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夏篇 付かず離れずそれが良い、わたしたちは、そんな関係

27話 夏の終わり、秋の訪れ、その足音は聞こえない

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 夏の暑さが引くと同じくしてその涼しさに一抹の寂しさを感じるのは、初めての経験だった。
 小さい頃に行った街のお祭りが終わったみたい。名残惜しそうにその場を去る人の足音がひとつ、ふたつ、みっつ。次第に遠くなり、何も聞こえなくなる。
 夏の終わりのせいなのか、夏休みの終わりのせいなのか、夏の思い出のせいなのか。現像された一枚の写真を取り出して、頼りない月明かりを頼りにその輪郭をたどる。
 そこにはある夏のひと時に浮かべた笑顔がよっつと、かすかに夏の匂いが残っていた。
 この写真の世界に飛び込めたら、どんなに楽しいことだろう。終わらない、あの一年生の夏休みにいっそ閉じ込められてしまったらなんて、現実味のないことを夢想する。
 また一年もすればそんな季節がやってくるはずなのに、それさえも待てないのだろうか、私は。
 長い長い夏休みだと思っていたけれど、それも今日で終わり。前々から秋学期はこの日からと決められていたはずなのに、私にとっては唐突に突き付けられる真実のよう。目覚まし時計のように、夢から覚める時間が来たといわんばかり。

「寂しさを忘れるくらいに楽しい思い出が待って……いや、作っていくのよね。私と、みんなと」

 誰にも向けず、自分だけに向けた言葉を頭の中で反芻し、夢うつつな頭で羊と戯れながら瞳を閉じ、やがて来る目覚めに向けて眠りにつくことにした。
 
 
 
 いつもは誰よりも遅く目が覚める私だけど、今日はなぜか誰よりも早く目が覚めた。
 これがまだ夢の中であるという可能性は捨てきれないけれど、そんなものを私が望んでみるわけがないから多分、これが現実なんだろう。
 そんな私がこんな時間に起きることができたのはどうしてなんだろう。
 私にとっては制服に袖を通すまでが夏休みであり、残り数時間の一瞬を過ごしたかったのかもしれない。
 それは来る新学期への期待があったからなのかもしれない。
 あるいは、どのどちらでもあったのかもしれない。
 さて、どうしよう。
 頭の片隅に残る眠気に誘われるようにもう一度眠りにつくという選択肢はない。二度寝より心地よいものに未だ出会ったことはないけれど、その代償はあまりにも大きすぎるから。
 かといって、何もせずただただ過ぎ行く時間を浪費することも選択肢にはない。
 ベッドから這い出ると、かすかに聞こえてくるのは幸せそうにつく寝息。
 あまりにも気持ちよさそうに眠る透子は短い髪を横顔に垂らし、コメディー映画に出てきそうなくらいにきれいな曲線を描いたひげが生えているみたいで、猫みたいで可愛い思えてしまう。
 ひとつ面白いものが見れてしまうとほかにも探してしまうのはおそらく、人間に根付いた探求心がそうさせているんだろう。
 対面につけられたベッドの下段をそっと覗き込むと、長く眠りについていた白雪姫を思わせるほど耽美で、しかし彼女も私たちと同じく年端もいかない少女だと思わせるように無邪気な寝顔をしている潮凪先輩の素顔があった。

「先輩、けっこう暑がりなんだ」

 跳ねのけられたシーツに手をかけ肩まで伸ばそうとしたけれど、ソレを見た私は身体の力が抜けたように指からするすると抜けていく。
 瞬間、自分はまだ夢の中に居るんじゃないかと思わされたし、そう信じたかった。
 安らかに眠る彼女の左肩から伸びているはずのそれはそこになく、大事そうに抱えられていた。これまで触れてきたそれが無機質なプラスチックの塊ということに、驚きを隠せない。
 血の気の引く音とうるさいほどに高鳴る心臓の音が、世界中のどこよりも静かなこの部屋の中に響く。

「せん……ぱい?」

 軋む床の音だったのか、私の音が漏れていたのか、湖畔に舞う蝶の羽ばたきのようにまつ毛を羽ばたかせて瞳を開ける先輩は、驚くほど冷静で冷血で、残酷なもののように見えた。

「前に一度、言ったことがあるだろう」

 ――君は一人じゃない、と。
 
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