膝から崩れ落ち、小林さんが男をあっという間に全員打ち倒してしまった


「瑠夏さん!大丈夫です、か?」

「あっ・・えっ・・・あ」


言葉が出なかった、驚きすぎて

眼の前で暴力が振るわれたのを見るのは初めてで、言葉も出なかった


「何してる!!そこを動くな!動くなよ!!!」


おまわりさんが来た

私はこんな体験初めてで動揺してしまって・・・何も言えなかった
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